BACH幅允孝が実践する、読み手の心に深く刺さる本の「差し出し方」

第7回「みんなでクリエイティブナイト」レポート(前編)

BACH幅允孝が実践する、読み手の心に深く刺さる本の「差し出し方」

デザインの役割や価値について“みんな”で考えていく、エイトブランディングデザインとJDNの共催イベント「みんなでクリエイティブナイト」。「本とデザイン」をテーマに、5月13日にYouTube Liveにて配信された第7回目の模様を、 3回に分けてお伝えしていきます。

ゲストに迎えたのは、BACH代表の幅允孝さんと、森岡書店店主の森岡督行さんのお二人。ナビゲーターは、エイトブランディングデザイン代表のブランディングデザイナー・西澤明洋さんが務めました。
レポートの前編となる本記事では、幅さんによるレクチャーをお届けします。

本に溜まる熱を取り戻すために

BACHという会社を2005年からはじめて、今年でもう16年になります。本を選び、集め、配架するということが独立した専門職として存在していない頃からこの仕事をしていますが、この会社をはじめる前は、もともと僕は青山ブックセンター六本木店で、書店員として2002年まで勤めていました。

<strong>幅允孝</strong> 有限会社BACH代表。ブックディレクター 人と本の距離を縮めるため、公共図書館や病院、動物園、学校、ホテル、オフィスなど様々な場所でライブラリーの制作をしている。最近の仕事として札幌市図書・情報館の立ち上げや、ロンドン、サンパウロ、ロサンゼルスのJAPAN HOUSEなど。安藤忠雄氏の建築による「こども本の森 中之島」ではクリエイティブ・ディレクションを担当。近年は本をリソースにした企画・編集の仕事も多く手掛ける。早稲田大学文化構想学部非常勤講師。神奈川県教育委員会顧問。Instagram: @yoshitaka_haba

幅允孝 有限会社BACH代表。ブックディレクター 人と本の距離を縮めるため、公共図書館や病院、動物園、学校、ホテル、オフィスなど様々な場所でライブラリーの制作をしている。最近の仕事として札幌市図書・情報館の立ち上げや、ロンドン、サンパウロ、ロサンゼルスのJAPAN HOUSEなど。安藤忠雄氏の建築による「こども本の森 中之島」ではクリエイティブ・ディレクションを担当。近年は本をリソースにした企画・編集の仕事も多く手掛ける。早稲田大学文化構想学部非常勤講師。神奈川県教育委員会顧問。Instagram: @yoshitaka_haba

2000年頃から、Amazonといったインターネットで本が買えるサービスがスタートし、来店客数の減少とともに書店の売上は減ってしまっていました。僕は、本というものは著者以外の他者の目に晒されることや、手に取られることではじめて本たり得ると思うんです。なので、本屋にどんどん人が来なくなってしまうのがとてもショックでした。

本を手に取ったり立ち読みをしたりする人が減ってくると、本に溜まる熱もなくなれば、それらが集まることによって本屋さんが全体に蓄積する熱も減っていってしまう。このままだと、本屋さんが冷たい場所になってしまうと思い、人が本屋さんに来ないんだったら、人がいる場所に本を持っていこうと考えていたことが、いまの仕事につながっています。

ちょうどその頃、マガジンハウスで『POPYE』や『BRUTUS』、『Tarzan』『GULLIVER』といった雑誌を立ち上げた編集長である石川次郎さんの会社に入社しました。彼は六本木ヒルズを中心とした街づくりについて考えるコミッティーのメンバーに入っていらっしゃって、六本木エリアに本屋をつくることを考えていました。石川さんはアメリカ西海岸の文化に精通していた方で、コーヒーを飲みながら本が読めるお店が日本にもあっていいんじゃないかと考えていたんですね。

