紙の本に宿るものを、読み手に届けるために:第7回「みんなでクリエイティブナイト」

紙の本に宿るものを、読み手に届けるために:第7回「みんなでクリエイティブナイト」

本の仕事と書く仕事

西澤:ちょっと違う角度の質問ですが、お二人は本を選ぶことや売ることが仕事ですが、書き手でもあるじゃないですか。書くことへのモチベーションは何か違いますか?

幅:うーん、僕は読むのはすごく好きなんですけれど、書くのめちゃくちゃ嫌いですね。優れた書き手というものは本当にすごいので、本をたくさん扱ったり読めば読むほど、かなわないなと思ってしまう。こんなに素晴らしい文章や文体、物語がすでにあるなら、いちいち僕が書かなくてもいいじゃないかなと。そういった書き手への尊敬があるので、書くことへの怖さはいまだにあるかな。

本を読んだり選んだりする行為と、書くという行為は全然違います。僕の中では書く人が一番リスペクトしている存在で、その順位が逆転することはないのかなと思います。

西澤:森岡さんはどうですか?

森岡:なぜ書くのか。考えていたんですけど、東京にいたことが大きいと思うんですよ。出版とかメディアというのは、東京の地場産業だと思うんですよね。

西澤:地場産業。初めて聞きますね、そういう言い方。

森岡:もちろん、東京以外にもありますけど、圧倒的にシェアが大きいと思うんですよね。神田の古本屋にいた頃は書いてはいなかったんですが、独立してからは、さまざまなメディアの人が取材に来てくださるんですよね。ある時から書店特集や本の紹介という企画が多くなったと思うんですが、それと私が独立した時期が重なっていたことも大きかったと思います。

西澤さん、幅さん、森岡さん

そんな中で、「書評を書きませんか?」と言われ、「自分でよければ書きます」という展開になって。それで実際に自分の文章が雑誌に載ったりすると、私も人の子なので(笑)、うれしいんですよね。そしてそれが本としてまとまっていく、その繰り返しだなと思っています。

選書のコツと店舗の価値

Q.インテリアデザインを生業にしています。ライブラリーのキュレーションについて質問です。

(1)どのような切り口で独自性を出していますか?

(2)納品のみの場合など、リフレッシュを期待できないケースでは、その本たちがその後も使われるために最初に気をつけていることはありますか?

(3)本を手に取りやすくするためにしていることはありますか?

西澤:インテリアデザインの仕事をされている方からの質問ですね。選書についての質問ですけれど、何かコツみたいなものはあるんですか?

幅:具体的な質問ですね。選書の独自性は切り口で出すのではなく、その場所の使い手へのインタビューワークで本を選んでいくという話をしましたが(前編を参照)、インタビューをする際にも、「どんな本や作家が好きですか?」というやり方をしてはいけないんです。もし司馬遼太郎が好きって言われたら、全部それになっちゃうので(笑)。答えを探すんじゃなくて、実際に本を50〜100冊ほど持っていて、「この本はどうですか?」と手応えを探っていく感じですね。

西澤さん、幅さん

病院のライブラリーの仕事では、年齢を重ねた方が多い場所ですので、文字の大きさや本の重さなどをインタビューを通して探っていったんですが、たとえばその場所でうまくいったからといって、それをパッケージ化して別の病院に持っていくことはできないわけですよ。神戸の病院で選んだ阪神タイガースの本をそのまま名古屋に持っていけば、ドラゴンズファンが怒る(笑)。明らかに使い手によって違う答えが出てくるので、ちゃんと聞いていれば独自性は出てくると思っています。

西澤:選び方というよりは、そもそも使い手が場所によって独自なので、ちゃんと丁寧にリサーチしましょうねということですね。

幅:そうですね。あと、選書した本が長く使われるようには気をつけてますね。その場所に長く置いておいてもずっと読めるような、本としての持久力というか、時代の波に耐えうるようなタイトルをなるべく選ぶように、最初の段階から気にしていますね。

あと、三つ目の質問については、掃除ですね。本棚の手前の際(きわ)にぴったりと本の背を合わせるようにしています。背をぴったりと揃えるだけで、随分と見え方が違います。本は、CDやレコードと違ってかたちがバラバラなので、どこかにディシプリン(規律)をつくらないときれいに見えないんです。毎日整えられているという状態こそ、読者を歓迎しているということにつながりますし、はたきで掃除したりといったきめ細かさこそが、本を手に取りやすくする。意外とそれが大事だったりします。

西澤:デザインの第一歩は整理整頓、ということと同じですね。

続いて森岡さんへの質問です。

Q.オンラインショッピングや書籍の電子化が進む現代で、実店舗が提供できるサービスや価値はどういうものが考えられますか?

森岡:直接的な答えになるかわからないんですが、私は1年前の日記を書くということを、7年前から続けているんですが、昨年の今頃の日記を先日書いていたんですね。

幅:すごいですね。後追い日記?

西澤:思い出せます?

