編集部の「そういえば、」2020年11月

編集部の「そういえば、」2020年11月 編集部の「そういえば、」2020年11月

ニュースのネタを探したり、取材に向けた打ち合わせ、企画会議など、編集部では日々いろいろな話をしていますが、なんてことない雑談やこれといって落としどころのない話というのが案外盛り上がるし、あとあとなにかの役に立ったりするんじゃないかなあと思うんです。

どうしても言いたいわけではなく、特別伝えたいわけでもない。そんな、余談以上コンテンツ未満な読み物としてお届けする、JDN編集部の「そういえば、」。デザインに関係ある話、あんまりない話、ひっくるめてどうぞ。

抽象も具体も淡々と。 『建築と時間と妹島和世』

そういえば、建築家の妹島和世さんのドキュメンタリー映画『建築と時間と妹島和世』をユーロスペースで観てきました。監督は写真家のホンマタカシさん。

大阪芸術大学の新校舎をつくる3年半の過程のドキュメンタリーである本作は、タイトルの通り、建築が生まれるまでの時間と妹島和世さんの姿が、それぞれ淡々と映し出されていることが大きな特徴ではないかと思います。

映画のはじまりでは、建物がもつ「丘」というコンセプトや、そこで過ごすひとたちが感じることができる時間に対するイメージがかたちとなっていくプロセスが、有機的な曲線が目を引く数多くの模型制作の試行錯誤によって描かれます。そして、構造計算といった現実的で具体的なプロセスを経て、当初の模型に再検討が加えられていく。

さらに、そこにはまた予算的な制約という課題が訪れます。3Dの平面を2Dを組み合わせてつくることで予算の削減をする案が語られる場面など、そこでもかなり具体的なプロセスを経る姿が捉えられ、いよいよ竣工となるわけですが、少しずつ設計されたものが実際の建築になっていく様が定点カメラによる早回し映像によって示されるシーンでは、当たり前ではありますが、建築がつくられていく膨大な時間というものを観客に感じさせます。

妹島さんは本編中で、「建築家というものは、抽象的なことと具体的なことを行ったり来たりしなくてはいけない」ということを語りますが、映画全体が、その行ったり来たりのプロセスを丁寧に描いていて、本作は観客がそのプロセスが繰り返される時間を意識せざるを得ないようなつくりになっていると思います。

そこには、つくるということのリアルさがとても表されているように感じました。ビジョンやコンセプトといった、抽象的かつある種人間的な感性から生まれるものが根底にあることを前提としつつ、それがかたちのあるものとして世の中に生み出されるためには、さまざまな制約や現実的な課題をクリアしなくてはならない。

さらには、日々の作業を当たり前に何年も繰り返していくことが必要となる。そんな、着実な一日が蓄積されることで生まれる時間の重みというものによって、はじめて美しい建築が生まれるのだということを、映画は静かな声で観客に語りかけているように思えました。

何かをつくることを経験したことがあるひとなら、いかに淡々と当たり前のように創作への熱を持ち続けることが難しいのかということが、痛いほどわかるのではないかと思います。全編にわたって流れる石若駿さんの音楽と、柔和な妹島さんの語りによって、穏やかな気持ちで観ることができる映画ではありますが、その淡々と続く日々の裏にあるものや、完成した美しい建築の佇まいを眺めていると、静かな感動が胸に訪れます。

映画のラスト、当たり前のように次の建築の模型づくりをはじめる妹島さんの逞しさと軽やかさ。その姿に、とても大きなものを受け取ることができる映画だと思いました。

(堀合 俊博)

ミナ ペルホネン「風景の色 景色の風 / feel to see」

そういえば、会期は12月1日で終了になってしまうのですが、先日ミナ ペルホネンの展覧会「風景の色 景色の風 / feel to see」を見に行ってきました。

東京・表参道のスパイラルで開催している「風景の色 景色の風 / feel to see」は、ファッション・テキスタイルブランド「ミナ ペルホネン」のテキスタイルの魅力とその可能性、デザインに込めたストーリーや背景をこれまでとは違うかたちで伝える展覧会です。

「風景の色 景色の風 / feel to see」
「風景の色 景色の風 / feel to see」

ファッションデザイナーの皆川明さんにより1955年に設立された「ミナ ペルホネン」は、オリジナルの生地からの服づくりにこだわり、流行に左右されず長く愛される製品で多くの人からの支持を得ています。

本展について皆川さんは、「テキスタイルは服や家具においては材料であり、デザインのプロセスの途中に存在しています。ですが、そのテキスタイルには最終的なデザインを決定づける質感や色、グラフィックが表現されており、全体の存在価値の多くを含んでいると考えられます。その意味で、テキスタイルは最終的なデザインの素性に対して大きな役割を果たしていると言えます。

その中でも、本展覧会では、テキスタイルに込められた世界観を映像として表現することで、そこに存在するモチーフや空間の織りなす景色や、そこに吹く風や光を感じることができるものとなっています」と、コメントを寄せています。

本展の肝になっている映像作品は、スパイラルガーデンの吹き抜けの空間で見ることができます。映像は以前JDNでもご紹介したことがあるアートディレクターの遠藤豊さんが担当。来場者がくぎ付けになっていた作品はもちろんですが、私が今回気になったのはその作品を成立させている什器でした。

「風景の色 景色の風 / feel to see」
「風景の色 景色の風 / feel to see」

木素材でつくられた什器は、そこからトランスフォームでもしそうな何とも言えない有機的なフォルムで、さまざまなテキスタイルの世界観を表現する映像の邪魔をしない絶妙な塩梅の質量、形、雰囲気を醸し出していました。

もし、街中でよく目にするような無機質な枠の什器にはめられていたのでは世界観が分断されてしまい、ミナ ペルホネン特有のあたたかさと慎ましさのようなものが薄れてしまっていたのではないかな?と個人的には感じました。

ちなみに、ミナ ペルホネンは5年前にも同じ会場で展覧会を開催していて、その時のことを思い出しながら今回会場を巡りました。レポート記事が残っているので、よかったらこちらもご覧ください。

https://www.japandesign.ne.jp/report/150522-minakakeru/

(石田 織座)