編集部の「そういえば、」2023年8月

編集部の「そういえば、」2023年8月

ニュースのネタを探したり、取材に向けた打ち合わせ、企画会議など、編集部では日々いろいろな話をしていますが、なんてことない雑談やこれといって落としどころのない話というのが案外盛り上がるし、あとあとなにかの役に立ったりするんじゃないかなあと思うんです。

どうしても言いたいわけではなく、特別伝えたいわけでもない。そんな、余談以上コンテンツ未満な読み物としてお届けする、JDN編集部の「そういえば、」。デザインに関係ある話、あんまりない話、ひっくるめてどうぞ。

医者のようなデザイナー、映画監督のようなデザイナー

そういえば、最近デザインに関する本を2冊読みました。グラフィックデザイナー・原研哉さんのデザイン論をまとめた『デザインのデザイン』(2003年、岩波書店)と、デザインエンジニア・山中俊治さんが高校生向けにおこなった4日間の特別授業の書籍化『だれでもデザイン 未来をつくる教室』(2021年、朝日出版社)です。

岩波書店『デザインのデザイン』、朝日出版社『だれでもデザイン 未来をつくる教室』

「デザイナーは本来、コミュニケーションの問題を様々なメディアを通したデザインで治療する医師のようなものである。」(『デザインのデザイン』p.204)

これは原研哉さんの言葉です。この後に続く文章では、診察によって隠れているかもしれない病気を見つけ、最良の解決策を示すことが役割なのだと、デザイナーを医師に例えて説明されています。

一方で、山中俊治さんは共感を共有するアートと、検証して知識を共有するサイエンスの両方に関わるのがデザインだといいます。そして、「そういう総合的なひとつの価値を作っている仕事としては、映画監督や指揮者に近いかもしれない。」(『だれでもデザイン 未来をつくる教室』p.51)と語られています。

じつは入社して半年も経たない、デザインについては初心者の私。ちょうど、「デザインの領域は広がっている」「あれもこれもデザイン?」「これはアート?デザイン?」といった話題にまみれ、わかったつもりでいた「デザイン」を見失いかけたところでした。そんななか、お二人の言葉と、これまでに出会ったデザインやデザイナーのみなさんとを思い浮かべたとき、とてもしっくりきた感じがしたのです。

他方、医者とも映画監督ともとらえられるこの職業には、多面性や流動性といった性質があるのだろうとも思いました。幅広い領域でデザインという言葉を見聞きしますが、その本質を見失わないよう、JDN編集担当として今後もこのテーマを考え続けていきたいです。

今回ご紹介した書籍は、デザインを学びはじめたいという方にもぴったりだと思いますので、まだの方はぜひ読まれてみてはいかがでしょうか!

(萩原あとり)

架空の懐かしい近未来

そういえば、東京オペラシティ アートギャラリーで開催中の企画展「野又穫 Continuum 想像の語彙」を観に行きました。

野又穫さんが描いた、架空の建造物の絵が一堂に会している光景は圧巻でした。

ギャラリー公式サイトやハンドアウトには「懐かしさ」「現実と地続きにある非現実」「謎めいた」などのキーワードが散りばめられています。実在しないはずなのに、どこかで見たようでもあり、反対に未来を予見しているようでもあります。

(左)「Alternative Sights-2」(右)「Listen to the tales 交差点で待つ間に」

私は「怖いもの見たさ」の気持ちがかきたてられる展示だと感じました。

野又さんによる架空の建造物の絵には、 初期作品の一部を除いて人間が描かれていません。しかし 建造物には人間が昇るためであろう階段が設置されています。文字のような看板が配された建造物もあり、それが人間によって建てられたという、かすかな気配だけがそこにあります。

絵の中の世界には植物や魚や鳥は存在し、風も吹いています。近くに寄ると、建造物も所々に欠けていて、風化による時間の流れも感じさせます。人間が不在の世界の中で、建造物だけが残されている、まさにディストピアのような不気味さが漂っているのです。

「Land-Escape 12 境景12」部分。寄って見ると、壁がツルツルではないことがわかる

作品を写真で見るとCGだと思ってしまいそうな精巧さですが、実際の作品と対峙すると筆致まで見て取ることができ、絵の美しさと圧倒的な画力を堪能できます。筆の跡、つまり手作業の痕跡によって、この絵を人間が描いているということを実感できるのですが、そのことがより一層「人間不在」の不気味さを際立たせているようにも思えます。

1m以上の大型の作品も多く、それらが無言で展示室に並んでおり、空間全体に不気味さと美しさが漂っています。

しかし不気味だと思うほどに、「もっと見たい」という好奇心が刺激されます。それが「怖いもの見たさ」のような気持ちだったのだと、後になってから気が付きました。この空間でなければ味わえない、ゾワゾワとワクワクでした。

スケッチなども展示されていて、架空の建造物の構想も垣間見ることができます。

会期は9月24日まで。感じることや思い浮かぶものが人によって異なる展示になっていると思うので、せひ自分の感性で展示を楽しんでみてほしいです。

(小林 史佳)