ライフスタイルブランド「SANU」が問いかける、自然と共に生きる暮らしと未来に託す建築の可能性

ライフスタイルブランド「SANU」が問いかける、自然と共に生きる暮らしと未来に託す建築の可能性

未来に木材を託す、解体のためのデザイン

––SANU CABINは、建てるほど環境へプラスの影響を生むリジェネラティブな建築を実践されていますが、このつくり方ができるまでのプロセスを教えてください。

安齋:まず、木を使った建築をつくるという大前提があるので、岩手県の釜石地方森林組合さんと協業することで、サプライチェーンを組みました。我々が木材をどのタイミングで欲しいのかを丁寧に伝え、図面などの情報もすべて共有させてもらい、時期をちゃんと見据えた上で、彼らにとって無理のない範囲で木材を供給してもらう。そんなやり取りをしながら進められる仕組みをつくったんです。

同時に、SANU CABINで使った木材と同等の量の植林も進めています。それらの木が木材として利用できるようになるのは50年後くらいなんですが、計画的に管理・育成をする森の木を使うことをサプライチェーンに組み込むことで、需要と供給を近い距離で回していけるようにしています。

また、利用した木材全体が吸収・固定化する炭素量を測定するなど、コンピュータで計算したデータを出すことで、建築を可視化することにも取り組んでいます。木造住宅の良さが、建物の中に入った時にいい匂いがするといった感覚的なことだけじゃなくて、もっと客観的な価値としても広まって欲しいので。SANU CABINでは、1棟分で約11tのCO2を吸収・固定化してくれるのですが、吸収量を他の住宅と比べて数値で示せば、客観的に良さがわかりますよね。そのように伝えていかないと、いくら木材建築をつくったとしても自己満足になってしまうので、細かい情報をすべてデータ化して開示することで、森を守りたいと思う人が、ひとりでも増えるといいなと。

安齋さん

安齋:さらには、いままでは柱や梁など直線的な使われ方しかされてこなかった木材を、違うアプローチで使用することで、木の価値を高めていきたいという考えもあります。ビスや釘も極力使わない工法を採用するほか、木の板の両面からスリットを入れることで三次曲面をつくったり、木材の補強方法など、新しい実験にも取り込んでいます。

SANU CABINでは、寿命を迎えた時に、解体してゴミとして処分するのではなく、簡単にばらせるようにすることで、また別の資材として使用できるようにしています。木材は、材料同士がくっついてしまっていると、それらを分別しないと再利用できないんですよね。いまの住宅は材料をバラバラにすることが大変な場合が多く、そのまま廃棄されてしまっているというのが現状です。

人間と同じように、建築には始まりがあれば終わりがあるので、建築の終わり方をデザインすることも大事なんです。本来は、建築をつくる契約の時に、設計工事だけじゃなく、解体について考えることこそがあるべき姿なんじゃないかなと思うんですが、なかなかそうはいかなくて。だから空き家が増えているわけですよね。自分たちは、未来へものを届けるためにそんなことはやりたくないので、いまからつくり方を考えて実装すれば必ず叶うと思うので挑戦しています。

SANU CABINが解体されるのはきっと50年ほど先の話ですし、僕はもう生きていないかもしれないですが、この建築を解体した人が、「これはちゃんと考えてつくったんだな」とわかってくれるような、未来に材料を託すようなつくり方をしています。

本能をくすぐる有機的なデザイン

––SANU CABINは、曲線が多用され、外部音を取り込みやすい設計がされていますが、デザインのプロセスについて教えてください。

安齋:せっかく自然の中のキャビンに行ったのなら、大きな窓から外の景色を眺めて、ベランダに出て深呼吸がしたいですよね。その時に、やっぱり小鳥の声が聞きたいんじゃないかと、社内のミーティングで意見が出てきたんです。室内で小鳥の声が聞こえるためにはどうすればいいかを考えた時に、人間の耳のように、音が聞こえる機能を建築がもつ必要があって、必然的に四角い箱ではなく曲線のあるデザインになりました。

自分の家の壁を意識して触っている人ってあまりいないと思うんですが、SANU CABINに行くと、つい壁を触りたくなるんです。SANU CABINの有機的なかたちが、自分たちの心のどこかにある、触りたいという気持ちを喚起すると思うんですよ。人間には、石ころを見た時に触りたいと思ったり、切り株を見たらその上に立っていたいと思う本能があると思うので、そんな本能をくすぐるような、有機的なかたちの建築にしています。

SANU CABINの内観 photo:Timothée Lambrecq

SANU CABINの内観 photo:Timothée Lambrecq

観光地ではなく、住む場所としての土地探し

––SANU CABINは国立公園や湖の近くなどに建設されていますが、どのように場所を決めているのですか?

