人類は自然が創り出す物に憧れ、嫉み、自らの手でそれらを模倣し、再現する事に躍起になり技術を進歩させてきた。目の前の情景を切り取るように描く具象絵画が始まりだったのかもしれないその行為は、今ではモルフォ蝶の構造色を再現し、臓器や遺伝子までも造るにいたった。さらに個々の人格をも再現しつつある。
木もその対象の一つであり、かつては単調な木目のパターンを平面的にプリントしただけにとどまっていたが、今では最先端の3Dテクノロジーで維管束の微細な凹凸までも再現し、本物の木と見分けがつかないほどの進化を遂げている。私たちは木を求め、しかし木では満足せず、人類にとって都合の良い人工の木を創り出し、木の顔つきをした擬木に囲まれた空間で木の癒しを享受している。
人類は技術を操り、創造する術を手に入れ、神に近づき万物を自ら創り出そうとしているとさえ感じる。
本作では、擬木を用いた立体を現代における“木彫刻”と捉え、一対の“阿吽(あ・うん)”でこの世のすべてを表す「狛犬」を制作することで人類のこうした行為そのものを表現した。狛犬は太古より守護獣として神や王に使える、勇ましい獅子をモチーフとされてきたが、本作では人類の都合で小型化された現代の犬をモチーフとしていることも特徴。
ピクセルとも見て取れるピースを3軸方向に連結させてでき上がるこの立体は、デジタルデータで実体化された虚像のようでもあり、見る角度によっては擬木の裏面の構造部が顕になり、デジタル世界の不完全さも表している。
また、狛犬を覆うフレームはデジタルデバイスを喩えた立体となっており、前後のミラーに反復して映し出された虚像群は実体のない仮想空間に無数に存在するパラレルワールドを表現している。多様性を重んじる現代の人々は、自らの居場所を求め信仰する対象までもが多様化し、デジタルの世界にまでおよんでいる様を描いた。
複製可能なデジタル技術は唯一無二の世界を創造できるのだろうか。
(明治神宮芸術祝祭 彫刻展「気韻生動」出展作品)