クリエイターとお金のはなし。―加瀬透

クリエイターとお金のはなし。―加瀬透

本企画では、さまざまなクリエイターに「新人時代の仕事と暮らし方」、「仕事の選び方とお金の関係」「仕事道具でお金をかけるもの」など、デザインやアート業界であまり取り上げられない“お金”をテーマにお話をうかがいます。

また、各国と比較してクリエイティブにあまりお金をかけない風潮がある日本において、どうしたらデザインにお金が支払われるようになるのか、クリエイターの地位が向上するのかなど、デザイン業界のいまとこれからを少しだけ一緒に考えるコラムにしたいと考えます。

今回お話をうかがったのは、グラフィックデザイナーの加瀬透さん。美術展の展覧会ポスターや写真集のデザインといったクライアントワークのほか、グラフィック表現を探索するようなアートワークにも積極的に取り組んでいます。最近では、写真家・石川直樹さんの写真集や金沢21世紀美術館の展覧会ビジュアルなど、美術領域に携わることが多い加瀬さんにお話をうかがいました!

■駆け出しの頃

かなり遡ったところからお話ししてしまいますが、もともと父親がアーティスト活動をしていたこともあり、実家の壁にはタイラー・グラフィックス製のポスター、井上有一の埼玉近美での個展のポスター、美術手帖のウォーホルの切り抜き、美術館で買ってきたであろうポストカードなど、そのほかにもたくさんの複製物が貼られていたり、菅木志雄、ブリンキー・パレルモ、アーノルフ・ライナーといったアーティストの小作品・エディションなどが当時の実家にあったり……。いま思えばそういうことが現在の活動の原体験だったと思います。無かったことにはできない経験です。

ただ当時はまったく興味がなくて、なぜ父親がそういうものに興味を持っているのかまったくわかりませんでした。

幼少期の頃から高校3年生の時までは保育士になりたかったんです。ですが、ひょんなことをきっかけに諦めて、受験勉強をして、一般大学に通うことにしました。モラトリアムな時期です。このままだとデザイナーになる気配がありませんね(笑)。

金沢21世紀美術館「DXP(デジタル・トランスフォーメーション・プラネット)──次のインターフェースへ」の展覧会グラフィック

加瀬さんが最近手がけた、金沢21世紀美術館「DXP(デジタル・トランスフォーメーション・プラネット)──次のインターフェースへ」の展覧会グラフィック。封筒やポスターなどさまざまなアイテムを担当。

大学2年の時のある経験から美術に興味を持ちはじめ、前述の幼少期を振り返ったりしながら、絵を描きはじめました。その延長線上でデザイナーという職業も意識するようになりました。ただ、通っていたのは一般大学ということもあり、美術・デザイン系の学校や職業について詳しい人は自分のまわりにはいませんでした。

そんななか、大学の先生から10個上にデザイナーになった方がいるという話を聞き、その方をご紹介いただきました。実際にお会いしてお話を聞くと、その方が通っていた学校が桑沢デザイン研究所でした。とりあえず情報がそれしかなかったため、桑沢を目指しました。

なんとか桑沢に入学して勉強しはじめ、業界紙を手がける事務所の短期バイトに応募し、そこで初めてデザインの現場を経験しました。その後もいくつかバイトをしたり、就職活動、就職、さまざまな挫折があり……、2015年の10月からフリーランスとして働くことになりました。ただ、はじめから思ったようにはいかず、精神的にもお金的にもこの期間が一番辛かったかもしれません。

加瀬さんがデザインを担当した、写真家・石川直樹さんの写真集『Kangchenjunga』©︎POST-FAKE

■軌道に乗った、印象に残っている仕事

そんななか、ある雑誌のデザインチームに参加しないか?というお誘いがあり、そのチームに参加しました。定期刊行物ということもあって、金銭的には安定しはじめた時期と言えるかもしれません。その後、別の雑誌のデザインチームにも参加し、それが2021年末まで続きました。

それと並行して、学生の頃に取り組んでいたことを思い出して、再度、自主制作にも前向きに取り組みはじめ、自分がやりたいこと・やれることの輪郭が徐々に見えてくるようになってきました。金銭的な余裕も以前よりはあったため、そういうことに向き合える余裕ができてきたんだと思います。

第21回グラフィック「1_WALL」にて、加瀬さんが出展した『モニュメント、マン』。加瀬さんはファイナリストに選出された

■仕事を選ぶときの基準

基本的には、スケジュールと予算が合えばお受けしています。どうしても予算やスケジュールがない場合は、お断りせざるをえない場合もありますが、提案数を少なくしたり、最初に提案の方向をおおよそ定めたりと、クライアントとは、仕事の進め方自体の相談を先にして、双方合意してから仕事を進めることが多いです。

■仕事や趣味でお金をかけていること

本ですね。最近は買いすぎていて、「1冊買ったら1冊手放す」ようなことをしています。

■日本がクリエイティブにお金をかける社会になるためには?

なかなか難しい話ですよね。個人的には、海外の方とも仕事ができたらそういうことも間接的に解消されていくのかもしれないと感じています。日本の中だけで考えるとなかなか難しい気がしています。

タイトルイラスト:小林千秋 取材・編集:石田織座(JDN)

加瀬透

加瀬透

1987年埼玉県生まれ。2010年に立教大学 経営学部 国際経営学科を卒業。2011年に桑沢デザイン研究所 専攻デザイン科を卒業。2015年よりフリーランス。美術・書籍・音楽・ファッション等の領域でのグラフィックデザインワーク、また自身がグラフィックそのものの性質と考える「痕跡」「弱さ」「非自立性」「大量生産品による立ち上がるイメージの場」等を巡る制作・展覧会をおこない、各種メディアへのコミッションワークなども実施。近年の個展に『2つの窓辺』(CAGE GALLERY_2021)。また『エナジー・イン・ルーラル|Energies in the Rural』(国際芸術センター青森 ACAC_2023)に梅沢英樹氏の共同制作者として展覧会へ参加。受賞歴にJAGDA新人賞など。京都精華大学 メディア表現学部 イメージ表現専攻 非常勤講師(2023~)。

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