本間:良い土地を見つけるために、かなり泥臭く探し回っています。片っ端から地域の不動産さんに電話して、ご挨拶に伺ってからようやくコピー用紙一枚分ぐらいの情報をもらえるんですが、それだけではまったくその土地の魅力はわからないので、Google Mapで調べて、よさそうだと思ったらスタッフが視察に行って、最終決定は僕と福島が必ずその場所に足を運ぶようにしています。

じゃあこの土地でいこうと決まってからも、自然公園法やハザードマップといった法令チェックが入り、賃貸か売買かの交渉もはじめないといけません。実際には、100件の情報の中から10ヶ所を実際に見にいって、成約するのは1、2ヶ所ですね。徐々にSANUがやろうとしていることがわかってもらえるようになってきていて、最近では土地を提供してくださる方が現れたり、情報の精度はどんどん上がってきています。

本間さん

––この場所がいいと決める時のポイントや条件はありますか?

本間:やっぱり会員の方には繰り返し通ってほしいので、都心からでも通いやすいというのが、ひとつ目の条件としてありました。遠くても3時間ぐらいで行ける所がいいなと。次に、「自然と共に生きる」とはいえ、本当に誰もいない山の中にぽつんと住むのは怖いですし、寂しいですよね。なので、ちょっとした距離にスーパーがあって、美味しいレストランやカフェがあるなど、人間の文化的な営みが近くにあることも条件としてあります。

三つ目は、土地そのものの魅力。美しい雑木林があることや、海の近くや湖沿いにあること。もちろん場所によって濃淡はありますが、基本的にはこの三つが揃う場所につくりたいなと思っています。とはいえ最終的な意思決定はすごくシンプルで、僕らがそこにセカンドホームを持ちたいかどうかで決めています。

––旅行先としてではなく、暮らす場所として利用して欲しいということですよね。

本間:そうですね。繰り返し足を運ぶことで、その場所の自然を自分事として捉えてもらえる思うので。

デザインの力を信じる

––本間さんは、「北風と太陽」の喩えで、気候変動について呼びかける上で、声高に注意喚起するのではなく、まずは自然を好きになってもらうことが重要だとインタビューなどで語られていますが、そういった考えはいつからお持ちなのでしょうか?

本間:それは福島とSANUをやると決めたタイミングからずっとありました。西洋的でディスラプティブ(破壊的)な考え方だと、ロジックを明確にすることで「悪」をつくり、既存の価値観を壊しながら拡大するというかたちを取ったりしますが、僕たちは多様なものを多様なままに拡大していきたい。

本間さん

本間:これは「悪」だから倒さなきゃいけないというマイナスの情報発信は、必ず敵を生んでいく。僕らとしては、日本的、東洋的な価値観として、複雑なものを複雑なまま捉え、互いにリスペクトし合い、和を和とする中での経済発展のあり方を探していきたい。それは、正しいか正しくないかの二元論ではなくて、「こっちの方がもっといいんじゃない?」と第3のより良いアイディアを提案し続けることが鍵だと思うんです。

それと、自分たちがつくるものや発信する情報は「かっこよく」あるべきだと思っています。かっこいい、という単純な、右脳的な感覚からSANUを好きになってもらえたら良い。SANUに触れる入り口はかっこいいでも、かわいいでも、仕事がやりやすそうだとか、なんなら会員に入ったらモテそうだ、でもなんでもいいと思うんですね。でもそうやってSANUを知り、好きになり、自然にいつの間にか通うようになることで、結果的に海や山を大事に思う人が増えてくれたら嬉しいなって。僕らが自然に良いものを提供できていれば、結果的に目標はクリアされるんです。「自然と共に生きる」というSANUのコンセプトも、難しい言葉で伝えるんじゃなくて、体験として提供したいと思っているので、実際に住んでもらうことで、そこから自然のことを好きになってもらうことが大事だと考えています。

