気候変動による災害の甚大化、頻発する地震。災害のあり方が変わりつつある今、備えのあり方が問い直され、防災施設もアップデートが求められている。これまで丹青社で公共・文化施設に携わってきた展示プランナーの千葉香菜子さんは、まさにその最前線に立つ一人だ。
千葉さんがリニューアルを手がけた「そなエリア東京」と「能美防災そなーえ 埼玉県防災学習センター」は、防災に向き合う新しい視点を提示し、来館者の行動変容を促す空間として反響を呼んでいる。
それぞれの施設が抱える課題をどのように解決しながら、リニューアルに臨んだのか?さらに、空間づくりにおける展示プランナーの役割とは。千葉さんをはじめ、「そなエリア東京」のリニューアルを並走した丹青社デザイナーの石河孝浩さん、「能美防災そなーえ 埼玉県防災学習センター」のセンター長、副センター長のお二人にも、お話をうかがった。
企画から運営までトータルで関わる展示プランナー
――お二人は丹青社でどのようなお仕事に携わってきたのでしょうか?
千葉香菜子さん(以下、千葉):入社以来展示プランナーとして、おもに公共の博物館を担当しています。最近は民間の博物館を担当することも増えてきて、昨年は大阪・関西万博にも携わりました。防災施設は「そなエリア東京」(以下、そなエリア)と「能美防災そなーえ 埼玉県防災学習センター」の2件をオープンまで手がけました。

千葉香菜子 株式会社丹青社/デザインセンター プランニング局 クリエイティブディレクター。入社以来、博物館や防災施設などをはじめとした文化施設におけるプランニング業務に携わる
石河孝浩さん(以下、石河):千葉さんと同じく、入社以来公共施設や文化施設にデザイナーとして携わっています。子どもたちが楽しみながら学びや体験と向き合える空間をテーマに、足立区の「ギャラクシティ」やそなエリアなどを手がけてきました。

石河孝浩 株式会社丹青社/デザインセンター 文化・交流空間デザイン局 名古屋デザイングループ グループ長。博物館や子ども施設等の展示設計・空間演出に従事。近年はVI・グラフィックからワークショップ等のコミュニティデザインまで、施設全体を総合的にデザインしている
――千葉さんは展示プランナーということですが、具体的にはどのようなお仕事ですか?
千葉:文字通り“プランナー”という言葉から、コンセプトや企画の立案といった川上で関わるイメージを持たれがちです。もちろんそこは主体となってやっていくのですが、それだけではなく、工事や場合によっては運営まで含めて、「体験をつくる」という視点でプロジェクト全体を通して関わっていく仕事です。
――多岐に渡りますね。展示プランナーの仕事のどのような部分にやりがいを感じますか?
千葉:一つの案件に携わるときは、チームで密にコミュニケーションをとって仕事を進めていくのですが、早い段階から内容を具体化し、アウトプットのイメージとあわせて話し合えるチームでは、どんどんいい方向にブラッシュアップされる手応えを感じながら仕事ができるんです。そこがすごく楽しいですね。
石河:プランナーが最初にコンセプトを固めて、デザイナーが待っている場合もあるんですが、千葉さんとは最初から最後まで一緒に試行錯誤できるので、“楽しい”の度合いが大きいですね。
「多様性」に着目した新しい防災施設の形
――お二人がリニューアルを手がけたそなエリアは、どのような背景からスタートしたプロジェクトですか?
千葉:そなエリアは、東京臨海広域防災公園に位置する国の防災学習施設で、有事の際は政府の緊急災害現地対策本部が置かれる場所として機能します。リニューアルの背景には施設の老朽化という面もありましたが、東日本大震災や熊本地震、西日本豪雨などの大型災害を受けて、孤立や避難生活の長期化といった新たな課題が山積してきたことが大きな理由としてありました。
千葉:こうした課題に対してお話をいただきまして、2021年から2024年までの3年間でリニューアルプロジェクトを行いました。
石河:東日本大震災を経験したにも関わらず、経験が活かされていない、その後にできる防災施設が変わりきれていない、といった声も多くあったようで、これからの時代にふさわしい防災施設のあり方を改めて考えなければいけないタイミングでもあったんでしょうね。
――そのような中、どんなコンセプトでリニューアルされたのでしょうか?
千葉:1階は首都直下地震におけるサバイバル体験のリニューアルを行い、2階は全員に共通する基本の備えに加えて、多様性を重視した備えとして「防災ダイバーシティ」というコンセプトを設定しています。
老若男女という一辺倒のくくりが多かったこれまでの防災に対し、体の特性や好きな食べ物、趣味嗜好など、細分化した一人ひとりの特性に対応する備えのあり方を掲げたところが特徴です。

