「肌色」から個性や自分らしさを学ぶ。資生堂の知見から生まれた「MY CRAYON PROJECT」(1)

「肌色」から個性や自分らしさを学ぶ。資生堂の知見から生まれた「MY CRAYON PROJECT」(1)

「肌色」と言われたとき、あなたはどんな色を思い浮かべるだろうか?
また、近年クレヨンや色鉛筆の名前が「はだいろ」から「うすだいだいいろ」に変化したことをご存知だろうか?

多様性という言葉が浸透し、一人ひとりの違いを考えさせられるようになったいま、肌色を通して個性について考える出前授業を、資生堂クリエイティブと資生堂が共同でおこなっている。

MY CRAYON PROJECT

写真提供:資生堂クリエイティブ

美を追求し、長きにわたって肌の研究をおこなってきた資生堂。資生堂クリエイティブの前身である同社のクリエイティブ部門が2018年にスタートしたのが、小学生を対象に「肌色」から人の多様性や個性を学ぶ教育プログラム「MY CRAYON PROJECT(マイ・クレヨン・プロジェクト)」である。

当時の資生堂のクリエイティブ部門(現在の資生堂クリエイティブ)がニューヨークに本社があるクリエイティブエージェンシーR/GA Tokyoと共同開発した教育プログラムで、横浜市を中心とする小学校に社員が出向き、ボランティアで出前授業を実施するものだ。授業内容は、児童一人ひとりが肌色とは何かを考え、自分の肌色を探し、選んだ色で自画像を塗り、感じたことを話し合うという構成で、のべ約450人の小学生が受講。第73回広告電通賞 ブランドエクスペリエンス最高賞や「Spikes Asia 2018」 Bronzeなど数々のアワードを受賞している。

プログラムの開発から携わる小助川雅人さんと加賀谷和さんに、プロジェクトがはじまった経緯や同社の知見と思いが詰まったプログラム内容などをうかがった。

「資生堂が世の中にできることは?」という問いからはじまったプロジェクト

――最初に、お二人の現在のお仕事内容を教えてください。

小助川雅人さん(以下、小助川):僕はエグゼクティブクリエイティブディレクターという役割で、おもにコミュニケーションのクリエイティブディレクターをしています。ブランドでいうと、現在は「マキアージュ」と「アネッサ」を担当しています。

小助川雅人

小助川雅人 資生堂クリエイティブ株式会社 エグゼクティブクリエイティブディレクター

加賀谷和(以下、加賀谷):現職は資生堂インタラクティブビューティーのCXデザイングループに所属しています。「Beauty Key」というアプリを2022年9月にローンチしたのですが、その体験デザインやUI・UXまわりの開発をおこなうのがメインの仕事です。

「MY CRAYON PROJECT」を立ち上げたときは資生堂クリエイティブの前身である資生堂のクリエイティブ部門で働いていて、いろんなブランドのデジタルまわりのブランディングやディレクションをしていました。それ以外に、「MY CRAYON PROJECT」のようなコーポレート系の仕事を小助川さんとさせていただいていましたね。

加賀谷和

加賀谷和 資生堂インタラクティブビューティー株式​会社 CXデザイナー

――もともとは一緒にお仕事をされていたのですね。資生堂クリエイティブが大事にしている「体験デザイン」について、簡単に教えていただけますか?

小助川:ブランドを伝えるにあたってビジュアルやムービーだけではなく、細分化されていくあらゆるターゲットに応じたブランド体験を提供したいと思っています。もともと資生堂クリエイティブはプロダクト以外にも、広告宣伝や店舗空間というように総合的なクリエイティブ領域をカバーしているので、それを最大限に活かしながら、一貫した「美」の体験をつくり上げていくことが我々が掲げる体験デザインです。

さらに、クリエイティビティで感動を届けることが弊社の目指すところなので、「MY CRAYON PROJECT」などと同様に、今後もさまざまなアプローチを考えていければと思います。

――その「MY CRAYON PROJECT」について詳しくうかがってきたいのですが、まずは立ち上げの経緯を教えてください。

小助川:2017年にR/GA Tokyoと資生堂のクリエイティブ部門が共同で仕事をする機会があり、彼らのメソッドを学ぶワークショップなどを実施しました。社内でも若手メンバーを集めて「資生堂が世の中にできること」というテーマでワークショップをおこない、その中で優勝したチームで何か実現しようということになり、最終的にこのプロジェクトになったという経緯があります。

――そのときに小助川さんと加賀谷さんは同じチームだったんですか?