––本間さんがデザインを信じている気持ちが伝わってきます。

本間:デザインのことはずっと大事にしています。Backpackers’ Japanでは空間づくりで勝負をしてきましたが、デザインの力によって、「あらゆる境界線を越えて人々が集える場所」をつくることができると信じていました。

たとえば、ある空間に「隣に座る人に自由に声をかけていいですよ」という言葉が掲示されたとします。そうすると、とたんにその場所は声をかけたい人と、声をかけられたい人のためだけのつまらない空間になってしまう。ナンパ箱かよ、と。ある意味、それは空間が死んでしまうことになるんです。本来は国籍や年齢、職業などのバックグラウンドがまったく違う人々が交流できる場にしたいわけだったのに。そのために、空間を適切にゾーニングしたり、椅子やテーブルのかたちを工夫するなど、デザインを入れる。そうすると、空間そのもので意図を伝えることができるようになり、そこに集まった人たちが自然とお互いに話すようになるんです。僕は自分で文章を書いたりもしますし、言葉を使った表現が好きではあるんですが、言葉には常に限界があると思うんですよね。

––ここまでデザインを信じている方のパートナーとして、安齋さんはデザインが持つ力についてどのようにお考えですか?

安齋:どうだろう。当たり前すぎて、逆にあんまり考えたことないかな。

本間:それしか考えてないもんね(笑)。

安齋:多分、建築に携わる以上考えていない人はいないと思うので。考えていることをさらにアップデートしていくことは、息をするぐらい当たり前。でも、デザインのインパクトを強烈に出したいわけではないんですよね。

本間:うんうん。デザインしたぜ、みたいなね。

安齋:そう。消費されてしまうことは好きじゃない。トレンドという言葉が僕はめちゃくちゃ苦手なんですよ。短寿命のデザインができない。本来、建築物は寿命が長く、とても長い時間を生きるものなので。飽きがこないことや、どうやったら愛着が湧くかに重きを置いてデザインをしていますね。素直でいい建築をつくることに力を入れたくて、触り心地や、風が吹き抜ける時の匂いなど、居心地のいいものをつくりたいなと。

秘密基地の中の多様性

––SANUにはバックグラウンドが多様な方々が働いていますが、一緒に働くメンバーについて、どのようなことを大切にされていますか?

本間:ディレクターでクリエイティブボードの山川咲は家が隣だったんです(笑)。同じくクリエイティブボードとして参加しているPUDDLEの加藤匡毅さんは山川の友人でした。僕にとって一緒に働く人は、スキルやバックグラウンドじゃなくて、一緒にご飯を食べたい人であり、生活を一緒にする人なんですよ。もちろん採用活動の際には、それなりにスキルについても話していますが、僕らのチームはオープンであることが信条なので、情報もすべてクリアにして、みんながフェアな状態で話ができることを大切にしています。それはイエスともノーとも言える状態のことで、議論が起こることが大事なんです。

––透明性のあるコミュニケーションのために実施していることはありますか?

本間:メンバーと一緒にサーフィンやスノーボードに行き、自然の中で話すこともたくさんありますね。ほかにも、たとえば問題が起きた場合には、はじまりから終わりまですべてオープンにシェアするように心がけています。必ずしも毎回明確な意思決定ができるわけではないので、意見が割れることもよくありますし、それは悪いことではないので。

SANUで働くみなさん photo:Ayato Ozawa

SANUで働くみなさん photo:Ayato Ozawa

––ADXの東京オフィスは同じビルの隣の部屋ですが、普段から密にコミュニケーションをとっていますか?

