“貼る”という行為から“色”の楽しさを発見する「HARU stuck-on design;」-ミラノデザインウィーク2018

“貼る”という行為から“色”の楽しさを発見する「HARU stuck-on design;」-ミラノデザインウィーク2018
「色を貼る」というコンセプトで空間を装飾できるテープブランド「HARU stuck-on design;(以下、HARU)」。日用家庭用品や文具、医療・ヘルスケア製品などの製造・販売を行う株式会社ニトムズが2016年からスタートさせたブランドだ。ミラノデザインウィークへの出展は3回目、単独出展は今回がはじめてとなった。洞窟のような会場を使ってつくられたインスタレーションで提案したのは、改めて色を発見する楽しさだった。HARUのデザイン・ディレクションをブランド創設時から担当するSPREADの小林弘和さんと山田春奈さん、株式会社ニトムズのゼネラルマネージャー・香川正美さんにお話をうかがった。
色の楽しさから感性に訴えかける

――まずは、HARUがスタートしたきっかけを教えてください。

ニトムズ・香川正美さん(以下、ニトムズ・香川):ニトムズは、粘着クリーナーや医療用テープ、絆創膏、D.I.Y.用テープなど生活用品を扱う会社で、親会社であるNitto(日東電工株式会社)が培った技術や製品を消費財に展開するということがおもな事業です。もともと品質や使いやすさを得意分野にしていましたが、新しいユーザーとのタッチポイントを広げるために、機能や性能だけではなく、「かっこいい」や「かわいい」といった感性に訴えかける方法で、私たちが持っている技術を展開したいと思いスタートしました。また、それまで軸だった国内だけでなく、よりグローバルに展開していきたいという思いもありました。最初のお披露目の場にミラノデザインウィークを選んだのも、海外を起点に発信を続けていくという考えからです。

HARU_designe r: SPREAD photographer : Takashi Suzuki

designer : SPREAD photographer : Takashi Suzuki

――SPREADのおふたりは最初にお話を聞いたときに、どのようなことができそうだと感じましたか?

SPREAD・山田春奈さん(以下、SPREAD・山田):お話をいただく前から、ニトムズさんのお名前を聞いたことがあったなあと思っていたら、「工場の祭典」(SPREADがアートディレクション・デザインを担当)で装飾に使用しているピンクの養生テープがNittoのものでした。すでにその時点で、色でさまざまなことを訴求できることを実証できていたので、おもしろいことができそうだとすぐに思いました。

SPREAD・小林弘和さん(以下、SPREAD・小林):以前、ミラノデザインウィーク期間中に行われていたパーティーのひとつで、色が与える影響ついて驚かされる経験がありました。はじめは何もない会場で、パーティーがはじまりそうな雰囲気がなかったのに、さっと赤いカーペットを地面に1枚敷かれただけでパーティーの場所だと認知されるという事態に直面したんです。赤い印があるだけで場所の印象が大きく変わるんだと感じました。それが印象に残っていたので、フォーカスしていくなら「色」だなと。

開発から5年くらい経ったなかで、より感性に踏み込んだ展示をしたいという意識がチーム全体としてありました。展示場所も1〜2年目はきれいな室内の白い壁に装飾していたんですが、ある意味ラフな場所というか、もっとつくられていない場所の方がより感性に訴えかけて商品の魅力が伝わるんじゃないかと考えました。もともときれいな空間より、色を貼ることで空間がガラリと変わるということを伝えたかったので。

2017年のミラノデザインウィークでのインスタレーション(フランスのMeet My Project社主催の合同展 ”Travel through design”内) designer : SPREAD photographer : Ooki Jingu

2017年のミラノデザインウィークでのインスタレーション(フランスのMeet My Project社主催の合同展 ”Travel through design”内)
designer : SPREAD photographer : Ooki Jingu

SPREAD・山田:「VENTURA CENTRALE」という場所との出会いがまず大きかったですね。トンネル状の空間なので「ここは何かワクワクする!」と感じました。湿度が高い場所には貼れないかも知れない心配はあったんですが、会場の視察の際にHARUを貼ってみたらやっぱり空間の印象が大きく変化したので、ここだったら感性に訴えかけるような展示ができそうだと思いました。

SPREAD・小林:洞窟のような空間だったこともあり、思いついたコンセプトは洞窟壁画です。太古の洞窟壁画を発見した人は「何だこれは!?」という驚きと喜びがあったと思うんです。そういった喜びを、色を発見することでつくれないかなと考えました。

