Nancy’s Table

2022

ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で開催された「R for Repair – London x Singapore」展に参加した際、私たちは依頼主の祖母であるナンシーがかつて使っていた小さな裁縫箱を託されました。

修復という行為に取りかかる前に、私たちが重視したのは、モノの背景にある時間や記憶に丁寧に耳を傾けることでした。持ち主との対話を通じて見えてきたのは、ナンシーがアーティストになるという夢を胸に、この箱の中に自作の絵をこっそり隠していたという静かな物語でした。

その夢が少しでも「咲く」瞬間をつくりたいと考え、私たちはこの閉じた箱を“蕾”に見立てて、テーブルとして再構築することにしました。中央にはガラスを設け、その下にそっとナンシーの小さな絵を配置しています。普段は閉じられていた想いが、ようやく光の下に置かれるような仕掛けです。

機能的な家具として成立させるために脚部は延長し、素材にはウォールナット、サペリ、アッシュを選び、日本の仕口技術を用いて構成しました。新しく加えたパーツと元の箱の素材との違いはあえて残し、修復ではなく**再構築(Re-creation)**として、時を超えて対話が続いていくような存在を目指しました。

脚のひとつに施した緑のネイルポリッシュは、私たちの小さな遊び心です。完璧に揃えるのではなく、違いを受け入れ、物語の続きを柔らかく示すような存在であってほしいという願いも込めています。

写真:James Harris

リオ コバヤシ(デザイナー・作家)

リオ コバヤシ(デザイナー・作家)

イギリスを拠点に活動するデザイナー兼作家。陶芸家と修復家の両親のもと、日本とヨーロッパの文化が入り混じる家庭に育ち、コンセプチュアルな探究心とクラフトマンシップへの深いこだわりを融合させた作品を手がけている。栃木県で生まれ、幼少期に初めて家具を制作。18歳でオーストリアに渡り、3年間の家具職人修行を通じて、多文化的な視点と確かな技術を培った。

その後、ベルリン、ミラノ、東京、パリなどでのコラボレーションを重ね、2017年にイースト・ロンドンに自身の工房を設立。素材、物語性、フォルムの対話を軸に制作を続けている。これまでにロンドン・デザイン・フェスティバル、ミラノ・デザインウィーク、デザイン・マイアミをはじめ、さまざまなギャラリーで作品を発表。『フィナンシャル・タイムズ』『ウォールペーパー』『ワールド・オブ・インテリア』『フォーブス』などのメディアにも取り上げられている。

http://riokobayashi.com/

2025/5/30 12:00