下館・時の蔵トイレ

2009 / 下館・時の会

時を刻み風景に馴染む、地域のための空間

茨城県筑西市には大正から昭和にかけての石蔵が所々に残され、往時をしのばせる風景の断片が開発により失われた市街地に埋もれている。その一つの取り壊しを免れた蔵を、市民団体である時の会が「時の蔵」と名づけ、地域固有の歴史文化遺産を掘り起こす活動の拠点として活用してきた。当初から利用上必要不可欠なトイレが石蔵になく、長い間設置を望む声が上っていた。

2008年秋、蔵に隣接した谷間のような敷地にトイレを設置することとなり、茨城県建築士会筑西支部の主催により設計コンペが行われ、当案が採用された。

石蔵付設のトイレという機能性を超えたデザインとは何かを考えた。トイレブース上部が、一体の細長く天井の高い空間で、そこに3方向から光が差し込む。トイレでくつろいでふと上に眼を向けた時に、蔵の外壁と空を切り取られる風景が現れることを意図した。

また、敷地は大谷石の産地に近く、周辺の蔵の壁材として多く使われ、当敷地にも隣地塀として残っており、大谷石をそのままトイレ内壁の一部とした。この床面積わずか2.6坪のトイレは、街の持つ歴史や多くの関係者の方々の協力によって実現できた。

過去から刻まれてきた時を引き継ぎ、現在から未来へと時を刻む建築をつくることで、失われようとする地域固有の風景を守るだけにとどまらず、新たな風景を創出するだろう。そして時の蔵とトイレがいつしか風景の一部となって静かに佇み続けることを願っている。(吉田周一郎)

撮影:齋藤さだむ

吉田周一郎+石川静/shushi architects(建築デザイン事務所)

吉田周一郎+石川静/shushi architects(建築デザイン事務所)

自然をフィールドに、建築と建築をめぐる領域をデザインするクリエイティブチーム。長年、別な道で建築を生業としてきた吉田周一郎と石川静が、2021年春にshushi architectsts(シュシ アーキテクツ)として合流。シュシには、「主旨(コンセプト)」がぎゅっと詰まった、「種子」のような建築をつくり、仲間とともに育て、世界中に花を咲かせたい、という思いが込められている。

吉田周一郎
徳島県生まれ、京都大学建築学科修了。鹿島建設建築設計部、RCRアーキテクツ(スペイン)を経て、2008年に吉田周一郎建築設計を設立。2016年にshushi architectsに改称。

石川静
東京都生まれ、東京都立大学建築工学科卒業。NTTファシリティーズ、三菱地所設計を経て、2021年にshushi architectsに合流。

https://shushi.tokyo/

2021/8/4 14:35