SPREAD・山田:過去2回はテープとして見せたというより、アートピースのように見せてHARUの良さを表現していて、作品としてもしっかり眺められる“マテリアル”であるということを最終目標にしていました。今回はラフな場所に“テープ”として貼り、立体的に重ねてみたりして幅広い使い方を見せました。ネガティブに捉えられそうなシワなどもあえて残し、表情やニュアンスから新たな見せ方ができました。

ミラノデザインウィーク2018の展示風景の画像

designer : SPREAD photographer : Ooki Jingu

言葉と色を組み合わせることにも挑戦しました。偉人たちが残した色に関する美しい言葉からインスピレーションを得ています。たとえば、ゴッホの「何て素敵な黄色だ!それは太陽を表している」や、パウル・クレーの「色は私たちの脳と宇宙が会う場所です」といった言葉を引用しています。パソコン上で作業していると、かんたんにカラーパレットで色を決めてしまい、赤は赤、オレンジはオレンジ、とそれ以上には広がりません。でもその色そのものではなく、色の向こう側の風景が見えてきたら、オレンジの選び方ひとつも変わってくる。それをHARUでも感じてもらいたいなと思いました。

ミラノデザインウィーク2018 言葉とともに展示された作品の画像

作品の近くには言葉も一緒に表現された
designer : SPREAD photographer : Ooki Jingu

ムンクの言葉である、『赤が血のように、色が叫んだ』を表現したもの designer : SPREAD photographer : Ooki Jingu

ムンクの言葉である、「私はその絵の中で真の血のように雲を描いた。色が叫んだんだ」を表現したもの
designer : SPREAD photographer : Ooki Jingu

――ライティングの演出も印象的なものでしたよね。

SPREAD・小林:会場内を明るくせず、ランダムに照明がついては消えていくようにしたことで、色と言葉がより鮮明に見えてくる演出をしました。あえて見えづらい状況をつくったのは、洞窟をたいまつで照らして「何か描いてあったぞ!」みたいな発見をしてほしいというイメージからです。

ミラノデザインウィーク2018 暗くなった状態の展示空間の画像

designer : SPREAD photographer : Ooki Jingu

ミラノデザインウィーク2018 明るくなった状態の展示空間の画像

designer : SPREAD photographer : Ooki Jingu

色はもっとフィジカルというか、有機的なもので、人間の感覚を超えていくような大きな存在だと思うんです。いまはクリックひとつですべての色を自分の手でコントロールできると錯覚しているような状況だと思うんですよね。色への及ばなさをより感じてもらうために、だんだん見えてくる、そして見えなくなる仕かけをつくりました。

かんたんに剥がせる、だから表現の可能性を広げる

SPREAD・山田:会場の装飾はイタリアの施工会社が担当してくれたのですが、誰も60cm幅のテープを貼ったことがなかったので、「こんなの貼ったことないよ」って言われたんですよね。でも「とにかくむずかしくないから、貼ってみて!」と伝えたら、「本当だ!貼れた!」みたいな感じで、スムーズに作業が進みました(笑)。

SPREAD・小林:いままでテープを貼るのは養生や機能のためであって、表現するために貼るという行為をしたことが恐らくなかったから、職人さんも戸惑ったと思うのですが、貼ってみると楽しいから作業がはかどるんですよね。

SPREAD・山田:イタリアの方々は美しいものが好きなので、きれいだと感じてしまってからは、スピードアップしてあっという間に施工が終わりました(笑)。準備に2日間予定していたんですけど、結局1日くらいで済みました。

ニトムズ・香川:大掛かりなことをやっていますけど、撤去はとてもシンプル。どこよりも早く片付けられるのがポイントです。今回も2時間くらいで終わりましたね(笑)。ダイナミックなことをやるのは勇気がいると思うんですが、「元通りになる」という保険があるから、表現やチャレンジの後押しができるプロダクトだと思っています。

老若男女が体験した、プリミティブな色の楽しさや喜び

SPREAD・山田:結果的に5万人以上の方に来場していただきました。来場された方の中には、感動して涙を流す方もいらっしゃいましたし、作品の前で愛が溢れてしまってキスしているカップルもたくさんいました。ブース対応者のほぼ全員が目撃していて、それが1回や2回じゃないんですよ(笑)。

SPREAD・小林:ふだん、大きい面で色を体感することってないと思うんです。小さい面で見るのと大きい面で見るのでは、体感が全然変わってくるんですよ。このHARUの活動を通して、僕らの実感が強くなってきていることもあったので、それをプレゼンテーションで伝えていこうと。例えば、海を目の前にしてずーっと眺めてしまったりするじゃないですか、あれは実は色とコントラストを見ているんですよ。今回はそれを疑似というか再現した部分があります。それが本当に身体に作用して、嬉しくなったり楽しくなったりしたんだと思います。

