災害をいかに“自分ごと化”してもらうか
――続いて、千葉さんがリニューアルに携わり、丹青社が運営まで手がける「能美防災そなーえ 埼玉県防災学習センター(以下、埼玉防災)」についてもお聞かせください。まずはセンター長の根岸さん、副センター長の富山さんの自己紹介からお願いします。
根岸学さん(以下、根岸):私はセンター長という立場で、県の施策や目標に合わせた運営方針の選定、また、現場はもちろんイベント関係まで施設全体を幅広く見ています。

根岸学 株式会社丹青社/埼玉県防災学習センター センター長。行政機関での勤務経験を活かし、指定管理者としての運営マネジメントに尽力。全体統括を通して、安心・安全に楽しく学べる施設運営を推進
富山加代子さん(以下、富山):副センター長と並行して、イベント企画や展示の補助などを行う企画グループ長という立場を兼任しています。おもな仕事はイベントの企画です。当施設はほかの類似施設に比べて、圧倒的にイベント数が多いのが特徴で、年間200本以上のイベントを企画しています。

富山加代子 株式会社丹青社/埼玉県防災学習センター 副センター長兼事業企画グループ長。埼玉県防災学習センターでは20年以上防災の大切さを伝えてきた。独自の発想力とバイタリティで子供から大人まで楽しめるイベントを企画
――年間200本以上はすごいですね…!では改めて、最初に埼玉防災はどういった施設か教えてください。
根岸:埼玉県の施設のため、おもに県民の方を対象に、防災や減災について体験しながら学んでもらえる施設です。体験を通して学べるので、小さなお子さんにもわかりやすいと思います。

能美防災そなーえ 埼玉県防災学習センター
――プロジェクトについて、埼玉防災のリニューアルオープンが2018年だそうですが、リニューアルにあたって課題はあったのでしょうか?
千葉:コンペで受託をいただく前に、埼玉県と有識者で委員会が立ち上がり、協議が重ねられていました。そこで出ていた課題は、埼玉県が比較的災害リスクの少ない安心・安全な県であることを掲げているなかで、どのように災害を自分ごと化して捉えてもらうか、というものでした。
「そもそも被災者への共感は不可能」「災害のインパクト映像は映画鑑賞と変わらないため、防災学習の本質ではない」ということは県側からあらかじめ提示されていたので、ではその与件を受けてどうするか、というのが私たちの課題でした。そこで、県はもちろん、当時の施設の運営担当の方々と密にコミュニケーションを重ねながら設計を進めました。

千葉香菜子
インパクトではなく、日常への共感をつくる
――具体的に、どのような点を工夫されていったのでしょうか?
千葉:まず1階は装置体験ができるフロアで、「日常の喪失」をテーマにしました。災害の本質は、当たり前だと思っていた日常がなくなることです。被災した方々も、私たちと同じように変わらない日常生活を送っていたということは、誰しも共感できるはずです。
そこで、導入シアターで平穏だった日常生活がなくなったときの喪失感を、少しでも想像しやすくしようと考えました。災害のインパクトを主軸にするのではなく、日常生活をかなり長尺で描いているのが特徴です。

導入シアター
千葉:日常を丁寧に描くことで、失われたときの喪失感をよりリアルに感じてもらい、防災の意識にスイッチを切り替えた上でその後の体験に入っていただきたいと思いました。装置体験を、単なるゲームやアトラクションとして終わらせない意図もありました。
さらに装置体験の前に、もうワンクッション挟むようにしました。震災で止まってしまった時計や変形した標識、机と椅子など、災害の“リアル”に触れられる展示も用意したんです。これらは被災地の方々の話を聞くために、熊本県や東北に足を運び、集積されたものの中から資料としていただいてきました。ただ、与件にあったように被災資料をただ並べるだけでは意味がないので、実際に使われていたシーンをグラフィックで再現し、平穏な日常との対比で見せることにしました。

災害の“リアル”に触れられる展示
――導入でしっかり学べるようにしたんですね。装置体験とはどのようなものですか?
根岸:体験機器を使って、地震の揺れや煙、暴風、浸水歩行などをシミュレーション体験するコーナーです。例えば、地震体験は震度や揺れ方をコントロールでき、東日本大震災などと同じ揺れを体験できるようになっています。同時にスクリーンでは、震度7の揺れのときに、家具が固定されていない部屋の中がどうなるかを見ることができます。災害が起こった時と同じ状況を体感することで、より自分ごと化して捉えるきっかけになるのではと思っています。

富山:暴風体験は風を受けるだけではなく、体験を待つ間に装置のガラス越しに映される映像で風の強さによってどんなものが飛んでくるのかも学ぶことができます。また、リニューアル前は順番待ちで待機している人は、体験者が手すりにつかまっている様子を外から見るだけでした。でもリアルな映像を取り入れたことで、待機している側も客観的に学べるようになりました。

