デザインのチカラ

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デザインの力を証明する、日本発のプロトタイピングツール-土屋尚史インタビュー(1)

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デザインの力を証明する、日本発のプロトタイピングツール-土屋尚史インタビュー(1)
株式会社グッドパッチ
土屋尚史(代表取締役社長/CEO)
コーディングなしでモバイルアプリケーションやWebサービスの“動くモックアップ”が作成できるプロトタイピングツール「Prott(プロット)」。開発したのは、国内でいち早くプロトタイピングプロセスを取り入れ、その必要性を確信して自社でのツール開発に踏み切った株式会社グッドパッチだ。ノウハウをもたずに始めたそのチャレンジを支えたのは、代表取締役兼CEOを務める土屋尚史さんの訪れたチャンスを逃さない行動力と、スタッフたちがもつ、日本のプロダクト開発におけるデザインの価値認識に一石を投じる強い想い。土屋さんに起業までの道のりから開発秘話までたっぷりとお話をうかがった。

いいUIをつくるために、企画段階から参加する

「Prott」を開発したグッドパッチは、アプリケーションやWebサービス、プロダクトのデザイン・設計・開発を行っているデザイン会社だ。ほかのデザイン制作会社とは一線を画している特徴が、UIデザインにフォーカスしていること。そのために、制作の際には企画から関わって企業と一緒にサービスをデザインしていくことを大切にしているという。

土屋尚史(以下、土屋):弊社はUI(ユーザーインタフェース)デザインの会社ですが、UIデザインの部分だけを請け負うことはしていません。かならず企画ベースから関わってクライアントとチームをつくり、どのようなユーザーに対してどんな価値を提供し、マーケットのなかでどこのポジションを取っていくかというところから意見交換を重ねます。そうしてコンセプトメイキングを行い、プロトタイプの作成、ユーザーテスト、実装、ローンチ、さらには運用と、関わる範囲が広いんです。

いいUIをつくるには、実際にデザインする前に、「誰に向けてつくるのか」「ユーザーにどういう価値を提供したら喜ばれるのか」「もっと使いやすくするためにはどうすれば良いか」など、たくさんのことを考える必要があります。根幹部分を飛ばしていいUIをつくることは、まず不可能です。

土屋尚史(つちやなおふみ) 1983年生まれ。Webディレクターとして働き、サンフランシスコに渡る。btrax Inc.にてスタートアップの海外進出支援などを経験し、2011年9月に株式会社グッドパッチを設立。UIデザインを強みにしたプロダクト開発で数々の企業を支援。2015年にはベルリンに進出。グッドデザイン賞受賞のプロトタイピングツール「Prott」も開発している。

土屋尚史(つちやなおふみ)
1983年生まれ。Webディレクターとして働き、サンフランシスコに渡る。btrax Inc.にてスタートアップの海外進出支援などを経験し、2011年9月に株式会社グッドパッチを設立。UIデザインを強みにしたプロダクト開発で数々の企業を支援。2015年にはベルリンに進出。グッドデザイン賞受賞のプロトタイピングツール「Prott」も開発している。

優れたUIをデザインするためには、企画段階から関わることが不可欠。土屋さんがその考え方を確立するまでのストーリーは、2010年、起業のチャンスが突然訪れたことからはじまった。

土屋:Web制作会社でディレクターをしていた20代のころから、30歳までに起業したいという想いがありました。でも、なかなか条件がそろわなかった。27歳になった2010年のある日、郵便局の定期預金が満期になったという通知が突然届いたんです。まったく身に覚えがなかったので調べてみると、僕が22歳のときに亡くなった祖母が、内緒で僕の名義で郵便局に口座を開設していたことがわかりました。そのとき僕はすでに結婚していて、もうすぐ子どもが産まれるというタイミング。お金もなかったし、起業は半ばあきらめていたのですが、祖母が「挑戦しなさい」と言ってくれているような気がして。具体的なプランはなにもありませんでしたが、会社を辞めて起業することを決心しました。

サンフランシスコで目の当たりにした、UIデザインの最先端

起業を決心した土屋さんは、さまざまな起業家や経営者の講演会、スタートアップの交流会に参加した。

土屋:起業に向けて、まず視野を広げることからはじめました。そんななかで参加した講演会のひとつで、DeNA創業者の南場智子さんに、日本の会社とシリコンバレーの会社では成り立ちがまったく違うという話を聞いたんです。シリコンバレーでは、アメリカ人だけで会社をつくっている事例はほとんどなく、いろんな人種が混ざり合ってサービスやプロダクトをつくっていると。見据えるマーケットが最初からグローバルだということをおっしゃっていました。

じゃあ、日本の会社はどうか。日本のベンチャーは、日本人だけで会社をつくるし、国内でうまくいったら海外に進出するという流れを想定してしまっている。「最初から世界展開を見据えているシリコンバレーのような会社に、スピードでかなうはずがない。これから起業するのであれば、多国籍軍をつくりなさい」。その言葉に衝撃を受けた僕は翌日、シリコンバレーへ行こうと決めました。起業する前に、”多国籍軍”を実際に体験したかったんです。

それから必死にツテをたどり、サンフランシスコのデザイン会社の社長を紹介してもらいました。すぐに「面接をしてください」とメールを送り、単身、サンフランシスコへ。実はそれまで日本を出たことがなくて、パスポートを取るのも初めてだったんですけどね(笑)。渡米初日が面接で、うちで働いていいよと言われました。まだ住む家も決まっていませんでしたが、一度日本に戻り、家族を連れて再び渡米しました。

サンフランシスコ時代の土屋さん

サンフランシスコ時代の土屋さん

サンフランシスコのデザイン会社で3か月間、インターンとして働いた土屋さん。そのなかで大きな可能性を見出した分野が、UIとUXだった。

土屋:サンフランシスコのスタートアップは、ユーザーの体験や満足度、つまりUX(ユーザーエクスペリエンス)を第一に考え、アプリやWebサービスをつくる際にはβ版の段階からUIに力を入れていました。UXを最大化させるためにUIを設計し、機能やデザインを選んでいくという考え方です。だから、余計な機能は極力そぎ落とす。とにかくたくさんの機能を搭載することが評価基準だった日本のアプリやWebサービス開発とは、真逆の考え方だったんです。

なおかつ、経営層やマネジメント層の人たちが、デザインやUIが重要だということを理解していた。日本の企業も、世界中の人たちに使ってもらえるサービスをつくるためには、UIに力を入れなければならなくなる日が絶対にくると感じました。それが、UIという分野に興味を引かれたきっかけです。そして2011年、株式会社グッドパッチを立ち上げました。

創業して間もないころのオフィス

創業して間もないころのオフィス

しばらくは、業務内容を「UIとUXのコンサルティング」と銘打っていましたが、設立から約半年後、UIデザインだけにフォーカスすることにしました。ユーザーに使い続けてもらうには、UIの使いやすさや、操作したときの楽しさが最も重要だと思ったからです。その直後、UIデザインを手伝ったニュースアプリ「グノシー」が話題になり、会社を成長の軌道に乗せることができました。グッドパッチの現在のスタッフはおよそ100名。2015年にはベルリンオフィスも開設しました。

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