ニトムズ・香川:あと、今回は来場者の方にHARUをちぎって体験して、持って帰れるようにサンプルバーを設置したんです。

ミラノデザインウィーク2018 会場に設置されたHARUのサンプルを手にする来場者の画像

photographer : Ooki Jingu

SPREAD・小林:みなさん自由にカスタマイズして、服につける人もいれば、ぐちゃぐちゃっと丸めて帽子みたいにする人、ハイブランドのバッグに豪快に貼っていく人もいたり(笑)。背中に30cm幅のをバンッて貼って帰る方もいたりとか。

ニトムズ・香川:本当に老若男女、みなさんHARUをちぎって体験していました。それを街で見かけて、あれどこでやっているんだって広告のようになっていたようです。

HARUのサンプルを洋服などに貼る来場者の画像

photographer : Ooki Jingu 下段左から1・2・4枚目はニトムズ撮影

SPREAD・山田:みなさん積極的でしたし色の選び方も個性的で、小さな子どもがメタリックシルバーを選んだり、そういう感覚が私たちからしたらおもしろかった。自然に色を貼るっていうのを楽しんでくれていました。色は喜びなんだなって改めて思いました。

ニトムズ・香川:テープなので気軽に楽しめたのかなと思います。一般の方でご自宅に貼るのもそうですし、プロの方でも店内装飾で使ってもらったり、広く使われるイメージをしているので、そういう意味で今回はデザイナーからお子さんまで、幅広い方に体験してもらえたかなと思います。

――HARUはSPREADのおふたりにとってどういうプロジェクトですか?

SPREAD・小林:色を見つめ直す機会になっています。和紙素材のものは48色あるんですが、48色しかないとう言い方もできます。天井に貼っているものは基本2色の組み合わせにしていて、透けて重なって3色になっているんですけど、この48色の中から2色の組み合わせをこれ以上ないというくらい考えました。最初はある程度ルールやメソッドに従って組み合わせるんですけど、だんだん新しい組み合わせも試すようになるんですよ。それをずっとやっていると、最初見えてこなかった組み合わせが見えてきました。組み合わせが被らないようにしていくと、最後に残る色というか、使わない色がどうしても出てくるんですけど、その残った色の中で組み合わせると意外な重なりが出たりする。

色との出会いも偶然と必然な部分があって、天井に表現したブルーノ・ムナーリの言葉も偶然と必然について書かれているんですが、「すごい発見が生まれる」という言葉も出てきて、まさにHARUのようなんです。

ミラノデザインウィーク2018 ブルーノ・ムナーリの詩を表現したHARU展示会場の天井の画像

ブルーノ・ムナーリの詩を表現した天井
designer : SPREAD photographer : Ooki Jingu

SPREAD・山田:ふだん自分の好みで色を選んでいたけれど、まさかの組み合わせに心地良さを発見をできるのがHARUのおもしろさですね。

SPREAD・小林:もともと“色”も“貼る”も、それ自体は両方新しい提案ではないんですよ。けどそれを組み合わせるところがHARUの新しさ。今回の展示も、ミラノデザインウィークは新しい技術の展示も多いですけど、HARUの展示は技術的には最新じゃないけど、提案としてはすごく新しいことになりましたよね。アイデアと思い切りで新しいことを見せることになったと思いますね。

―――最後に、今回のミラノデザインウィーク出展で得られた手ごたえはありますか?

ニトムズ・香川:「色を貼るテープ」という製品の機能自体がとてもシンプルなので、いままでの展示はテープには見えないということを表現していた気がします。今回は、しわや素材感、和紙の風合いだったりとか、むしろテープらしさをもっと伝えていくことも可能性として見えたかなと思います。「テープでこんなことができる」とか「こんな風合いが出せる」のを、今回は見せられたと自負しています。それはこの会場を選んだから得られたことだと実感しています。

SPREAD・小林:その人なりの色の持ち帰り方をしている感じがしましたよね。個人で来て、すごく良かったから次の日に子どもを連れてくるとか、学生20人くらいを連れてくるとかもありました。大勢来てくれたので説明しようかなって思ったら、「大丈夫、もうわかってるから、俺が説明する」って言ってくれたりして(笑)。

SPREAD・山田:日本でも小学校の授業とかでフラッと会場に連れてくるようなことが当たり前に生活に入ってくるといいなって思いますね。

ミラノデザインウィーク2018 HARUの展示の中心となったメンバーの集合写真

中心となったチームメンバー photographer : Ooki Jingu

取材・文:石田織座(JDN)

HARU stuck-on design;
http://www.haru-stuckondesign.com/