「肌色」から個性や自分らしさを学ぶ。資生堂の知見から生まれた「MY CRAYON PROJECT」(2)

「肌色」から個性や自分らしさを学ぶ。資生堂の知見から生まれた「MY CRAYON PROJECT」(2)

成長したときに理解できるような、小さな種を蒔く

――これまでにどのくらいの学校で授業をされたのでしょうか。

小助川:数でいうと、約7〜8校ですね。人数はのべ450人くらいです。

――最初にはじめるときは各所への交渉や事前準備などが大変だったと思いますが、そのあたりの苦労などはありましたか?

小助川:それが、最初に実施に移すとなったときにタイミングよく、横浜市役所から人事交流で資生堂に来ている方がいて、その方をきっかけに横浜の教育委員会につながりができました。それでやってみたいという学校に手を挙げてもらい、依頼を受けたという形です。

「MY CRAYON PROJECT」授業の様子

「MY CRAYON PROJECT」授業の様子

加賀谷:最初はそうしたきっかけからはじまり、いろいろなご縁がつながってこのプロジェクトのいまがあります。一度知っていただくとテーマに賛同してくれる方も多く、いまはそうした方々が自然に広めていってくれることも多いです。

――口コミで伝播していくというのは強いですよね。

加賀谷:そうですね。特に告知をかけているわけではないので、すごくありがたいことですよね。

――ちなみに最初に授業をされたときは、どのような感想を持ちましたか?

加賀谷:いちばん最初は、横浜の白幡小学校でした。授業の前にまず小学校に訪問し、こういう授業がやりたいと校長先生に説明しに行き、そのあと2〜3回学校に足を運んで担任の先生と打ち合わせをしました。シナリオもつくったのですが、授業はだいたい45分か60分で、そのなかで構成しなくてはいけないのでそんなにたくさんのことはできないんです。似顔絵まで完成させるとなると大変で、結構ハードだった気がします(笑)。

小助川:だんだん慣れてきてオペレーションもやりやすくなりましたが、初回はどんな反応なのかなと多少の不安もありました。でも、結構みんな楽しんでやってくれましたね。児童によっても反応はそれぞれで、早く描く子もいればすごく時間のかかる子もいて、見ている僕らも個性の勉強になるというか。こちらからは毎回社内でメンバーを募って授業に行くのですが、終わるとみんな楽しかったと言ってくれます。

加賀谷:なかなか小学生の授業に参加する機会はないので、いろいろ学べますよね。

MY CRAYON PROJECT 授業の様子

「MY CRAYON PROJECT」授業の様子

――児童たちの声でいちばん多いものはどういった内容ですか?

小助川:やっぱり単純に、「肌色」といってもいろいろあることが実感できたっていう声がいちばん多いですね。個性が大事だよねって言ってもいまいちピンとこないかもしれませんが、数値で明らかに違うという事実を見る体験が大事なのかなと思います。

――まだ人と自分の違いを認め合うまではいかなくても、小学生のうちにこういう経験をするのとしないのとでは、大人になったときに変わってくるかもしれないですね。

小助川:そうですね。だから授業の場で何かを理解してもらうというよりは、本当に小さな種が蒔ければという気持ちです。すぐに芽が出るわけではないかもしれませんが、児童たちの将来に少しでもポジティブな影響があればいいですね。

小助川雅人

多様化する社会を視野に、さらなる広がりも

――先生方の反応はいかがですか?

小助川:基本的にはやりたいと言ってくださる先生しかおらず、すごく好意的です。実施してもらってよかったという声も多いですね。

加賀谷:そうですね。あと常々思いますが、やっぱり先生方の協力と理解なしではできないですよね。実際にこういう授業をして、児童や保護者の方々が心配されないか結構気を遣う部分もあります。さまざまなお子さんがいて、大人が考える以上に肌の色は多様ですし、私たちも理解したうえで、先生方と一緒に様子を見守りながら授業をしています。

小助川:慎重に進めないといけない分野なので、初授業を控えた当時、広報からはとても心配されましたね(苦笑)。

――実際に5年続けてみていかがですか?

小助川:幸いなことに、いまのところクレームのようなことはひとつもないんです。2018年には「Spikes Asia」という広告賞に応募したところ高評価を得まして、グローバルな視点から見ても問題がないということを立証できました。

オープンソースなど多様な展開と進化を目指し、続けていく

――お二人は「MY CRAYON PROJECT」を通じて、はじめる前と後でご自身の意識が変化したと感じることや、何か思うところはありますか?

加賀谷:私はちょうどこのプロジェクトをやっているときに妊娠していたのですが、子どもができたことでこれまで以上にプロジェクトを自分ごととして捉えられるようになりました。それで産休育休を終えて会社に戻ってきたら、まだプロジェクトが続いていたのがすごく嬉しかったです。

いまやサステナビリティやソーシャルは企業価値をつくるうえで重要な位置付けですし、当たり前のことになりましたが、当時はまだそうした風潮も薄かったんですよね。やっぱり小助川さんの言うとおり、続けることに意味があるプロジェクトだと思うので、これからも途絶えさせずにやっていけたらいいですね。

加賀谷和

小助川:これをはじめた当初といまとでは、ダイバーシティという考え方の広がりが全然違うと思うのですが、反対にそういったものに対する分断もまだある気がしています。概念としては一般的になってきたものの、リアルな現場ではまだまだそんなこともなかったり……。将来的にはこういう授業をやる必要がなくなればいいくらいですが、本質的な部分はまだ変わっていないので、しばらく続ける意味はあるのかなと感じています。

――「MY CRAYON PROJECT」の今後の展開などはいかがですか?

小助川:遠方の人にも体験してもらえるものにしたいという思いはあります。関東以外の地域から依頼をいただいたこともあるのですが、完全ボランティアなのであまり遠くに行けないんです。より多くの方に体験していただけるよう、オンラインなどでも開催できるといいですよね。あとは、僕らがやらなくてもできるような仕組みを確立させて、オープンソースのようになれたらいいのですが。

加賀谷:今後は、小学生以外に幅を広げてもいいかもしれないですね。国際女性デーに、中学生を呼んで資生堂のなかでワークショップを行ったのですが、ディベートの時間になると大人顔負けの活発な意見を交わしていました。体験授業ではなく、そうした形のワークショップなら中学生以上でもできるんじゃないかとそのときに思いました。

あとはいまの時代に生まれた子どもたちって、私たちが子どもの頃の環境とはかなり違っていて、グローバルな環境が当たり前になっています。だからこそ今後ますます授業のやりがいも出てくるでしょうし、同時によりブラッシュアップし、進化させていく必要もあるのかなと思っています。

文:開洋美 撮影:井手勇貴 取材・編集:石田織座(JDN)