「街の秘密」
施主は富山県氷見市の海沿いに4階建てのビルを購入し、宿やギャラリー、カフェとして改修し、生活を営んでいた。そのとなりの一軒家も空き家だったため、何かに使えるかもしれないと入手した。過疎化が進む氷見の街に引っ越し、2人きりで事業を始めた彼らにとって、生きることと場所と街は地続きだったと思う。
この一軒家は海の目の前、交差点に面した角地にある。つまり、目立つ場所にある。ここを通り過ぎる人がここを見た時、何か違和感を与えられるものとすること、その違和感が街に秘密を生み出すことをまずは目指した。秘密は街の奥行きとなり、この場所を人の意識の向く場所とすること、それによりまだ使い道も決まっていないこの家にある種のベールをかぶすことがこのプロジェクトの始まりだった。
各所の特徴的な形状は、スケッチをほぼそのまま立ち上げている。秘密となるような何かを、と考えた時、それを表すものとしては個人的なものがふさわしいと思い、すでにある家の窓すべてに落書きのような形を配置した。だれかの家に訪れて見つけた子供の落書きに、その家の生あたたかい秘密を垣間見るように、この家の前を通る人は落書きを垣間見る。この時点ではこの場所はまだ何でもない。名前も用途もなく、決まっていることはその立地、周りに何があるかだけだった。交差点の角に、窓に落書きのある建物がある。となりにはランデヴーというパブがある。
しばらくしてようやく使い道の目処がたち、1階は住居として大きな戸棚を、2階は書斎として大きなデスクとシェードランプをつけることとなった。1階の戸棚は廊下と住居スペースの間仕切りを兼ね、さらに接道する道路からの走行音を軽減する遮音壁と、外気温の影響を軽減する断熱層の役割を果たしている。2階は数人がデスクワークに使え、打ち合わせもその場でできるような大きなデスクと、その上部に卓上と空間全体を照らすシェードランプを設えた。
以前この場所にかぶせた、秘密のベールの中身としての大きな戸棚と落書きのようなシェードやデスク。戸棚は窓に現れた秘密の内実の容れ物。宙に浮かぶシェードやデスクは衣装戸棚から漏れ出た内密のイメージ。戸棚には多くのものが押し込まれている。数年がかりの秘密作りのプロジェクトだった。
写真:白井晴幸(1~7枚目)、成定由香沙((8~10枚目)
スケッチ:湯浅良介(11、12枚目)
映像:成定由香沙