アートを融合させる空間づくりの新たな可能性-「B-OWND」トークセッションレポート

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アートを融合させる空間づくりの新たな可能性-「B-OWND」トークセッションレポート

空間づくりをおこなう丹青社が、アート・工芸作品のプラットフォーム「B-OWND(ビーオウンド)」に関連した展示「アートとしての工芸×空間デザイン」を2020年7月13日から8月21日まで同社にて実施した。

本展は同社が運営する「B-OWND」の参画アーティストである陶芸家・市川透さんとコラボレーションした企画で、アートをインテリアに融合させる提案をおこない、空間表現における価値創出を試みたもの。当初は2020年3月に東京ビッグサイトで開催予定だった「JAPAN SHOP 2020」(※)内の特別展示「NIPPONプレミアムデザイン」での公開を予定していたが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響でイベントが中止されたことを受け、「アートをもっと身近に」というコンセプトを掲げ、新たな設えで展示することとなった。

(※)最新の商空間デザインを紹介する国内最大級の店舗総合見本市

展示にともない、8月1日にはトークセッション「アートとしての工芸×空間デザイン~伝統工芸、アート、空間デザインの融合が生み出す新たな可能性~」を実施。登壇者に丹青社の池田正樹さん、吉田清一郎さん、ゲストに陶芸家の市川透さんを迎え、モデレーターはJDNの山崎泰が務めた。本記事では、トークセッションの様子をレポートする。

「B-OWND」のアーティストと連携した、アートを空間づくりに融合させる試み

山崎泰さん(以下、山崎):まずは、丹青社が展開する「B-OWND」の概要と、今回のコラボレーション展示の経緯を教えてください。

吉田清一郎さん(以下、吉田):「B-OWND」は、ブロックチェーンを活用した日本のアート・工芸作品の新たなプラットフォームです。丹青社がこの活動を始めたきっかけは、美術館や博物館などさまざまな空間づくりに携わるなかで、日本文化の担い手であるアーティストや工芸家がとても厳しい状況にあることを知ったことにあります。日本のアート市場を拡大し、文化芸術への振興を目指すためには、いつでもどこからでもアクセスできるオンラインマーケットが有効だと考えました。

株式会社丹青社 吉田清一郎

吉田清一郎 丹青社 文化空間事業部 事業開発統括部長/B-OWNDエグゼクティブディレクター。日本科学未来館、国立ハンセン病資料館、G8 洞爺湖サミット環境ショーケースや、復興庁震災遺構第1号となる「津波遺産たろう観光ホテル(岩手県宮古市)」の保存活用整備など、地域や社会課題をテーマとするプロジェクトを数多く手がける。現在は事業開発統括部を組織し、アート・工芸×ブロックチェーンのプラットフォーム「B-OWND」を立ち上げるなど、日本各地の文化資源を活かした新規事業開発に取り組む。

吉田:今回のテーマ「アートとしての工芸×空間デザイン」では、B-OWNDの参画アーティストである市川さんと当社の空間デザイナーの池田に声をかけ、アートを丹青社の空間づくりに融合することで、さまざまな方により身近にアートを楽しんでいただける提案をしたいと考えました。

山崎:展示の企画はどのようにスタートしたんでしょうか?

池田正樹さん(以下、池田):1年ほど前にB-OWNDの活動と空間づくりを結び付けようという話が出て、その際に市川さんの作品を拝見し、色鮮やかで唯一性が高く、固定観念にとらわれない圧倒的な存在感を強く感じました。そして、従来のように空間が完成したあとにアートを配置して飾る、あるいは空間デザインの段階からアートをキュレーションするような「空間の中にアートがある」というものではなく、アートを組み込んだインテリアの表現として、空間全体を包括するような見せ方をしてみたいと考え始めました。

株式会社丹青社 池田正樹

池田正樹 丹青社 デザインセンター プリンシパル クリエイティブディレクター。ショールームやイベントなど企業プロモーションスペースや博物館のほか、博覧会・パビリオンなど世界的なイベントを数多く手がける。インテリアにとどまらず、建築にまでおよぶ幅広い知識を活用し、さまざまなソリューションを提供している。

市川透作品画像

市川氏が手がける作品の撮影を担当するのは、写真家である市村徳久氏。市川氏の作品について市村氏は、「鬼才市川透の手により備前の土から新たに授かった命に、写真家としてどの様に生命を彩るのか、ということを意識して撮影に挑んでいます」と話す。B-OWNDのアーティストページでは、市川氏の作品を多数掲載している。
https://www.b-ownd.com/artists/qN4tOb

池田:市川さんの作品は自由につくられているところが魅力なので、今回のプロジェクトにあたり、既製のインテリア素材に合わせて制作していただくというオーダーは難しいのかなとも思ったのですが、市川さんから「不自由の中に自由を見つけてみます」とお返事をいただいたことで、プロジェクトの輪郭が鮮明にイメージできたことを覚えています。

山崎:具体的に、池田さんから市川さんにはどんな依頼をしたのでしょうか?

