デザインの

ユニバーサル・サウンドデザイン 代表取締役 中石真一路 「これから修復したいのは壊れたコミュニケーション」
テーマ

「コミュニケーションサポートシステム」

  • ユニバーサル・サウンドデザイン 代表取締役/中石真一路

新しい潮流を起しているプロジェクトから、「問題解決方法のヒント」や「社会との新しい関係づくり」を探る、「デザインの波」。 第3回目のゲストは、難聴者にも聴こえやすいスピーカー「COMUOON(コミューン)」を開発したユニバーサル・サウンドデザイン代表の中石真一路氏。

構成/文:神吉弘邦、撮影:真鍋奈央

身体的な障害のうちでも、外観から分かりにくいのが難聴。意思疎通が図りにくいことで生まれるコミュニケーションのギャップを、どう解決するか。サウンドデザインという観点から挑んだのが、ベンチャー企業のユニバーサル・サウンドデザインだ。音楽再生スピーカーの開発段階でたまたま気づいた音の特性にヒントを得て、これまでなかった製品ジャンルを切り拓いた。「壊れたコミュニケーションを修復したい」と語る、開発者の声を届ける。

聴こえを改善することで学習に起こせる変化とは?

「COMUOON(コミューン)」を体感するときは、耳の穴に指を突っ込んで試してください。それが「軽度の伝音性難聴」と呼ばれる状態の疑似体験です。

僕の父は後天性の難聴です。事故によるものと聞いていますが、片方の耳はほとんど聴こえていません。小さい時は分からなかったけれど、小学生くらいになったら気づきますよね。大きな声で言わないと聴こえないし。それと、今は加齢によりもう片方の耳の聴力が低下してきています。

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先天性の難聴となると、発話に影響してきます。人間は一度耳に入れたものしか話せないから、言葉も間違えてしまうのです。「骸骨(がいこつ)」と「外国(がいこく)」とか。音の分離がしにくいからボキャブラリーも少なくなり、聞き間違いも多くなってしまいます。発話が変わっていると、小さいときには同級生から笑われてしまうこともある。

重度難聴のお年寄りのなかには、そうした偏見の歴史を体験してきた人もいます。難聴者にも使いやすい製品をと説明して協力してもらうのに、最初は時間がかかりました。会社もまだなかったし、ビジネスとしても考えていなかったので、継続してやり取りしながら「本気だ」と信じてもらうしかありませんでした。何度か挫折を経験しそうになりましたが、1年かけてようやく研究者としてやっていることが分かってもらえました。

日本における推定難聴者数は約1500万人。先天性、老人性、突発性、騒音性と要因もさまざま。「聴こえにくい」ことがどういう状態か、目に見えない問題のため理解がなかなか進んでいない

そもそも、私たちは「聴こえにくい」ことがどういう状態か理解していないところがあると思います。聴こえにくいと何が起こるか。英会話を考えてもらえば分かりやすいですが、聴き取れていないのに相づちを打って誤摩化してしまうのです。子どもたちも聴こえにくいことを最初は言いたがりません。だって聞こえている状態を経験したことがないのですから。ある検証では、勉強のときに「COMUOON」を使った方が成績が良くなりました。これには担当の先生もびっくりされていました。本来、学力と聴力は関係ないと思われていたのに教師が気づかない盲点があったんですね。

これから修復したいのは壊れたコミュニケーション

僕はいろんなところへ出向き「聴こえのセミナー」と題してお話をします。ろう学校のほかにも、難聴学級に行って他校がどうしているのかといった話をします。先生たちは特別支援教育についていろいろと勉強をされていますが、最新の機器についての情報を知り得る機会はありません。親御さんたちからの情報により知ることもあります。

聴き取れていないのに、相手に悪いから聴こえている振りを装ってしまう。これは「コミュニケーションが壊れている状態」ではないでしょうか。聴こえやすい環境をつくることは、絶対に話者側の理解がない限り無理です。それが当たり前になれば良いのに、といつも思います。

聴力が加齢により衰えていくことは皆さんご存知です。「COMUOON」を使うことで、話をする側から「難聴を理解していますよ」と意思表示ができるようになります。これまでは難聴をできるだけ見えなくして気づかせないようにする世の中だったから、そういう製品はありませんでした。ただし、ユニバーサルデ ザインの観点からは「難聴者向けスピーカー」ではなく、「難聴者にも聴こえやすいスピーカー」であることを忘れないようにしています。

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ここにある試作品は自分で発案してつくっていただいたものです。試行錯誤するうち、見た目がどんなに大事か分かりました。ゴールは使ってもらうこと。聴こえやすくなっても、使われなかったらしょうがない。ちょっとしたことですが、外観の威圧感を減らす工夫をしたり、見えない部分を形にするといったことを心がけました。

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