多彩な造形で建築に色を添える―多田美波の仕事を振り返る「INAXライブミュージアム」企画展

多彩な造形で建築に色を添える―多田美波の仕事を振り返る「INAXライブミュージアム」企画展

愛知県常滑市で、やきものを中心とした工芸の歴史や文化を発信する「INAXライブミュージアム」。株式会社LIXILが運営し、2007年にはグッドデザイン賞や中部建築賞、日本サインデザイン賞 サインデザイン奨励賞などを受賞している、建築としても見どころの多い文化施設です。

INAXライブミュージアム内「窯のある広場・資料館」の外観

INAXライブミュージアム内、「窯のある広場・資料館」

同施設で2023年10月7日から2024年3月26日まで開催されているのが、企画展「光を集め、色を放つ ―建築を彩る多田美波の造形―」。数々の光造形や天井造形、緞帳(どんちょう)などを建築空間のために生み出してきた彫刻家・多田美波の仕事を、制作プロセスを辿りながら紹介しています。本記事では展示の様子を施設の魅力とともにレポートします。

建築空間に映える大スケールの造形作品を、ディテールとともに振り返る

多田美波(1924-2014)は幼少期より絵画に取り組み、1944年に女子美術専門学校 (現 女子美術大学) を卒業後、独学で彫刻を学び活躍した造形作家です。アルミやステンレス、アクリルなどの素材を用いた彫刻作品のほか、ホテルや劇場などの建築空間を彩る造形作品を数多く手がけてきました。

「土・どろんこ館」で開催中の企画展「光を集め、色を放つ ―建築を彩る多田美波の造形―」の会場入り口

「土・どろんこ館」内、企画展会場入り口

本展では、多田が建築空間のために制作した作品を「多彩なる調和」「静と動の創出」「光の連鎖」の3つのパートで振り返っています。会場はコンパクトながら、計21作品の完成写真やスケッチ、模型、素材サンプルなど、貴重な実物資料で構成されています。

多田の作品を3つの視点から紹介する展示室の入り口

多田の作品を3つの視点から紹介する展示室

ひとつ目の「多彩なる調和」のパートでは、微妙に変化する光や色彩が全体の調和を生み出すスケールの大きい造形作品を、普段は間近で見ることのないディテールとともに振り返ることができます。

展示は「帝国ホテル 東京」の本館メインロビーを飾る光壁《黎明》からスタート。幅24m、高さ8mもの光壁を構成する7,600個のガラスブロックは、層ごとに色や大きさ、厚さ、テクスチャーが異なり、さらに個々に光の効果が生まれるような工夫が施されています。会場には、さまざまな表面処理によって多彩な表情を見せるガラスブロックの試作品が並びます。

「帝国ホテル 東京」の本館メインロビーを飾る光壁「黎明」で使用されているガラスブロックの試作品の展示風景

「帝国ホテル 東京」の本館メインロビーを飾る光壁《黎明》で使用されているガラスブロックの試作品

続く展示は、千葉県の「聖徳大学」に設置されている緞帳《瑞光》の短冊状のパーツです。同作品は多田がアルミを用いてつくった最初の緞帳で、アルミならではの反射による光沢や鮮やかな色彩が特徴。多田は本作で、舞台上で果たす緞帳の役割はそのままに、新しい意匠による効果を生み出しました。

「聖徳大学」の緞帳「瑞光」で使用されている短冊状のアルミパーツの展示風景

「聖徳大学」の緞帳《瑞光》で使用されている短冊状のアルミパーツ

緞帳「瑞光」の1/2断面図の展示風景

緞帳《瑞光》の1/2断面図

ほかには、埼玉県にある「川口総合文化センター・リリア」の緞帳《燦》や愛知県の「春日井市庁舎」のラスター釉の陶板レリーフなどが続きます。こちらも緻密に計算されたグラデーションが空間を彩る作品事例です。

「多彩なる調和」展示風景

「多彩なる調和」展示風景

次の「静と動の創出」パートで紹介されているのは、空間に馴染む「静」と錯覚による「動」を感じさせるような立体作品たち。こうした性質は、多田の彫刻作品にも通じるものとされています。会場では、東京の「京王プラザホテル」3階メインロビーに1990年まで設置されていた、《スペースターミナル》の模型が出迎えます。現在は「富山県民共生センター サンフォルテ」に移設されている作品です。

ガラスミラーと大理石で構成される本作は、新宿高層ビル群において最初に完成した京王プラザホテルを、まるで高い剣のような建築と捉え、「刀の切羽」に見立てて制作されました。その造形から、難易度が高かったという施工の様子を写した写真も展示されており、当時の職人たちの苦労が伺えます。