池田:大きな壁をキャンバスに見立てて、全体の20%を陶芸作品で占めるように制作してほしいとお願いしました。アイキャッチとなるように作品が集中して点在されるようなものを想像していたのですが、実際はキャンバス全体に作品が配され、より魅力的な「壁」として成立するインテリアになったと思います。

市川透さん(以下、市川):さまざまな素材をひととおり見て選んだ時から大まかなイメージはありました。その後、アイデアスケッチをたくさん描いて、個と全体のバランスを取りながらつくっていったという感じですね。

市川透

市川透 陶芸家/B-OWND参画アーティスト。1973年、東京都出身。2011年、陶芸家・隠崎隆一氏に師事し、備前焼の技法や自由な発想の造形感覚を学び、2015年に岡山県にて独立。2016年の初個展からこれまで備前焼の概念を覆す作品を国内外で多数発表している。

市川透さんの作品

池田:今回キャンバスに見立てて制作いただいた壁面のベースは、細かなモザイクタイルと大きめの菱形のタイル、それぞれ黒と白の計4種類です。印象がはっきり異なることで幅広い展開力、対応力を伝えたくてこの素材を選びました。素材も光沢感があるものとマットなものであえて変化をつけています。市川さんの作品を見たときに、黒は動、白は静という印象を受けたんです。

市川:全体の20%に作品を置くことやサイズを合わせていくこと、コスト面などから限られる部分ももちろんありますが、その中でも光が当たったときの表情をつくり込むなど、意識的にも無意識的にもさまざまな試みができたと思います。

山崎:今回ならではの制作方法はありましたか?

市川:普段は自分の内面から湧き上がる思いを全面に表現した作品を制作しているので、形やサイズを指定されることはたしかに初めての経験でした。壁面の原寸の出力図面から、実際の仕上がりを想像しながら手を動かしていきましたが、既製品とラインを合わせてきれいに仕上げるために、焼きしめた際の土の収縮率を割り出し、タイルの大きさごとに何度もテストを繰り返しましたね。その上で釉薬の装飾によって、さまざまな色合いやコントラスト、表情を表現しています。

サイズによって異なる土の収縮を考慮し、既製のタイルとラインをそろえることで、空間に馴染みながらも個性的なインテリアとなった

池田:完成した作品は、市川さんの主張だけが押し出されるのではなく、プロダクトであるタイルをデザインしたデザイナーの意図も読み解き、既製品のエッセンスをリスペクトしながらもご自身の作品として昇華されていて、正直このようなかたちの素晴らしいものができ上がってくるとは想像していませんでした。

吉田:新しいことに貪欲な市川さんなので、面白いものができるだろうとプロデュースした立場からも楽しみにしていましたが、実際にでき上がったものを見て驚きました。市川透、恐ろしいなと(笑)。「アートは自由でなければならない」ということがそもそも固定観念で、日本にはフォーマットの美、様式美のようなものが実はある。制約があってもなお、美を提示するのがアートなのかなと。

「飾られるもの」だったアートを、生活空間の一部に

山崎:アーティストと空間デザイナーそれぞれの立場から、今回の企画についての感想を教えてください。

山崎泰

山崎泰 株式会社JDN 取締役。1969年北海道生まれ。デザインへの関心から丹青社に入社。1997年にデザイン情報サイト「JDN」の立ち上げに参画。「登竜門」「デザインのお仕事」を事業化し、コンテスト企画運営を手がける。編集長を経て現職。趣味はサックス演奏。

市川:「チャレンジしたい」「お客さまに喜んでもらいたい」という目的が、池田さんと同じだったのが良かったなと思っています。今回の展示でかたちにしたら終わりではなく、また次もアートと空間の新しい可能性に挑戦したい、という認識も同じでした。

