コンセプトは「研究のリアルに触れる」-福井県立恐竜博物館リニューアルプロジェクト(2)

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コンセプトは「研究のリアルに触れる」-福井県立恐竜博物館リニューアルプロジェクト(2)

4つの体験で化石研究を体感

――続いて、リニューアルのもう一つの目玉である体験コンテンツ「化石研究体験」です。ここではどういった体験ができるのでしょうか。

篠原宏一さん(以下、篠原):「化石研究体験」では化石を見つけ、見わけていく目を養う「化石発掘プラス」、ティラノサウルス・レックスの頭骨を組み上げ、その解剖学的特徴を学ぶ「T.rex頭骨復元」、本物の道具を使って恐竜の歯(レプリカ)を取り出す「化石クリーニング」、CT画像を使って化石の非破壊観察をおこなう「CT化石観察」の4つの体験プログラムを用意しています。

全部で2時間ほどのプログラムで、お子さんやご家族に楽しんでいただきながら、じっくりと化石研究の世界に向き合っていただくコンテンツになっています。

株式会社丹青社 篠原宏一

篠原宏一(しのはらこういち) 株式会社丹青社 デザインセンター プランニング局 チーフクリエイティブディレクター。おもにミュージアムなどの文化施設、文化催事などの展示において、情報・体験・コミュニケーション全般の企画を担当。今回のプロジェクトでも「化石研究体験」の企画に携わった

福井県立恐竜博物館 化石研究体験

「化石研究体験」では化石を見つけ、観察し、調べる、本格的な化石研究のプロセスが楽しめる4つの体験プログラムを用意

1年を通じて楽しめる新たな恐竜体験

――博物館ではどのような課題や要望があったのでしょうか。

宮田:博物館では本館で化石標本の展示を見ていただき、実際の発掘現場では、その間近で化石発掘を体験していただく「野外恐竜博物館」というバスで訪れるツアーを開催していました。しかし、そのバスツアー(化石発掘体験)は雪が降る冬の時期には開催できません。そこで、新館では1年を通して楽しめる体験のコンテンツが求められていました。

このプロジェクトがスタートした初期の頃は単純にいままでやっていたような発掘体験ができればいいという意見もありましたが、現場の発掘作業は現地でこそその雰囲気を楽しみ、実際の発掘を知ってもらいたいという思いもありました。そこで、博物館としてふさわしい体験とは何かを、みなさんと長い時間をかけてディスカッションしていきました。

宮田和周

――難しい問いに対して、どのように答えを出していったのでしょうか。

野本真紀子(以下、野本):ヒントになったのは「発掘以外にも面白いものがあるんだけどなぁ」という宮田先生の言葉でした。調査研究を深く知らなかった頃は、恐竜研究=化石発掘が醍醐味だと思っていましたが、発掘作業は研究のほんの一端で、ほかにも重要なプロセスがあることを教えていただきました。研究員のみなさんが感じている研究の面白さを、一般の方にどう体験・体感していただけるか深掘りしていきました。

株式会社丹青社 野本真紀子

野本真紀子(のもとまきこ) 株式会社丹青社CMIセンター 空間メディアプロデュース統括部 プランナー。テクノロジーとアイデアを掛け合わせた体験コンテンツを生み出している。今回のプロジェクトでは「化石研究体験」の映像・コンテンツ開発を担当した

宮田:化石発掘にとらわれず、「化石研究そのものを体験すること」がアイデアとして出てきました。しかし、化石の研究は専門的で難しく、体験にならないのではないかという意見もあったんです。ですが化石のクリーニングなど、研究に必要な「作業」を体験するのであれば、それも研究員が楽しいと感じるものなら、小学生でもできるのではないか。そこから具体的なアイデアが出てきました。

倭文諭さん(以下、倭文):やはり、福井県で実際に発掘されている恐竜化石の発掘現場が近隣にあり、本物を見たり触ったりできる環境があることは大きな価値だと思います。

そこで「化石研究体験」として「化石研究のリアルに触れる」をコンセプトに掲げ、お客さまがより楽しくより本格的に体験できるように、空間デザインおよび体験の設計を考えました。議論の精度が上がっていくたびに、この空間でできることとできないことが明確になってきて、その境界を探っていくようなプロセスでしたね。

倭文諭

倭文諭(しとりさとし) 株式会社丹青社 デザインセンター 文化・交流空間デザイン局 クリエイティブディレクター。文化施設の設計に携わる。今回のプロジェクトでは「化石研究体験」のデザインや空間設計に携わった

子どもだましにしない、リアルに触れる体験

――4つの体験では具体的にどのように「研究のリアルに触れる」ことができるのでしょうか?