本間:そうですね。ADXのオフィスにポットがあるので、いつもお湯をもらいにいっています(笑)。僕らのオフィスがあるSOIL Nihonbashiも、友人であるInsituの岡雄大がリノベーションを企画した建物で、PUDDLEのオフィスも一つ下の階にあるので、団地に住んでいる子ども達が秘密基地をつくっているみたいな感じですよ(笑)。

答えではなく、問いとしての「自然と共に生きる」

本間さん、安齋さん

––今後おふたりが目指していきたいことはありますか?

本間:僕個人としては、自然の中でもっと遊びたいので、SANU 2nd Homeが広がることで、自分が関わることができる自然が増えていけばいいなと思っています。将来SANU CABINが増えていくことは、すなわち自分の家が増えてくことだと感じていますし、山や海へすぐに出かけられるようになる未来を、みんなで体験できたら嬉しいなと。

もう一つは、セカンドホームだけじゃなくてファーストホーム、自分たちの家ももっと変えていきたいと思っているんです。特に都市型の家はもっと変えていけるんじゃないかなと考えているので、将来的にはそんな事業もやりたいですね。

安齋:SANU CABINのアップデートには引き続き取り組んでいきますが、森のことをもっと見ていくことで、森が抱えている課題を僕らなりに解釈して、森が豊かになるためのお手伝いができるといいなと思います。

––ロシアによるウクライナ侵攻があり、木材価格の高騰が取り沙汰されていますが、国産の木材についてどのように考えていますか?

安齋:木材の輸入が難しくなってきていると言われていますが、実は日本には木材がまだまだあるんですよ。つい先日、高知県の梼原町へ森林の視察に行ってきて、彼らの課題が何なのかを聞いてきたのですが、いまから70年間でも使い切れないほどの木があるそうなんですよ。

本間:すごいね。

安齋:そんなにあるんだって、驚きました。昨日ざっくり計算したら、梼原町の周りの木の一部を使うだけでも、SANU CABINが6,200棟もつくれるんです。ただ、切る人がいないという課題がある。僕みたいな、森の話を聞きに行く人間はあまりいないみたいで、とても期待されているので、何が課題なのかを明確にしていくことで、森がもっと豊かになる方法を考えていきたいですね。

––最後に、ライフスタイルブランドとしてのSANUの今後についてお聞かせください。

本間:僕らはサブスクリプションサービス専門業者にはなりたくないと思っていて。それはあくまで枝葉の部分でしかなく、「自然と共に生きる」とは何なのかを常に考え続け、答えではなく問いとして世の中に発信していくことがSANUというブランドの定義だと考えています。「自然と共に生きる」とはなんなのか。感性の話なのか、エネルギーの話なのか、はたまた経済や政治の話なのか。答えはきっと時代や背景によって変わっていく。そう考えると、服や食べもの、身の回りに置いておくものなど、生活に関わるものから移動手段やエネルギーの選択まで、あらゆるものをSANUとしてプロデュースすることもできると思うんです。もちろん、それらが見据える先にあるのは、自然が豊かになっていくことで。

これまではライフスタイルブランドというと、なんだかかっこいいものを売っているよくわからないものという印象があったと思うんですが、「私たちはこういう生き方がいいと思います」という提案を発信していくことが、ライフスタイルブランドの本来のあり方だと思うんですよね。その先にそれぞれ生き方の多様性があるわけで、みんながどうやって生きていいのかを迷っている現代だからこそ、ライフスタイルブランドが必要なんじゃないかなと思います。

僕らの会社の指針の一つに「Walk the talk」というものがあるんですが、話したことの上を歩く、日本語だと有言実行という意味で、これからまさにこれを企画名とした勉強会を実施したいと考えています。SANUのスタッフが聞きたいこと、知りたいことについて、ゲストを呼んで対談していくんですが、すべてをアーカイブすることで、誰でも見られるようにするつもりです。きっと、誰もがペットボトルを持たないこと以外に、自然のためにできることはなんだろうと考えていると思うんですよね。でも、多くの人が具体的にどうすればいいのかわからないと思うので、ライフスタイルブランドであるSANUは、これからはそういった総合的な情報発信もしていきたいと思っています。

本間さん、安齋さん

SANU 2nd Home
https://2ndhome.sa-nu.com/

写真:西田香織 取材・文・編集:堀合俊博(a small good publishing)