2階
石河:一人ひとりライフスタイルが違うのに、備えが同じって少し違和感を感じますよね。だったら防災も個々の特性に寄り添うのが自然ではないかと考え、このコンセプトにたどり着きました。
千葉:また、プロジェクトに加わったタイミングがちょうど育休明けだったのですが、出産を経験したことでこれまで考えてきた防災の意識が変わってきているのを、私自身感じていました。ライフステージが変われば当然備えも変わってくるので、そうしたところに対応できるコンセプトにもなっています。
――その多様性を、ユニークなピクトグラムで表現しているんですね。
千葉:はい。「食物アレルギーがある」「目が悪い」「甘いものが好き」「花粉症である」など、全部で72個の特性のなかから、自分に必要な備えを見つけて主体的に学べるようにしました。ピクトの裏側には、備えに対するアドバイスが書かれています。
防災はハードルが高いと思われがちですが、普段の生活の中で無理なく備えられる方法や、被災者の実体験に基づく「意外なものが役に立つ」といった気づきを大切に構成しました。有識者や専門団体の方々にもヒアリングし、その声も反映しています。

大切な人へ「備え」をプレゼントする体験を
――シンプルなグラフィックですが、それぞれのピクトが目を引いて楽しいですね。
石河:会場に入ったときに真っ先に目に入り、「自分に合ったものは何だろう?」と子どもでもすぐに探したくなるように、表面はカラフルかつ極力シンプルにして文字を減らしました。あえてピクトをカテゴライズせずランダムに配置しているのも、探す楽しさや発見を大事にしたいと思ったからです。
例えば「甘いものが好き」というピクトの裏を見ると、辛いときこそ好きな食べ物は必要だから、こうした備えも大切なんだと気づいていただける流れになっています。

ピクト表側

ピクト裏側
石河:防災施設って、黒や黄色のイメージがありますよね。でももう少しソフトにしたかったので、どんなテイストなら親近感をもってもらえるんだろうと、雑誌などさまざまな情報源を見てアウトプットの方向性を研究しました。言葉の選定も千葉さんがすごく意識してくれて、防災に対する知識が浅くても読みやすいようになっています。
――特に大切にしたのはどんな部分ですか?
千葉:自分に合った備えを探す体験ができるのはもちろん、身近な人へ「備え」を“プレゼント”する体験につなげてもらうことを大切にしました。というのも、以前有識者の方に「大多数の人が自分のためではなく、大切な人のために備えるというデータが出ています」と言われ、チームにその言葉がすごく刺さったんです。
たしかに私も、自分より子どものための備えを考えるようになりました。そのため、サインや文章表現、イラストなどもすべて「大切な人へのプレゼント」というモチベーションを意識してつくっています。
石河:例えば「目が悪い」というピクトを子どもが見たときに、自分には関係ないけど、おじいちゃんやおばあちゃんがメガネをかけているから教えてあげよう! と感じてもらえたらいいなと思うんです。そして次は親や友達に合うものを探してあげたくなる。
千葉:さらにその体験に付加価値を付けたくて、アプリも開発しました。QRコードを読み取って宛名を入力し、その人のことを考えながら備えを集めていく。そして最後に「そなえBOOK」としてダウンロードをして、プレゼントすることもできます。

パネルに記載されたQRコードを読み込むとそれぞれのテーマに合った知恵やヒントが表示される
――とても素敵ですね。リニューアルにあたって難しかった点もあればお聞きしたいです。
千葉:この施設は有事の際に対策本部関連諸室として使われるため、什器はすべて撤去可能な設えとする必要がありました。什器設計に関しては設計チームがいろいろなパターンを検証してくれて、単管構造(自由に組み立て可能で、資材がシンプルかつ軽量)が採用されました。
石河:フロアに配置している展示パネルも速やかに撤去できるようにしておく必要があったため、新たに開発しました。見た目は木のような質感ですが、中は段ボール芯なので軽いですし、移動も撤去もとても楽です。しかも下に敷けば底冷え対策になるので、これ自体を活用することも可能です。
よく見ると、展示に使っている支柱やベルトなどもすべて防災資材になっています。ピクトを支える重りも水やロープ、缶詰などになっていて、有事の際に利用可能です。機能も担保しつつ、すぐに撤去できる。そうした条件をクリアした施設になっています。

つくり手の思いが来館者の心に響く
――さまざまな仕掛けが詰まった施設ですが、アイデアはどのようなやり取りを経て固まっていくのでしょうか。
千葉:72個のピクトに関しては、一つひとつの内容を具体化する中で見えてくることがあったので、全体の位置づけを考え直したり、それに伴うアウトプットを調整したりと、行ったり来たりを繰り返しました。石河さんとは早い段階から内容の具体化とアウトプットのすり合わせを行うので、試行錯誤できる時間が長いんです。そうやってチーム内でビジョンがクリアになっていくと、内容とデザインが合致した空間ができていくと感じます。
また、今回で言うと「プレゼント」という方向性が見えたのは一つのターニングポイントでした。そこからピクトの選定にも文章にもグッと深みがプラスされた感覚があって、あの瞬間はすごく楽しかったですよね。
石河:そうですね。デザイナーの視点から空間に反映できそうなキーワードを千葉さんに投げかけて、ふと出た言葉を拾って、さらにイメージを広げていくような感じでした。
――来館されたお客様の反響で、印象的だったものはありますか?
千葉:SNSに上がっている写真を見ると、注目しているピクトが一人ひとり違うんです。それはまさにこちらが意図した通りで、やはり個々に刺さる備えは違うんだと、改めて認識させられました。あとは、「巡るなかで災害時の多様性に気づいた」というコメントをあげてくださっている方もいて、ちゃんと伝わっていることが、本当にうれしかったですね。
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