地域・人・ものづくりに触れる「工場の祭典」。イベントを通して成長する、地域としての“おもてなし力”の高さ(1)

地域・人・ものづくりに触れる「工場の祭典」。イベントを通して成長する、地域としての“おもてなし力”の高さ(1)

ものづくりのまち・燕三条

スプーンや包丁、鍋などの金物の産地として有名な新潟県・燕三条地域。新潟県のほぼ中央、信濃川沿いに位置し、面積は約540km2、人口は約18万人。「日本で一番社長が多いまち」とも呼ばれ、金属加工業を中心に家族経営や数人程度の小規模な企業が多く集まっている。そんな燕三条を舞台に、10月6日から9日まで開催された「燕三条 工場の祭典(つばめさんじょうこうばのさいてん)」。ふだんは入れないものづくりの現場を、誰でも見学・体験できるイベントだ。2013年からはじまり、今年で4回目を迎えた。

生活に欠かせない日用品などをつくる「工場(KOUBA)」を中心に、米や果物など食物をつくる「耕場(KOUBA)」、さらにこの地でつくられた産品を提供する商店などの「購場(KOUBA)」と、3種のKOUBAを軸に全部で96の企業が参加した。

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今回のメインビジュアル。第1回目から通じてシルバーとピンクのストライプがイベントの目印となっている。アートディレクション&デザインはSPREADが担当。イベント全体の監修はmethodの山田遊さんが担当。

今回、その中から可能な限り回ることができた13のKOUBAについて紹介したい。(じつは大学の時に金属工芸を学んでいた筆者が、古巣に戻ってきたような、「ああ~この空気とか匂い、懐かしい」「あれつくってみたい!」という複雑な気持ちになりながらレポートしていく)

日野浦刃物工房(にいがた県央マイスター)

1905年に創業し、完成まで一貫して日本の伝統技術を用いた刃物づくりを行う、日野浦刃物工房。鍛造(たんぞう)という、金属に力を加えて成形する加工法を生業としており、その中でも熟練の技術が必要な少量生産向きの「自由鍛造」で商品を生み出している。そのため、国内外から変わった形状の刃物製作の依頼が寄せられるのだそうだ。おもに鉈(なた)や包丁をつくっている。

鉈ができるまでの工程見本

鉈ができるまでの工程見本

4代目の日野浦睦さん。第2回目の工場の祭典では、実行委員長もつとめた

案内してくれたのは、日野浦刃物工房の4代目・日野浦睦さん。工場の祭典の第1回目の際は、「本当に人がちゃんと来るのか?興味も持ってくれるんだろうか」など、とまどいもあったそう。「燕三条地域には鍛冶屋がまだ多く残っているけど、全国的に見るとかなり数が減っています。昔は地域に必ず1軒は鍛冶屋があったけど、今は少ない。廃業した鍛冶屋から道具を譲り受けたりもしています」と、日野浦さんは話す。しかし年々工場の祭典の来場者は増えており、このイベントがきっかけで鹿児島から就職した人もいるという。「普段は完成品しか見てもらえないけど、工場の祭典はものが完成するまでのプロセスを見てもらうことができる。そこがイベントに参加していてうれしいところですね」と、工場の祭典への思いを語ってくれた。

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金属を機械やハンマーで叩いて成型していく。工場の中はうっすらと暗くなっているが、これは熱した金属の色が見えやすいようにするため

ツバメコーヒー

2012年11月にオープンした、自家焙煎のコーヒー店。カフェ、ヘアサロン、ショップが併設された特徴的な店づくりになっている。足を一歩踏み入れただけで「あ、なんか良い雰囲気だな」と思ってしまうような居心地の良さを感じる店内。ショップでは燕三条エリアでつくられた製品を中心に、修理をしながら長く使える、愛着の持てるものを提案している。カフェにある本棚の間から、併設の美容室が見える様子がおもしろい。

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カフェ店内

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ツバメコーヒーのショップカード。ロゴデザインを手がけたのは、新潟県上越市出身のイラストレーター、大塚いちおさん

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ツバメコーヒーのオリジナルコーヒーも販売している、カフェ店内

店長の田中辰幸さんになぜ3つのお店が一緒になったのかと聞くと、「美容室って必ずしもひとりで来るわけじゃないですよね。家族で来たときは誰かが終わるのを待っている人がいる。そんな時にのんびりできるカフェやショップがあれば楽しめるんじゃないかなと思いました」と、田中さんは話す。お店を始めた頃はなかなか地元でもツバメコーヒーを知っている人が少なかったらしく、「どちらかというと、東京の人のほうが先にツバメコーヒーを見つけてくれました。そこから地元の人たちにも知られるようになっていった気がします」と、話してくれた。

