日常の情景を物語へと織りなすテキスタイル -氷室友里の韓国大型個展「JOY, TODAY」の舞台裏(2)

日常の情景を物語へと織りなすテキスタイル -氷室友里の韓国大型個展「JOY, TODAY」の舞台裏(2)

動的な鑑賞体験と静かな余白の調和

――Chapter 4からChapter 5「踊るパターン」へはガラリと雰囲気が変わりますね。

氷室:Chapter 5に広がる「COLORWAVE」や「MOTION TEXTILE」シリーズは、カッティングという具体的なアクションとは異なり、鑑賞者の立ち位置によって目に映る色が変わったり、隠れていた絵柄が浮かび上がる作品です。

また、普段は見えない布の裏面にできる浮き糸が生む偶然の美しさに着目した作品「THREADS」の展示では、展示室の中央に鏡面の多面体のようなオブジェを吊り下げ、壁面ごとに異なる絵柄の作品を鏡越しからも鑑賞者の視界に届けています。

Chapter5「踊るパターン」 ©︎ GROUNDSEESAW

Chapter 5「踊るパターン」 ©︎ GROUNDSEESAW

空間全体を「THREADS」が包む展示コーナー

空間全体を「THREADS」が包む展示コーナー

キム:こちらは鏡越しにテキスタイルを背景にしたフォトスポットでもありますが、いざ空間ができ上がると、鏡面に臨む角度をつけることで自分自身が映り込まない余地を残す、予想外の面白さを発見しました。

近年の展覧会づくりでは、観客が能動的に参加できる仕掛けをつくることがとても重要になっています。写真を撮って楽しむことで、展覧会をより深く鑑賞することにつながると考えています。

――展覧会づくりにおいて、体験や演出というキーワードが随所に挙がりますが、すべてが動的な体験型展示というわけではなく、静かに鑑賞する時間も大切にされているように感じました。

キム:はい。ハサミを入れたり、角度を変えて見たりすることで芽生える動的な驚きと、作品を通して日常の美しさを静かに見つめ直す穏やかな時間、その両方のバランスが保たれてこそ、「今日の喜び」というテーマが観る人の心に深く浸透するような設計を目指しました。

――後半のChapter 6「なつかしい村」から最後を飾るChapter 8「YURIの部屋」にかけては、等身大の生活空間や個人の記憶へと、モチーフのスケールが変化していきますね。

Chapter 6「なつかしい村」 ©︎ GROUNDSEESAW

Chapter 6「なつかしい村」 ©︎ GROUNDSEESAW

キム:Chapter 6は日本の里山をモチーフに、それまでの展示コーナーが伝えてきた自然や季節の移ろいを人間の生活へとゆるやかに接続していく役割を担っています。⾃然と⼈間の循環を、繰り返されるテキスタイルのパターンで表現しています。

Chapter 7「冬の遊び場」の中央には、手で触れたり息を吹きかけたりして温めると、炎の絵柄が浮かび上がる「THERMO TEXTILE」シリーズが施された柱があります。人々が集まり交流する拠り所としての焚き火のような存在が、このコーナーには欠かせないという制作チームのこだわりがありました。

Chapter 7「冬の遊び場」。株式会社ZOZO NEXTとコラボレーションして開発した「THERMO TEXTILE」は、手で触れたり息を吹きかけることで生地が温まると隠れていた絵柄が浮かび上がり、生地が冷めるとそれが徐々に消えていくインタラクティブなテキスタイル。写真下は「THERMO TEXTILE Series #01 “camp”」

Chapter 7「冬の遊び場」。株式会社ZOZO NEXTとコラボレーションして開発した「THERMO TEXTILE」は、手で触れたり息を吹きかけることで生地が温まると隠れていた絵柄が浮かび上がり、生地が冷めるとそれが徐々に消えていくインタラクティブなテキスタイル。写真下は「THERMO TEXTILE Series #01 “camp”」

キム:Chapter 8は、それまでの鑑賞体験を自らの日常に持ち帰るイメージを湧かせる空間です。

氷室:壁にかけられた「Tiny Moment」シリーズも本展のための新作です。早朝の蓮の池で釣りをする人や公園で本を読む人、海でサップを楽しむ人、雨の日の帰り道などを描いた、額装された小さな「SNIP SNAP」は、何気ない日々のきらめきや愛おしい瞬間を捉えた写真のようでもあります。