池田:すでに高い評価を得ているアーティストであるにも関わらず、制作の中で市川さんが「チャレンジしたい」と何度も言っていたのが印象的でした。アートをインテリアに融合させるときに、天井がいいのか壁や床がいいのか、あるいは照明やテーブルがいいのか、空間を彩るファクターを決めていくところから始まり、議論を重ねるうちに、まずはもっとも人の目に入りやすい壁を扱うことに決まったんですよね。素材も検討を重ね、タイルが適切だということになりました。

そこから一体何ができるのか、自分たちですらわからないところからのスタートでしたが、「アーティストの作品を既製の工業製品に融合させ、新しい空間をプレゼンテーションする」という今回のハードルはクリアできたと感じています。

山崎:今回の展示を経て、素材の段階からアートを融合した空間づくりの可能性についてどう考えますか?

池田:当初、「JAPAN SHOP 2020」へ出展するにあたって、メインターゲットは商業空間などに携わるBtoB企業になると考えていました。しかし、新型コロナウイルス感染症の流行によりパブリック空間へ足を運ぶ機会が減っています。その反面、プライベートな空間を見直す人が増えていると感じます。今回の試みであるアートをインテリアとして昇華させた空間づくりは、自宅の空間価値をあげる手法としても効果的です。アートを外で体験しにくい状況であれば、日常に取り入れればいい。生活空間にアートを取り入れるというムーブメントをつくっていきたいです。

市川:僕も今回作品をつくる中で、今までは空間の中に展示され照明が当てられてきたアートが、屏風や襖のように生活空間、生活様式の一部になるということは、実はやりたいことだったんだという実感が湧いてきたんです。従来の建築素材や壁素材では満足できないという方には、アートを建築素材とともに壁に組み込むことで、色彩や素材においてオリジナリティに富んだ空間が演出できるのではないでしょうか。

池田:「アートとしての工芸×空間デザイン」のアクションは始まったばかりなので、まずは広げていくことが大切です。今回は壁をテーマにしましたが、次回はシャンデリアやテーブルなど、違うファクターにもトライしたいですね。床などの場合は、裸足で歩くことで、視覚だけではなく触覚でアートに触れることができるし、より複層的な感覚にアプローチするのも面白いですね。

市川:照明、テーブル、扉、部屋全体とイメージはいろいろ湧いているので、また違うものに挑戦していきたいです。僕はあまり工芸、アート、建築、ファッション、デザインなどの区分けやセオリーを意識していないんですよね。枠を決めてしまうと自由度が減るので、フラットな目線でいろんなものを試していきたい。だから今回のように作品のサイズを指定されるという試みにも抵抗なく取り組めたのではないかと思います。

オンラインイベントを活用して、作品への価値観を共有

山崎:B-OWNDが始まってから約1年が経ち、世界的な新型コロナウイルス感染症の流行という大きな出来事も起きましたが、現在はどのような状況でしょうか。

吉田:陶芸、漆芸、竹工芸、人形師、ガラスなどさまざまな分野で活躍するアーティストが参画してくださっています。みなさんが期待されているのは、オンラインを活用した海外への展開、丹青社ならではの「空間」という切り口から、いままでの工芸界にはなかった新しい可能性が拓かれていくことですね。コロナ禍によって美術館や博物館は休館になり、アートフェアや個展が軒並み中止になるなど、アーティストが活動の場を失っている状況でB-OWNDは何ができるか。そんなことを考えて、オンラインイベント「Stay at Home with ART」を開催しました。

オンラインイベント「Stay at Home with ART」開催時の様子。B-OWNDに参画するアーティストごとに計5回行われた。

吉田:たとえば全国にいる市川さんの作品のコレクターの皆さんが一堂に会する機会はなかなかないのですが、オンラインであれば可能です。市川さんご本人を囲みながら、全員が市川さんのつくった特別な酒器で乾杯するというのは、とても素敵な体験でした。

池田:オンラインでのコミュニケーションが増えているので、カメラに写り込む部屋の模様替えをしたい、自宅にあるアートや酒器、趣味のものなどを見せ合いたいというニーズもあると思います。僕も参加させてもらったのですが、自分がほしかった作品や興味があった作品を他の方が持っていて、「こんなところがいいよ、こんなすばらしい作品だよ」と共有してもらえるのがとても良かった。同僚でも友人でもない、自分の価値観を共有できる仲間が、市川さんのホスピタリティに触れながらアートを通してつながるというのは、贅沢なひとときでした。

市川:お酒を飲みながらから20人ほどがスクリーンに集うのは初めてでどうなることかと思いましたが(笑)、参加されたお客さまから喜びの声も多かったし僕自身も楽しかったです。

山崎:B-OWNDという存在があるなかで、今後、丹青社はアートをどのように空間づくりに活かせると思いますか?