加賀谷:同じチームというよりは、小助川統括のもと、まったく違った切り口のプロジェクト案が3つくらいあったなかの一つが「MY CRAYON PROJECT」で、私はそこに所属していました。その後、2018年の立ち上げまでにR/GA Tokyoとディスカッションを重ね、ブラッシュアップされて現在にいたります。当時のメンバーは、私たちのほかにアートディレクターとコピーライター、あとはR/GA Tokyoの方々でした。

――みなさんメインのお仕事と並行されながらの形だったと思いますが、どのように進めていったのでしょうか?

小助川:いま考えるとたしかによくやっていたなと思いますね。どうやって時間をつくっていたんでしょう……(苦笑)。でも依頼された仕事ではなく、自分たちでアイデアを出してやると決めていった経緯があるので、モチベーションになっていました。意味のあることですし、なんとか完成させようと必死になっていたのだと思います。

MY CRAYON PROJECT

――ワークショップで決まったことって薄れていきがちなことも多いと思いますが、実行し、現在にまでつながっているところがすごいですね。

加賀谷:そこが強みだと私も感じていて、実際に動き出すまでに1年はかかっているのですが、形にするまでやり遂げるという思いで結構粘りました。事業化するとどうしてもKPIなどが出てきてしまうのでいまもボランティアですが、資生堂としてやっていくことに誇りが持てるプロジェクトだと感じています。

小助川:実は、プロジェクトとしてはムービーをつくって終わりという話もありました。でも、何かつくって終わるプロジェクトがあるなかで、「MY CRAYON PROJECT」のように、続けることに意味があるクリエイティブの形もありますよね。だから、細々とでも続けていくことに意味があると思っています。

「肌色」から一人ひとりの違いを体験として学ぶ

――具体的な授業内容について、改めて教えてください。

加賀谷:フォーマット化しているわけではありませんが、小学生向けということをベースに、低学年向け、中学年向け、高学年向けとそれぞれ少しずつ内容を変えています。

小助川:ちなみに対象を小学生にしたのは、内容が理解でき、クレヨンを使って絵を描くギリギリのラインということを考慮しました。本来はもっと幼い頃からこういったことに触れておいた方がいいと思うのですが、意味合いも含めて理解してもらうには、小学生以上がいいのかなと考えました。

MY CRAYON PROJECT

子どもたちは特注の肌色のクレヨンの中から、自分の肌に近い色で似顔絵を描いていく

加賀谷:実際の授業は、最初に資生堂のことや肌の研究をしていることなどを話し、肌の色が世界中にはこれだけあって、同じ色はないということをわかってもらうところからはじまります。

次に実際にみんなの肌の色を測ってみようということで、同行しているGIC(資生堂の研究所)の方にセンサーで児童のみなさんの肌を測定してもらいます。実際の研究にも使う測定機器で肌の色相や明度をマッピングしてスライドに映すのですが、子どもたちは毎回驚いて盛り上がってくれます。これを体験することで、自分の肌の色がこんな色で、みんな違うということをきちんと認識できると思うんです。

――身近な事実からわかってもらうということですね。

小助川:そこまで終わると、次はこちらで用意した肌色のみのクレヨンの中から自分の肌色を探してもらいます。毎回授業の前に自分の似顔絵を線画で描いてきてもらい、自分の肌に近い色のクレヨンで塗って似顔絵を完成させます。そしてできた児童から黒板に貼っていき、最終的に一覧で貼られたものを見ながら今日感じたことを話し合ってもらう。そこまでが1コマの授業の流れです。

MY CRAYON PROJECT 授業の様子

授業の最後には、児童それぞれが描いた似顔絵を黒板に貼り、感想を言い合う

小助川:授業では、名古屋の「とういちクレヨン」さんに特注でつくってもらった肌色のみで構成されたクレヨンを使います。30色以上あり、それを授業でバーンと広げると、子どもたちは肌色の数の多さにびっくりします。子どもたちに「この色は何色?」と聞くと、「うすだいだい色」などの答えも返ってきますが、「肌色」という答えも多くあります。

「じゃあ本当の肌色ってなんだろう?」 を入り口にして、最終的に“自分の色”を見つけてもらう。授業で使うクレヨンは各色に名前がついていないので、自分で選んだクレヨンに名前を書き入れてもらい、プレゼントとして持って帰ってもらっています。

加賀谷:興味深いのが、自分の似顔絵を完成させるのも低学年と中・高学年の子とでは違いがあることです。低学年の子の方がありのままの自分を素直に受け入れる一方、中学年や高学年になると自分の嫌な部分やコンプレックスを意識し、そこから筆がなかなか進まないこともあって。誰もがコンプレックスを持っていると思いますが、この授業を通して少しでもコンプレックスから解き放たれ、見方を変えてもらえると嬉しいですね。

小助川:そうですね。「肌」の授業というよりも、僕らは「個性」の授業だと考えていて、それは結局一人ひとりの違いを理解するところからスタートしましょうっていうことなんですよね。

次ページ:成長したときに理解できるような、小さな種を蒔く