また同じコーナーには、鑑賞者が実際に「SNIP SNAP」をカッティングできるボードを設けました。思い思いの線や模様によって、新たな物語が加えられているシーンをいくつも見つけることができました。

Chapter8「YURIの部屋」 ©︎ GROUNDSEESAW

Chapter 8「YURIの部屋」 ©︎ GROUNDSEESAW

新作「Tiny Moment」シリーズ

新作「Tiny Moment」シリーズ

展覧会の受け取り方と持ち帰り方

――展示だけでなく、約100種類におよぶグッズ展開も圧巻でした。

キム:グラウンドシーソーでは、展覧会づくりと同じくらいグッズ制作に力を入れています。オリジナルのステーショナリーやタオル、ブランドとコラボレーションしたフレグランスやコーヒー豆など、来場者を楽しませる工夫に最後までこだわりました。

ステーショナリーや食器、タオル、フレグランス、スマートフォンケースなど約100種類もの展覧会グッズが展開された

ステーショナリーや食器、タオル、フレグランス、スマートフォンケースなどさまざまなグッズが展開された

氷室:実現しなかったアイデアも含めて、本当にたくさんのデザイン案がメールで届く日々でした。グッズ制作にはテキスタイルとしてアウトプットされた実物の高精細なビジュアルデータが必要になるため、これを機にこれまでの作品の多くをアートスキャンにかけ、デジタルアーカイブ化しました。このデータは展覧会図録にも収録され、今後も活用できると期待しています。

展覧会図録

展覧会図録

キム:グッズ以外の取り組みとして、Chapter 6の入り口には、展覧会リーフレットをアレンジするブースを設けました。「SNIP SNAP」のコンセプトをミニマムに再現したような、型抜きした先にSHIBAの絵柄が浮かび上がる仕掛けになっており、展覧会を持ち帰る小さな楽しみのひとつです。

展覧会リーフレットを型抜きするコーナー

展覧会リーフレットを型抜きするコーナー

――展覧会の反響はいかがでしたか?

キム:グラウンドシーソーはSNSマーケティングを重視しており、参加型の空間演出もその一環です。「Night Window」のようなビジュアルに動きのある作品や、「THREADS」の展示コーナーを捉えたリール動画がたくさん投稿され、韓国の若者たちの撮影スキルやセンスの良さに氷室さんも驚いていましたよね。結果として7万人を超える方々に足を運んでいただく盛況となりました。

氷室:タグ付け投稿だけでなく、私のSNSアカウントにDMを通じて多くの方々から展覧会の感想が届きました。「展覧会を観たことであたたかい気持ちになった」「日常への眼差しが変わった」といったお言葉をいただけたことが、とても嬉しかったです。

私自身、展覧会を観てもアーティストに直接感想を伝えたことはなかったので、これほど多くの連絡をいただくことに驚きました。言葉を選んで綴られたメッセージだからこそ、SNS上でも深くやり取りができたように感じています。

会期中に開催した「SNIP SNAP」のカッティングパフォーマンスやサイン会では、鑑賞者の方が翻訳アプリを使って熱い感想を伝えてくださり、言語の壁を越えた交流ができました。

 

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キム:氷室さんが韓国から近い日本にいらしたからこそ、イベントを複数回実施できました。今後も作家と鑑賞者の交流機会を積極的に設けていきたいと考えています。グラウンドシーソーとしては、近年はシンガポールに拠点を構えるなど、海外展開も本格化しています。今後も国境を越えて、鑑賞者が能動的に楽しめるような新しい形の展覧会を発信していきたいです。

氷室:今年はスタジオを設立して10周年という節目でもあり、本展を通して、私自身もこれまでの活動やその根源にある好奇心を再確認することができました。何より、グラウンドシーソー制作チームの「やりきる力」には大いに刺激を受けました。

ここで得た熱量や世界観を、日本にも展覧会というかたちで届ける機会をつくれたらと願っています。これからも人々の暮らしに新しい発見や、心躍る瞬間をもたらす表現を探求していきたいです。

■氷室友里
https://www.h-m-r.net

取材・文:長谷川智祥 編集:岩渕真理子(JDN)