吉田:ますます多様な空間にアプローチしていきたいです。たとえば、当社が参画している「未来のオフィス空間」実現のための実証実験の場である「point 0 marunouchi」という会員型コワーキングスペースにアートを置いて、カメラを使った表情解析、センサーを使った心拍数・呼吸数測定、アプリを活用した主観的感情測定などのデータから、そこで働く人たちの行動の変化や心理的な傾向を分析する実証実験を進めています。オフィスにアートを置く効果が具体的な数値をもとに説明できたら、事業者も取り入れやすくなるでしょう。

また、SDGsが掲げられたり、世界規模でローカルの文化や自然を大切にしようという流れがありますが、工芸は地域の素材を使い、伝統的技法で制作する地方発のアートです。まさにローカルの象徴といえる存在なので、事業主さまが事業に組み込むことが評価される時代とも言えます。そういう意味で、美術館やギャラリーに限らず、さまざまな場所に工芸を展開する可能性を掘り起こしていきたいですね。

空間の境目が曖昧ないま、「アートとしての工芸×空間デザイン」の可能性

山崎:いま(2020年8月)、「ウィズコロナ」の時代において、オンラインで楽しめるアートやリアルでしか提供できないアートの価値についてはどう思いますか?

吉田:これまでの「リアルがありきで、オンラインは補完するもの」という捉え方ではなく、境目が曖昧になって、双方が主となり一体になっていくのだと思います。リアルはその時、その場所のみといった、無二の体験の提供が得意。オンラインは、「いつでも、どこでも」という良さがある。

例えば、今回の市川さんの作品をリアルで見て、こころが動いたら、その場でオンラインから情報を得て、購入して、シェアをする。時間と場所と機能を使い分けながら、知る、感じる、購入する、伝えるなど、ますますシームレスになっていくのではないでしょうか。先日、市川さんにオンライン飲み会に登場していただいたように、オンラインというバーチャル空間にもライブ感があったり。私たちは、こころが動かされるような豊かな体験を求められたときに、空間デザインやアートをより多くの人につないでいく役目があると思っています。

池田:ワークとバケーションを組み合わせたワーケーションを実施されている方も増えていますし、仕事、生活、旅などあらゆる行動も途切れなくつながっていきますよね。社会や行動が曖昧になるにつれて、空間もまた曖昧になっていくのだろうと思います。オフィスはオフィスらしく、リビングはリビングらしくという今までの常識もなくなり、ミュージアムみたいなオフィスや、ギャラリーみたいなリビングが生まれるかもしれない。そういう希望を持っている方のお手伝いをしたいです。

丹青社は空間デザイナーやプランナーが約300人もいるので、違う人間が携わればまた違う展開が生まれるはずです。アーティストとのコラボレーションによる新たな空間づくりを通して、こころを動かす体験をもたらしたいという想いは多くのデザイナーが持っていると思うので、さまざまな掛け算で「アートとしての工芸×空間デザイン」の魅力的なムーブメントを起こしていきたいです。

山崎:僕が今日ここに来るのが楽しみだったように、この状況だからこそ、アートを取り入れた空間、その場でしか味わえない特別な感覚を楽しめるような、その空間に行くモチベーションをもつ空間の需要は高まりそうですね。Webで情報を知って、足を運んで体感して、SNSで感想をシェアして、それを見た人がまた……と、個人の体験がつながっていることが普通な時代に、アートやデザインなど表現の領域も有機的につながっていく可能性に期待したいですね。

なお、今回のトークセッションの様子は丹青社の公式Youtubeで視聴可能だ。動画で見たい方はぜひ下記を参照いただきたい。

トークセッション「【前半】アートとしての工芸 × 空間デザイン ~伝統工芸、アート、空間デザインの融合が生み出す新たな可能性~」
https://www.youtube.com/watch?v=L7EuYu-NdTY
トークセッション「【後半】アートとしての工芸 × 空間デザイン ~伝統工芸、アート、空間デザインの融合が生み出す新たな可能性~」
https://www.youtube.com/watch?v=TV8KnrDF3Sg

文:吉岡奈穂 写真:高比良美樹 編集:石田織座(JDN)

B-OWND
https://www.b-ownd.com/

丹青社
https://www.tanseisha.co.jp/