森岡:思い出せないこともあるんですけどね、画像やスケジュール帳をみたりして。そうするとね、去年のいまごろはとんでもない状況でした。「もう店舗はこれまでかもしれない」「資金はいつまで持つんだろう」「どのタイミングで決断するのか」……そんな話をしているんです。コロナがどんどん進行していて、どうなるのかがわからなかった。

でも、去年の7月から9月ごろになってくると、お客さんが来てくださるということがわかってきたんですね。もちろん自粛生活をされている中で、外出することが必要な時、どこに行くことを選ぶのか。そういった際に、好きな著者の出版記念イベントや、工芸作家の展覧会など、森岡書店でやっていることを選んでくれる方がいらっしゃるということが分かってきたんですよ。なので、この質問については直球で答えるしかなくて……なんですかね?

西澤:あれ、直球になってない(笑)。

幅さん、森岡さん

幅:(笑)。人に会いに来てる、ていうことですかね?

森岡:あ、そうだ、話ですよ、話。たわいもない話、気晴らし。これではないかなと思いますね。

西澤:本は結局のところ人間だということですかね。

森岡:その通りです。

本は「人」「刻印」……そして「尾行」?

西澤:それでは、毎回恒例の質問を最後にさせていただこうと思います。今回のテーマについて一言で表現してもらいたいなと思うんですが、まずは幅さん。幅さんにとって本とは何でしょうか?

幅:僕にとって本は「人」であり、頼りになる相棒。もっというならば、道具ですね。僕は楽しく健やかに生きて死にたいと思っているんですけど、そういった日々の生活をかたちづくるために、本はとても頼りになる他者だと思っています。自分以外の他者のアイデアや感情、多角的な視野などが本には詰まっているので、書いてあることをよく噛んで吸収して、どうやって自分が楽しく健やかに過ごしていくのか、そんなことをいつも考えていきたいなと思います。全然一言じゃなかったですね(笑)。

西澤さん、幅さん、森岡さん

西澤:僕は、大袈裟に言えば人生の刻印みたいなものだと思っています。自分が書き手になった時にすごく影響を受けたのは、野中郁次郎先生が書かれている「暗黙知」と「形式知」についての考え方なんですが、僕らデザイナーの仕事は、見て学び、手を動かして学ぶといった暗黙知の塊みたいなもので、それを言語化することで形式知になり、さらに深い学びが得られる。僕は学生時代にその考え方にすごく影響を受けていて、デザインもそうあるべきだなと思っています。暗黙知と形式知を行ったり来たりすることで、スパイラル上に大きく成長していきたいなと。

僕は書き手としてはまだまだ稚拙ですが、書いているときはいま書けるものの限界を出そうと真剣で、デザイナーとして考えてきたことが本として刻印されるからこそ、次を迎えられるような気がしています。

それでは、最後は森岡さんにビシッと決めていただきます(笑)。

森岡:決めてみせますよ(笑)。

「本は窓だ」という人の意見を聞いたことがあって、窓ってなんだろうなと考えていたんですね。ある空間の中に窓があって、そしてその窓の中に風景がある。確かにそういうことだなと思ったんですが、じゃあ窓を求める気持ちってなんだろうと考えると、冒険や旅に出る気持ちに等しいと思うんですね。

特にコロナ禍になってからはSNSで本を紹介されている方が多いですし、旅に出られない分、本を読むことでそれに等しい体験ができると。では、旅を求める気持ちとは何かというと……何なんですかね?

西澤:えーー(笑)。

幅:急に質問側に回るの新しいですね(笑)。

森岡:あ、それって“チラ見”だと思うんですよ、チラ見ズム。どこか旅をしたとしても、その街のすべてを見ることはできないですよね。

西澤:いろんなものを覗いていくわけですね。

森岡:そうですね。そう考えると……本は尾行かもしれませんね!

西澤:おもしろいなあ(笑)。

幅:なるほど(笑)。本は呼びかけても、振り向かないですしね。それにずっと自分より少し前を歩いている。そうだ、尾行だ(笑)。

森岡:本は尾行だって、おもしろいかもしれませんね。これで終わりにしましょうか(笑)。

西澤さん、幅さん、森岡さん

写真:服部冴佳(エイトブランディングデザイン) 文・編集:堀合俊博(JDN)

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【次回で最終回!】

2019年8月2日の第1回目開催より、2年半にわたって実施してきた「みんなでクリエイティブナイト」ですが、次回の開催で最終回となります。

本イベントのフィナーレとなる第9回目は「ブランディングとデザイン」をテーマに、日本のブランディングデザインを代表するおふたりの仕事を振り返りながら、今後のブランディングデザインの可能性について、宮田さんと西澤さんに語り合っていただきます。

また、今回も登壇者への質問を事前に受け付けています。トークセッションのトピックとして取り上げさせていただきますので、ぜひ質問をお寄せください!

質問投稿フォームはこちら:https://forms.gle/9UzW4vX3EjW7HCBS8

※質問受付締め切り:1月31日(月)

■開催概要

第9回テーマ:「ブランディングとデザイン」

開催日時:2月1日(火)18:00~19:30

会場:YouTube Liveにてオンラインでの開催

参加費:無料
申
込:リンク先より詳細をご確認ください
https://www.8brandingdesign.com/event/contents/creative-night/minna09/