アメリカではそういったお店が当然のようにあったのですが、日本では再販売価格維持という本の返品制度があるため、売っている本を汚してしまってはいけないということで、本屋とコーヒー屋が一緒になることはこれまでなかったんです。それはのちに「TSUTAYA TOKYO ROPPONGI」(現在の「六本木 蔦屋書店」)のプロデュースへとつながっていくんですが、幸運なことに六本木で本を売っていた経験のある僕を拾っていただけて。その仕事がきっかけで書店やライブラリをつくりたいという方から選書の依頼が来るようになり、もしかしたら仕事になるんじゃないかなという思いから、2005年に独立しました。

本を手に取る機会を点在させること

もちろん当時は「ブックディレクター」という言葉もなかったんですが、2008年に「情熱大陸」という番組で僕の仕事を取り上げていただいた際に、職業名がないと放送できないと言われてしまって、「本屋や図書館をつくるし、編集もするんだったら、ブックディレクターでいいんじゃないですか?」とメールをいただいて、どうぞそれでお願いしますと(笑)。

僕の仕事は、知っている本しか手に取らなくなってしまった検索型の世の中で、知らない本を手に取る機会を、いろんな場所に点在させることです。本というものは、他の娯楽に比べて没入するまでに時間がかかるものなので、時間の奪い合いが激しいいま、本は不利な状況に置かれていると思います。それを、人の生活のどこかに本を滑り込ませる、もしくは染み込ませることができたらいいなと思っています。

具体的には、公共図書館や企業のライブラリーをつくる仕事が多く、最近では病院の図書館をつくることも増えてきていて、少し変わったところだと動物園の図書室などもあります。

札幌市図書・情報館

札幌市図書・情報館

これは、札幌市図書・情報館という、札幌市の中心部にある働く人のための小さな公共図書館です。「はたらくをらくにする。」というコンセプトのもと、課題解決型のような本棚のつくり方をしています。たとえば、「人間関係」というテーマの棚には、コミュニケーションやジェンダーといった中テーマを設けていて、職場におけるLGBTQについての考えを示す本が並びます。

我々としては、それぞれ一冊ずつの本はもちろん重要なんですが、一冊だけだと一つの考え方しか書かれてないので、なるべく複数の本を読むことで、個々が自分の考えをつくっていくことを促したいなと考えました。何か課題を感じている人が、なるべくなだらかに答えへと辿り着ける可能性がある本や、答えとなるものの近場まで誘い、自分で考えながら本を手に取ってもらうような選書と本の差し出し方を心掛けています。

JAPAN HOUSE LONDON 写真:Library at Japan House London

JAPAN HOUSE LONDON 写真:Library at Japan House London

これは片山正通さんが内装を手がけた「JAPAN HOUSE LONDON」の本棚です。棚のサイズはそんなに大きくないので、変容し続ける小さなエキシビション方式の本棚という形式で、アート作品なども絡めたキュレーション的な側面が強い選書をしています。たとえば、大英博物館で漫画展が開催されていた時期には日本の漫画におけるジェンダーの多様性をテーマにした展示をしたり、「民藝」に関するものや、鈴木理策さんの写真を展示することで「日本の四季」をテーマにした展示をしたり。

写真:Library at Japan House London

写真:Library at Japan House London

写真:Library at Japan House London

写真:Library at Japan House London

また、サンパウロのJAPAN HOUSEの場合は、巻物のように長い本棚なので、たとえば日本酒に関する本から発酵文化へとつながり、そこから茶懐石、お茶の器、そして工芸へ続いていくような、グラデーションのように本がつながり連鎖していくライブラリーを企画しています。

JAPAN HOUSE SAO PAULO 撮影:ジャパン・ハウス サンパウロ事務局/Rogerio Cassimiro

JAPAN HOUSE SAO PAULO 撮影:ジャパン・ハウス サンパウロ事務局/Rogerio Cassimiro

その場所の使い手のために本を選ぶ

さやのもとクリニック

さやのもとクリニック

これは佐賀県にある「さやのもとクリニック」という通院型の心療内科です。先生が認知症の専門医の方で、患者の方々にとってこの場所の本棚に並ぶ本としてはどんな本が必要なのかを考えて、当事者へのインタビューを元に選書しました。認知症の方々は、オリンピックや万博といった国民的な記憶より、自分にとって卑近なことの方が覚えているそうなんですね。たとえばかつて農業に従事していたおじいちゃんには、農耕具の図鑑を置いておくと喜ばれたり。