宮田:例えば「T.rex頭骨復元」は、骨のしくみと復元のプロセスを知ってもらうため、原寸大のT.rexの頭骨を組み立てていきます。ティラノサウルスの頭骨は40くらいのパーツで構成されているのですが、リアルな世界観を大事にしようと、可能な限りバラバラにして、36のパーツで再現しました。実は実際のサイズやその精巧さを見て、研究員も驚いたほどです。

福井県立恐竜博物館 T.rex頭骨復元

T.rex頭骨復元」では、ヒントを頼りに1〜4名が協力して原寸大のT.rexの頭骨を組み立てていく

篠原:体験自体は小学生以上を対象にしていますが、決して“子どもだましにはしない”ことを大切にしました。ミニチュアや机に並べるような形にできないか、もっと簡単にできないかという意見もありましたが、それだと子どもたちは本当の世界じゃないと見抜いてしまいます。あくまで「実物大の頭骨を組み立てる」というリアルさにこだわり、研究員のみなさんと一緒に試行錯誤しながらパーツの組み合わせの順番や難易度を設定し、体験内容をプランニングしていきました。

野本:頭骨のパーツにはすべてセンサーが取り付けてあり、正しい順番で正しい位置にはまるとセンサーが反応してシステムに連動し、次の骨に進められるようになっています。リアルな体験を成立させるために、リアルの裏にデジタル技術も取り入れています。

倭文:ほかの3つの体験も、実際の化石をスキャンして得たCT画像から3次元モデルを復元し、化石の内部を研究者のように観察できるシステムを取り入れたり、数多くの貴重な化石が発掘されている北谷層の発掘現場から運んできた石を体験に使ったり、道具や設備もすべて実際の研究者の方が使っている同等品以上のものをそろえました。すべての体験に「リアル=本物」の要素を組み込んでいます。

「化石研究体験」準備を進める様子.

モックアップで、化石研究体験の「化石発掘プラス」に使うテーブルの規格や、体験の流れを確かめる様子

野本:一方で、幅広い年齢の方を対象に、多くの方に体験してもらえる仕組みづくりも重要なポイントでした。博物館側に運営の負荷をかけすぎず、プログラムの進行を円滑にしながら安全性も担保する必要があったため、学芸員の方にも企画や制作段階から入っていただき、お客さま目線と運用の効率性を両立するための議論を重ねました。結果、伝えるべき情報を届けながらスムーズな運用となるよう、映像などのデジタルコンテンツでサポートしています。

篠原:一般的な体験は、時間内で作業を完成させるものが多いですが、化石研究体験は“Fossil Research Training”と訳しています。つまり「研究のトレーニング」と位置づけているので、完全にできなくてもいい、時間切れでもいいという考え方です。普段はあまりしない進め方ではありますが、完成しなくてもプロセスからしっかりとした学びや達成感を得られ、何度も体験したくなるこの施設ならではの内容になっていると思います。

――この空間自体も黒を基調にしているのがとても印象的ですね。

倭文:最初はもう少し子どもに受け入れられる明るい雰囲気を考えていましたが、議論を進めていくうちに誰もがしっかりと体験に向き合えるよう、方向転換しました。子ども向けにデザインしてしまうと、「自分たちに合わせているな」と子どもたちが気付いてしまいます。

宮田:目指したのは「大人が行きたい!」と言って、子どもも一緒に連れてくるような場です。子どもと大人ではデザイン感覚も違うので、その点も踏まえてしつらえてもらえたことが大きいですね。

倭文:体験空間は“子どもが背伸びをしたくなる”ようなピリッとした緊張感をまとったラボを意識しました。扱う素材が際立ち、手元の作業や内容に集中できるような環境にしつらえることができたと思います。

試行錯誤の日々が生んだ、満足度99%の体験

――長いプロセスを経て完成したリニューアルでしたが、全体を振り返ってどのような時間でしたか?

宮田:最初の話からはプランが大きく変わりましたよね。空間の取り方と体験内容を同時並行しながら考えていったので、建築設計担当の斎藤さんからしたら、いつ設計できるんだろう?という感じだったと思います(笑)。

斎藤:期限が決められているので、空調の粉塵対策はどうか、防水は必要だろうかといつもお尻に火がついている感じでした(笑)。もともと2000年の本館の開館時には、「恐竜の歴史と未来の共生」を一つのコンセプトとして設計が進められましたが、今回の化石研究体験もその思いを汲んでいただきました。太古から未来につながっていくような内装となり、建築デザインとも調和していると思います。

ただ、その裏でいろいろとサポートいただいたのが営業の森川さんです。博物館だけでなく県も施主であるため、調整に尽力されたのではないでしょうか。

森川佳喜さん(以下、森川):当初からプランが変更になった部分もありましたが、「T.rex頭骨復元」でもともと設計段階になかったセンサーの技術を入れることが決まった時は、県の方にどうやって説明しようかな…とは思いました(笑)。