千葉:補足すると、揺れの体験ではスタッフの方がポイントを説明するコンテンツも加えたので、「ここが危なかった」などのおさらいができるようになっています。暴風体験は、「ただ待っているだけではない工夫がほしい」という運営側の意見がとても参考になりました。待つ側の人たちにもきちんと訴求できたのはよかったですね。
地域性を打ち出すことでより身近に楽しく学ぶ
――2階についてはいかがでしょうか?
千葉:2階は備えについての学習がメインで、1階とは雰囲気をガラッと変えています。「楽しく学ぶ」というテーマですね。身近な町を引き合いに日頃の備えを学んだり、企画展やワークショップなどで体験しながら学べるコーナーを増やしました。
富山:リニューアル前は昔ながらの博物館にありがちな、ガラスケースやパネルの展示が中心でした。装置体験ができる1階やイベントを行う3階は来館者もよく足を運んでいましたが、2階は見落とされるくらい存在感の薄いフロアでした。
でもリニューアル後はただの展示ではなく、例えばすごろくゲームで初期行動を考えるようなコーナーがあったり、「埼玉防災絵巻」という絵巻から、日頃の備えや災害発生時の対処法が学べるようになったりと、見て触れて楽しめる工夫がたくさん詰まったフロアになったんです。

埼玉防災絵巻
千葉:地域性を込めたんですよね。「埼玉防災絵巻」という大型グラフィックを壁面に展開して、そこに埼玉県のみなさんが知っている施設などを埋め込み、災害時にどういう行動をとるかをシミュレーションできるようにしました。より自分に身近な視点で見てもらうことで、自分ごと化にもつながりますし、来館者の滞在時間を増やせるのではないかと思ったんです。
根岸:じゃあ実際に自分の地域はどうなっているの? と詳しく知りたくなったら、県内各地域のハザードマップが映像で見られるようになっています。そこまで自分で確かめられるのが、すごくいいところですよね。
富山:リニューアル以降は、目に見えて2階の滞在時間が長くなりました。1階を見終わっても2階に滞在しているお客さまが多く、閉館の放送を流さないといけないくらいです(笑)。

1階にある「エモーションウォール」では、来館者が施設を体験して抱いた防災への思いをスクリーンに映し、行動や意識の輪をつなげ伝えるコーナーになっている
――うれしい反響ですね。一連の企画は、丹青社チームが主体となって進めていったのですか?
千葉:基本的には、我々が推進担当なので提案しつつ、ポイントで運営チームの意見をもらうという形で進めていきました。こうしたリニューアルは単に場をつくって終わりというケースも多いと思いますが、丹青社運営チームの強みであるイベントや企画展の企画力を踏まえて、運営者側が「使う」ことを想定したさまざまな提案ができたのは本当によかったと思っています。
イベント集客を維持しながら、新たなコンテンツの強化も
――イベントの企画は富山さんのご担当だそうですが、リニューアル前後で何か変わりましたか?
富山:私がイベント担当になったのはリニューアル後ですが、リニューアル前はイベントをあまり実施していませんでした。そのため、最初は何をすればいいのかわからないところからのスタートでしたが、自分が楽しいと思うことをやるうちに地域やまわりの方がサポートしてくださり、気づけば年間200本です(笑)。昨年は30周年だったので、300本を超えました。

過去実施された、水害ジオラマ体験のイベントの様子
――300本はすごいですね!毎回どんなことをされるんですか?
富山:防災や減災に関するワークショップから消防団員を招いての放水体験、工作体験など幅広く行います。一応基本マニュアルはありますが、どうせなら子どもたちに楽しんでほしいので、アレンジを加えて工夫しながらやっています。
根岸:ちなみにイベント参加者の50%はリピーターなんです。当館は、埼玉県の防災施設の最先端だと誇りをもって運営していますので、県の政策に合ったものをいかに楽しく伝えるかを心がけています。あとは学生とコラボして、社会的なメッセージを発信するようなイベントも開催しています。
――施設の現在の課題はあるのでしょうか?
根岸:現在、来館者のコアは小学校5年生以下の親子連れ、それから高齢者です。ちょうど真ん中の中高生が少ないんです。やはり災害時にいちばん動ける世代だと思うので、もっと中間層を呼び込めるような企画を今後さらに打ち出していく必要があると思います。
富山:そうですね。例えば、地域の教員の方の意識が高いと必然的に中高生を呼び込めると思うので、防災に対して熱意のある先生に巡り会えるといいですね。
単なる場ではなく、体験づくりを担う空間に
――現在新たな防災施設のプロジェクトも動いているそうですが、埼玉防災を経て活かせる部分はありますか?
千葉:ツアーで巡る防災施設も多い中で、展示や端末ベースで学ぶことを主体とした施設は珍しくありません。でも、人がアテンドすることでの訴求力の高さを埼玉防災の経験から強く感じているので、今後も温度感のある場づくりを重視していきたいです。
一方で人員不足の課題がある今、少しでもスタッフの方々の負荷を減らせるような仕組みも必要です。そこは新しい視点を取り入れて提案できるようにしていきたいですね。
――最後に、体験施設を多く手がけられている千葉さんの、今後のビジョンを教えてください。
千葉:そなエリアもそうですが、情報を与えるだけなら本を置いておけばいいと思うんです。でもあえて空間にする意味、そこにスタッフがつく意味が必ずあるので、どの案件も変わらず、「来館者の体験をつくる」という視点はプランナーとして持ち続けていきたいです。重ねてになりますが、体験づくりを最後まで担うのが展示プランナーの役割だと思っています。
また、丹青社のように運営まで一貫して携われるのは強みですし、コンペでも自信をもって謳っているところです。お客さまの信頼につながる部分でもあるので、今後も利用者はもちろん、運営まで見据えた体験づくりをしていきたいですね。

■丹青社
https://www.tanseisha.co.jp/
■そなエリア東京
https://www.tokyorinkai-koen.jp/sonaarea/
■能美防災そなーえ 埼玉県防災学習センター
https://saitamabousai.jp/
文:開洋美 写真:井手勇貴 編集:石田織座(JDN)
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