さやのもとクリニック

どんな本を置けばいいのかは、その場所や人に肉薄しないとうまく着地できないんです。たとえば、佐賀の病院なので僕が好きな唐草焼の本を持っていたんですが、「うちは鍋島だから!」っておばあちゃんにすごく怒られて……。唐津藩と鍋島藩が仲が悪いなんて、聞いてみないとわからないですよね(笑)。

VISION PARK

VISION PARK

これは神戸アイセンターという眼科総合病院の事例です。さやのもとクリニックも設計された建築家の山﨑健太郎さんが、「VISION PARK」という視覚障害を持つ方と健常者が一緒に時間を過ごせる空間をつくっていて、その場所のライブラリーをつくる仕事でした。

全盲の方と弱視の方とでは必要な本はまったく違います。たとえば全盲の方向けには音声図書や、オノマトペなど音に対して鋭敏な感覚が生かせる本や、香料印刷本など、他の五感に訴える本を選んだり、弱視の方には、写真集ならモノクロではなくカラーで、ソフトフォーカスのものではなくコントラストがはっきりした作品のものを選ぶなど、「何が見えるか」ではなく「何が見たいか」という側面を重視しました。 他にも、神戸の病院なので、栄光の時代の阪神タイガースを映した写真集や、震災前の神戸の風景を映したものなども選んでいます。

こういった仕事を通してわかったことは、僕らが好きな本だけを持っていくだけではお節介にしかならないということです。その場所のユーザーとなる方にお話を聞きながら、どういう本が似つかわしいかを探っていき、自分たちが勧めたい本とその場所にあるべき本の距離を縮めることが重要だと考えています。

読み手の心に刺さるための本の「差し出し方」

こども本の森中之島 © 伊東俊介

こども本の森中之島 © 伊東俊介

これは「こども本の森 中之島」という、僕がクリエイティブディレクターをしている施設です。大阪・中之島にある東洋陶磁美術館の真横にできた新しいこどもの本の文化施設で、安藤忠雄さんが建築を手がけ、大阪市のために建物を寄贈されています。僕らは市民から寄贈された4000冊に加え、新たに1万4千冊を選書していて、それらを配架するだけじゃなく、家具計画やサイン計画、グッズ制作やアートディレクション全般を指揮する立場でした。

こども本の森

最近、どういう本を選ぶのかも重要だと思うのですが、選んだ本の差し出し方がすごく重要だと思っています。ただ良い本があるだけでは駄目で、その本の横にどんな言葉とサインがあって、どんな素材の環境に置くのかということがすごく重要で、いろいろな工夫をしながら場所をつくっています。「こども本の森 中之島」の場合は、本の中から抽出した一節から言葉の彫刻のようなサインをつくり、本棚の中に掲出するなど、実際に本を手に取りめくってもらうまでのハードルをどう下げるのかを工夫しました。

© 伊東俊介

© 伊東俊介

僕としては、その場所に訪れた人たちが、気がついたら本を読んでいたという状態をつくりたいと思っています。そのためには、床材の硬さであったり、椅子の高さや座面の柔らかさなど、そこまで考えなくてはいけない。心理学や哲学などの没入に時間がかかる本の近くでは、カーペットの毛足をちょっと長くしてみるとか、そういった細やかな本の差し出し方について、ユーザーの滞在時間などを測りながら実験をしています。

どれだけ本を手に取ってもらえる環境とモチベーションをつくれるのか、そういったことを考えながら仕事をしています。どのように読んでもらうか、そして読んでもらったその本が、その人のどこか深い部分に刺さり、日々の生活に作用するような、そんなことができないかなと思っています。

写真:Library at Japan House London

写真:Library at Japan House London

写真:服部冴佳(エイトブランディングデザイン) 文・編集:堀合俊博(JDN)

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