デザインの

「相鉄デザインブランドアッププロジェクト」-社会の共通認識を探り当てるのが肝心
テーマ

「鉄道のトータルブランディング」

  • 相鉄ホールディングス 経営戦略室 ブランド戦略担当部長/長島弘和
  • グッドデザインカンパニー 代表取締役/水野学
  • 丹青社 プリンシパル クリエイティブディレクター/洪恒夫

新しい潮流を起しているプロジェクトから、「問題解決方法のヒント」や「社会との新しい関係づくり」を探る、「デザインの波」。第4回目のゲストは、「相鉄デザインブランドアッププロジェクト」をプロジェクトの中心となって推進する、長島弘和さん(相鉄ホールディングス)、 水野学さん(グッドデザインカンパニー)、洪恒夫さん(丹青社)の3氏。

構成・文:神吉弘邦 撮影:葛西亜理沙

デザインコンセプトとは
「地図」のようなものだ

洪:流行り廃りのないデザインという最初の提案は受け入れていただきましたが、実際にそうしたデザインはシンプルでミニマムなものに傾倒する。相鉄さん側でも「もう少しアクセントつけませんか?」と、不安になられたと思います。

でもそれをやると、そもそものコンセプトから外れていきます。絶対それはやらない方がいい、そのための証拠を見せるというやりとりを密にしていきました。

水野:コンセプトは「地図」のようなものだと思います。プロジェクトメンバーが迷いそうになったとき、いつでもそこへ戻れるもの。地図が複雑であればあるほど分かりづらいし、曖昧であればあるほど分かりづらい。だから、どんな場合も一番骨太のコンセプトは、できる限りシンプルで分かりやすいかたちになるんです。

僕の仕事の仕方は、最初にファクト探しから始めるんです。つまり、相鉄という会社が何を持っているか。オリジンに近いファクトが、企業や商品には必ずあるはずです。それを一番上に掲げることで、競合他社との差別化が自然に図れます。

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相鉄さんの場合は、横浜方面に相模川の砂利を運搬していた鉄道であり、横浜の街とともに歩んできた鉄道。「横浜」というキーワードがとても大切だというのは、洪さんともすぐに意見が合いました。

洪:今回のプロジェクトは、沿線価値の向上によって沿線住民を呼び込むという使命がありました。そのためにはわかりやすいイメージやキーワードが必要です。相鉄線というのは、「横浜」という言葉を躊躇なく言い張れる唯一の鉄道ではないか。つまり、ローカリティが強みになっている。その一番の魅力に、すべてを紐付けていきました。

水野:車両に関しては「横浜って何色だろう」と考えました。黄色じゃないし、赤でもない。ネイビーブルーという色が真っ先に思い浮かんだので、外装は紺色でいったらどうかというのはデザインチームの中ですぐに決まりました。

ただし、そこからが簡単ではありません。世の中はステンレスのままの車体にステッカーなりでラインを入れてるのがほとんどです。全部塗装にするというのは時代に逆行しているんですね。

車両の外観には横浜を想起させる、「YOKOHAMA NAVYBLUE」(ヨコハマネイビーブルー)」を採用

車両の外観には横浜を想起させる、「YOKOHAMA NAVYBLUE」(ヨコハマネイビーブルー)」を採用

費用的にも、ランニングコスト的にも、この提案はあり得るのか。僕たちはそこから、あらゆる角度で検証を行って「可能である」と言う必要があります。阪急電車などの他社の事例も徹底的に調べました。

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内装のメインはウォームグレーという温かみと機能性がある色を選んでいます。つり革一つにしても、どういう形ならつかまりやすいかなど、徹底的に検証しました。全てに理由があるデザインになっています。

内装はキーカラーをグレーとし、大手私鉄では初めて昼夜で色調が変化する調光・調色機能付きの照明を導入。車両デザイン全体のプロデュースは鈴木啓太さん(PRODUCT DESIGN CENTER)、株式会社GK インダストリアルデザインが担当

内装はキーカラーをグレーとし、大手私鉄では初めて昼夜で色調が変化する調光・調色機能付きの照明を導入。車両デザイン全体のプロデュースは鈴木啓太さん(PRODUCT DESIGN CENTER)、株式会社GK インダストリアルデザインが担当

長島:外装色については相当なトライアンドエラーを繰り返しましたが、新デザインの車両を2016年の3月10日に披露した際、予想以上の高評価をいただきました。これまでの私鉄の中でも特色のある色使いだし、「こんな電車に毎日乗れるのか」というある種の驚きをもって、お客様に暖かく受け入れられたと自負しています。

都心に乗り入れるので、横浜を想起してもらうことが大事だったのですが、お客様に喜んで乗っていただいている顔を見るのが一番嬉しい。これは、現場の社員たちとも共感しています。

社会の共通認識を
探り当てるのが肝心

長島:制服に関しても、現場の皆さんにかなり広くアンケートをとりました。制服をつくる過程で、現場の人も参加者になってもらおうとしたからです。ただ制服を新しくしたというのではなく、自分たちが考えたものとして受け止めてもらえるということで「我々がつくったものだ」という誇りを持って仕事に臨めますから。

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水野:横浜で黄色をイメージする人はあまりいないです。青っぽい色か、レンガの色になるんですよ。そんな風に、みんながなんとなく思っていることってあると思う。それを「ソーシャルコンセンサス」と名付けて呼んでいますが、僕の仕事ではそれを探り当てるようにしています。無理をさせない。

制服もまさにそういう手法でつくっています。鉄道らしさはもちろん、横浜らしさ、制服が持つ威厳とか尊厳、安心安全といった要素を足していくと、大体こういうものになっていくんじゃないかな。デザインは正解があるものだと僕は断言できると思う。

今年3月に行われた、リニューアル車両&新制服記者発表会の様子。スタイリスト伊賀大介さんと協働し、駅舎や車両のデザインコンセプトと機能性を両立させたデザインの制服に

今年3月に行われた、リニューアル車両&新制服記者発表会の様子。スタイリスト伊賀大介さんと協働し、駅舎や車両のデザインコンセプトと機能性を両立させたデザインの制服に

特別変わったものはない。誰がつくったっていうんじゃない、黙ってつくっていったら自然にできた、というものを目指してました。やっぱり、思い込みのタガをはずすことが難しかったです。今まではこうだったというところから、「そうではなくてこんなのはどうですか?」と言うのなら、説得できる要素がいる。

例えば、ネクタイに柄があった方がいいという人もいれば、ない方がいいという人もいる。それを好みで言わないようにしようと。そのためにデザインの歴史を辿るんです。ストライプの右上がりと左上がりは、米国式と英国式の違いがある。そういう理由なら、今回は必要ないのでは?とか。全てにおいて理由を探していくというプロセスを踏みました。

洪:制服は毎日着るものだから、当然クリーニングの問題などがあります。しかし、機能性だけに引っ張られたら、リーズナブルなものだったらいいってなってしまう。そもそも何でデザインブランドアップのプロジェクトをやるのか、その目的が振れないように軌道修正するのは私たちの役目でした。

ぶつかり合うポイントもありましたが、現場の人に試着をしていただいたとき「私はずっとこれを着ていたい」と仰ったんです。その時、手応えを感じました。制服なんだけれど、自分のファッションとして受け入れてもらえた。やった甲斐があったなと思いました。

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