「京王プラザホテル」3階メインロビーに設置されていた「スペースターミナル」の模型展示

《スペースターミナル》の模型展示

続いて、多田がファサードのデザインを担当した東京・西銀座通りの商業ビル。S字に曲げられた反射ガラスが目を引くファサードは、内部の吹き抜けに樹枝状の照明が設置されています。多田が本作で目指したのは彫刻的な建築だったといいます。

東京・西銀座通りの商業ビル「銀座Leeビル」の展示風景

東京・西銀座通りの商業ビル「銀座Leeビル」昼と夜の写真(展示風景)

また、高級ウィッグ店の「銀座VALAN」では、1階ファッション・ギャラリーの鏡面レリーフ《ダイナミックミラー》を制作しています。建築家の菊竹清訓、舞台美術家の朝倉摂とともにつくりあげられたこの空間は非日常性が強く、その中で鏡面加工のステンレスという素材を使用した造形には、存在自体を空間に溶け込ませる狙いがあったといいます。

高級ウィッグ店「銀座VALAN」の展示風景

高級ウィッグ店「銀座VALAN」の展示風景。1994年に福岡県久留米市庁舎に移設された本作の、制作当時の様子がわかる

最後のパートは「光の連鎖」。「リーガロイヤルホテル(大阪)」や東京の「紀尾井ホール」、福島の「裏磐梯高原ホテル」などに設置された光造形の作品にフォーカスしています。

「光の連鎖」展示風景

「光の連鎖」展示風景

まず目に入るのは、リーガロイヤルホテル(大阪)《瑞雲》の展示です。メインラウンジの天井に吊るされた、21基の雲の光造形からなる本作。会場には作品に使用されたガラスの試作品と、原寸の部分再現模型が並びます。

実際の作品では、紫外線と自然光でそれぞれ異なる色を見せるガラスの特性を踏まえ、色味の微調整がおこなわれているというこだわりが。間近で見ることが叶わない作品の、細やかな仕事の一端を覗くことができます。

「リーガロイヤルホテル」のメインラウンジを彩る光造形「瑞雲」を原寸で再現した部分模型の展示

「リーガロイヤルホテル(大阪)」のメインラウンジを彩る光造形《瑞雲》を原寸で再現した部分模型

また「紀尾井ホール」の光造形《Reverberation》において使用されたクリスタルガラスパイプの試作品も展示されています。パイプ状のガラスとライトを用いることで反射光を生じさせているという本作。光をより美しく見せるために計算された形状には、光の反射や屈折といった効果を追求した造形作家としての多田のこだわりがあらわれているようでした。

「紀尾井ホール」の光造形「Reverberation」の展示風景

「紀尾井ホール」の光造形《Reverberation》の展示風景

企画展と併せて楽しめる、「INAXライブミュージアム」の魅力

企画展「光を集め、色を放つ ―建築を彩る多田美波の造形―」が開催されているのは、「INAXライブミュージアム」内にある施設のひとつ「土・どろんこ館」です。こちらでは「光るどろだんごづくり」などの体験教室を開催しており、遊びながら土の魅力に触れることができます。

館内の様子、カーブを描く「日干しれんが」の壁

カーブを描く、日干し煉瓦の壁

建物も見どころのひとつ。日干し煉瓦を積み上げた建物奥の壁は、市民参加型のワークショップでつくられた煉瓦を使用したもので、温もりのある空間をつくりだしています。一方で、受付横に広がる網状のデザインが特徴的な土壁「常滑大壁」には、伝統的な左官職人の技が光ります。

館内の様子、混ぜ物のない土壁の「常滑大壁」

混ぜ物のない土壁の「常滑大壁」

こうした内装も含め、建物自体が土の魅力を物語る「土・どろんこ館」。さらに2階ロフトの「百土箱の部屋」は、百箱の木の引き出し一つひとつにさまざまな姿の土が収められており、開けるたびに発見のある楽しい空間です。

開いた引き出しの中に古瓦の展示が入っている様子

引き出しのひとつには古瓦の展示が

ほかにも、「INAXライブミュージアム」には大正時代の窯と建物、煙突を保存・公開している「窯のある広場・資料館」や「世界のタイル博物館」、「建築陶器のはじまり館」、日本を代表するテラコッタの実物を展示する「テラコッタパーク」など、土とやきものに関する多彩な展示がそろいます。やきものの街「常滑」ならではのものづくりの世界に触れに、ぜひ訪れてみてください。

■「企画展 光を集め、色を放つ ―建築を彩る多田美波の造形―」開催概要
会期:2023年10月7日(土)~2024年3月26日(火)
https://livingculture.lixil.com/ilm/see/exhibit/tadaminami/

文・編集:萩原あとり(JDN)