ただみなさんのお話の通り、当初は「恐竜研究体験」と呼ばれていたものが「化石研究体験」と名前を変え、議論とともにコンセプトが研ぎ澄まされて明確になっていくプロセスを側から見ていて、必ず良い体験施設になると確信していました。

森川佳喜

森川佳喜(もりかわよしき) 株式会社丹青社 文化・交流空間事業部 文化空間統括部 開発1部 1課 課長。文化空間の営業として、福井エリアの担当を15年務める。今回のプロジェクトではプロジェクトマネージャーとして博物館や県との折衝などをおこなった

野本:リニューアルオープンの日を迎えるまで、本当にたくさんの時間をかけて多くの議論をして詰めてきました。実際にお客さまに楽しんでいただけるのか、スムーズな体験となるのか最後まで不安でしたが、私たちの目の前で最初のお客さまが楽しんでいる姿を見て感動しました。各体験を担当してくださった研究員のみなさんが、現場でスムーズに体験できるような配慮をしてくださったので、ここまでのクオリティになったと思います。

倭文:体験者の年間アンケートでも99%の方が満足という評価や、体験を通じて博物館や展示資料の見方が変わったというご意見をいただき、体験の価値をしっかりと提供できたと感じています。実際にキッズデザイン賞を受賞できたことも、このプロジェクトの意義が伝わった結果だなと嬉しく思っています。

「第18回キッズデザイン賞」で優秀賞 経済産業大臣賞(子どもたちの創造性と未来を拓くデザイン部門)を受賞。ほかにも「日本空間デザイン賞2024」のShortlistに選出された

リニューアルへの思いと今後の挑戦

――最後に、今回のプロジェクトを経て活かせることや、今後の展開について教えてください。

宮田:1年が経過し、運用できる自信がつきました。さらに数年後には素材を変え、進化させていきたいと思っています。恐竜が進化していったように、面白いものにするためにはさらなる進化が必要です。今後、例えば化石クリーニングで使用している素材を変えたり、運用の改定や体験そのものを変えたりなど、数年後を見据えて変えてゆく進化の方向性を模索していきたいですね。

大倉:今回のプロジェクトを経て、デジタル技術が今後さらに重要になると感じています。例えば化石研究体験では、映像を流したり、センサーで正解を判定して音を鳴らしたりといったデジタル要素を活用しています。また、「恐竜の塔」制作でも3Dデータを使用しました。こうした技術は展示を補完するために効果的で、今後も積極的に活用していくべきだと思います。ただし、デジタルが主役ではなく、あくまで展示の魅力を引き立てるツールとして位置づけることが重要だと考えています。

倭文:文化施設は保存して後世に伝え残すことが第一の目的ですが、多様な時代に合わせた伝え方も模索していく必要があります。興味を引き、感心してもらう工夫が求められる中、今回のプロジェクトでは新しい試みが多くありました。見る学びも大切ですが、体験を通じて能動的に知識を得ることがさらに興味を広げるきっかけになります。こうした新しい手法を取り入れながら、文化施設の役割をより深めていきたいと考えています。

野本:初期の議論の段階で「何を伝えたいか」「どのような体験をしてもらいたいか」を徹底的に話し合い、それを実現するための技術を選択しました。独りよがりにならず、研究員の方々と議論を重ねたことで、ブレない軸を持ちながらプロジェクトを進められたのが良かった点です。今後もデジタル技術を活用しつつ、いかに楽しく本質を伝えるかを工夫していきたいと思います。

篠原:今回、新館の内装デザインに加え、体験コンテンツを企画・設計する機会を得られ、当社の仕事としても大きな財産となりました。デジタルやオンライン技術が進んでいる時代ですが、わざわざ訪れる価値のある体験や空間をつくることが重要だと改めて感じました。このプロジェクトを通じて、それぞれの施設が持つ特徴や可能性を活かし、お客さまに伝わる形に仕上げる大切さを実感しました。

森川:今回、黒川紀章建築都市設計事務所さんや宮田先生をはじめ研究員のみなさんと密に連携し、信頼関係の重要性を改めて感じました。特に化石研究体験では、研究員の方々が普段おこなっていることをリアルに伝えることができ、ほかの施設にも応用できる可能性を感じました。今後も現場の方々の意見を取り入れつつ、魅力的な展示を通じてお客さまにアプローチしていきたいです。

斎藤:2000年の設立当初から掲げていた「地方から世界へ発信する」というテーマが、いまや現実となり、勝山から直接世界に発信する場となったことを実感しました。この恐竜博物館がさらに新陳代謝を繰り返し、新しい魅力を備えた施設として進化し続けることを楽しみにしています!

文:石原藍 撮影:片岡杏子 取材・編集:石田織座(JDN)
施設竣工写真:株式会社ナカサアンドパートナーズ 河野政人

■株式会社丹青社
https://www.tanseisha.co.jp/
■福井県立恐竜博物館
https://www.dinosaur.pref.fukui.jp/