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カフェの棚の奥には美容室が見える

大泉物産

スプーンやフォークなどのカトラリーをおもに製造する大泉物産は、1943年創業。デンマーク人デザイナーのKay Bojesen(カイ・ボイスン)とOle Palsby(オーレ・パルスビー)がそれぞれデザインしたカトラリーブランド、「カイ・ボイスン」と「ICHI」が有名だ。カトラリー以外でも高いステンレス加工技術で、さまざまなものづくりを行っている。

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ひと際大きな工場で足を踏み入れると思わずワクワクしてしまう…

工場では、サイズに合わせて寸法を取るところから検品まで、スプーンやフォークが完成するまでの工程を見学できた。さまざまな機械で仕事をする職人の手元を見せながら、スプーンが完成する工程を丁寧に教えてくれた。筆者は時間が合わず参加できなかったが、会期中はデザートスプーンの製造体験も開催し、大好評だったそう。工場見学は、大泉一高代表取締役専務が案内。

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ショールームには、完成品のカイ・ボイスンやICHIのシリーズが並ぶ。オーソドックスだけど飽きのこないデザインが魅力だ

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機械でプレスしてスプーンの丸みをつくっているところ

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磨く作業をおこなっている場所。きらりと輝くフォークを笑顔で見せてくれた

玉川堂(にいがた県央マイスター)

1816年創業で、現在7代目が活躍する玉川堂。1枚の銅板を当て金(あてがね)という道具と金づちで打ち出し、やかんや花器などの形に仕上げていく鎚起(ついき)という加工を得意とする。当初はやかんづくりが多かったが、近年では、茶器や酒器、花器など幅広い銅器を製造。1枚の銅板から打ち出される銅器は使うほど手に馴染み、光沢を帯びていく。

工場見学では、形をつくっていく様子から金属を着色する工程を見学できた。職人歴47年の方から、入ってまもない20代の方まで幅広い年齢の方が所属している。取材時にも若い方が作業する様子を多く見かけ、伝統の技が脈々と受け継がれていく空気を感じた。

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かぼちゃのようなやかん。もとは1枚の板なのに、細かな表情まで表現できるのが驚き

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見学には大勢の来場者が。「つくれないものってあるんですか?」「この部分はどうやってつくってるの?」など、いろいろな質問が飛び交っていた

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やかんができていく工程をわかりやすく表した見本

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畳の上で制作している様子が印象的だった。畳やゴザを敷く理由は、たたいた時のショックを逃がすため。昔はもみ殻の上にゴザを敷いて作業していたそうだ

渡辺果樹園

生産が難しいため、幻の洋梨と言われる「ル・レクチェ」。もともと、明治36年頃にフランスから新潟県に輸入されたのが発祥とされている。鮮やかな黄色の果実は、豊かな香りとまろやかな食感が特徴。そんなル・レクチェを育てる渡辺果樹園はふかふかの土がおいしさの秘密だという。もともと川があった場所に位置するので、普通の土よりも柔らかく、根を生りやすい。ミネラルが豊富だからこそできるおいしい果実で、柔らかくなる前の固めの時に収穫し、約40日間寝かして追熟(ついじゅく)させるものだ。徐々に黄色くなり香りが増し、ゆっくりと柔らかくおいしくなっていく。

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渡辺果樹園の渡辺康弘さん。おいしいル・レクチェの見分け方など教えてくれる

また、渡辺果樹園の特徴は、果実に音楽を聴かせることだ。成熟期間にモーツァルトのピアノ協奏曲を聴かせており、音楽による微妙な振動がおいしくさせているのではと考えられている。聴かせるようになったきっかけは、酒蔵だという。

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取材に伺った少し前に台風が来ており、少なくない数のル・レクチェが強風で地面に落ちてしまっていた。渡辺さんはそれを逆手に取り、落ちた果実を希望者に持ち帰ってもらい、追熟体験をしてもらう企画を急遽実行していた。本来は高級果実だがこの企画では箱代の200円だけ希望者から徴収。うまく追熟できるかは運もあるので保証はできないが、マイナスをプラスにするアイデアに来場者は喜んでいた。

三条ものづくり学校

「燕三条 工場の祭典」の情報や交通の拠点となるメイン会場。伝統ある優れた三条の地場技術に、デザインやアイデアを加え、三条のものづくり事業の発展に寄与する拠点として、閉校した南小学校をリノベーションした施設。期間中は彫金でのはしおきづくりや木のキッチンツールづくりなど、さまざまなものづくりワークショップを開催。

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IID 世田谷ものづくり学校と姉妹校である「三条ものづくり学校」。

また、会場では株式会社中川政七商店が創業300周年の記念として全国5地域を回るイベント「大日本市博覧会」も同時開催されていた。日本の工芸のこれまでとこれからを視覚的に学べる工芸クロニクルの展示、物販、ワークショップ、トークショーなどを開催し、「作り手」と「使い手」が出会える場として、ものづくりの魅力を発信していた。

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