川久ミュージアム(ホテル川久 リブランディング)

色褪せることのない技術やアートを体感できる“観光地”へ

「ここはどこの国? いつの時代?」と思ってしまうほど、一歩足を踏み入れれば、日常を忘れさせてくれるような圧倒的世界観を持った「ホテル川久」。竣工から30年の時を経て、2020年7月に同ホテルはオーナーズコレクションを公開する私設美術館「川久ミュージアム」として生まれ変わりました。

どのようにしてこの世界観が生まれたのか?このリブランディングプロジェクトを担当したクリエイティブディレクター・陳暁夏代さん(DIGDOG Ilc.)と、さまざまな演出で「川久ミュージアム」の世界観に引き込む仕掛けが詰め込まれているWebサイトを担当した田渕将吾さんに、お話を伺いました。

■プロジェクトの背景・課題

陳暁夏代さん(以下、陳暁):「ホテル川久」は、1989年のバブル絶頂期に始動した「世界の数奇屋」をつくるプロジェクトのもと、和歌山県南紀白浜に建設されました。優れた職人の技術やアートを後世に残すために、世界のアルチザン(職人)やアーティストたちを呼び寄せて建てられた情熱の結晶です。今後このような建築物は生まれないだろうと言われ、30年経った今も色褪せることのない本物の輝きを放つ川久を、宿泊者のみならずもっと多くの人に知ってもらう方法はないかとホテル側は長年苦悩していました。

川久ミュージアム外観の画像

「ホテル川久」外観

プロジェクトチームは、ホテル川久が優れた建築作品と設計者に贈られる「村野藤吾賞」を受賞していることなどから、来館者が限られるホテル業から、間口を広げた“観光地”として、より多くの方に足を運んでもらえる美術館事業への参画を提案。時が経てもなお価値が上がり続けることを目標に掲げ、「ホテル川久」と「川久ミュージアム」の“2つの業態を共存させる”リブランディングプロジェクトを行うことになりました。

■プロジェクトのコンセプト

陳暁:川久ミュージアムにとっての最大のアピールポイントである情報量の多さは、同時にアピールの難しさでもあります。建物そのものが世界に類を見ない建築とアートの融合であることを伝えるためにも、まずは建築そのものを可視化するような世界観を踏襲したビジュアルをつくることにしました。

ホテル川久

ホテルのシンボルになっている、イギリスの環境彫刻家、バリー・フラナガンによるうさぎの像

ホテル川久

■Webサイトについて

田渕将吾さん(以下、田渕):川久ミュージアムは、一流の技術を持った世界中の職人とアーティストたちによるアートと建築の融合が最大の魅力です。これは一般的な展覧会のカテゴリにとても収めることができません。そのためWebサイトでは、川久ミュージアムに込められた歴史や夢、想いなど、さまざまな印象を感じ取ってもらう工夫が必要だと考えました。

例えば、WebGLを使ったキービジュアルのインタラクションでは、淡白に加工した外観写真と展示の様子がわかる写真群を組み合わせることで、川久ミュージアムのイメージを感じ取ってもらえるように演出しました。

実はこのエリアをドラッグすると、写真が無限に増殖し、重なり合うインタラクションを忍ばせてあります。そのインタラクションに気づいたユーザーに驚きを感じてもらうことを考慮しての演出ですが、実際に現地の川久ミュージアムのエントランスの前まで行くともっと驚く世界が待っています。その心の動きをWebサイトのファーストビューでも表現したいと考えました。

ドラッグする前のWebサイト

川久ミュージアムWebサイトの画像

ドラッグすると、写真がたくさん現れるインタラクションの仕掛けが施されている

田渕:また、ホテル川久の建築スタイルは、ポストモダンという思想が反映された造作が特徴です。ポストモダンは近代的な流れから逸脱し、独自のデザインを追求した建築スタイルのことなので、Webデザインではこれを表現するために、アンティーク調のタイプフェイスを選定しつつも、部分的に作字することで、モダンでもなければレトロでもない、ポストモダンなスタイルの表現を目指しました。

また、川久ミュージアムのコレクションは和洋折衷いろいろなテーマが融合し、多種多様なイメージを持ち合わせています。そのため、サイトを見てくれたユーザーが固執したイメージを持たないように、なるべく印象を拡張させたいと考えました。

そこで、背景色が変化するWebGLとCSSを組み合わせたインタラクションで、サイト全体を4種類のカラースキームに変化させています。カラースキームはその色の組み合わせによって、ユーザーにさまざまな印象を与えることができます。見ている人によってクラシカル・モダン・アート・王道・老舗……など、いろいろな印象を感じてもらえたら嬉しいです。

川久ミュージアムWebサイトの4種類のカラースキームに変化する画像

4種類のカラースキーム

陳暁:川久ミュージアムオープンの情報解禁後、SNS上では「以前から行きたかったけどホテルだったのでなかなかいけなかった」「子供の頃に憧れた場所に気軽に入れるのは嬉しい」といった声が多く、当初のプロジェクトの狙い通りの反響をもらえているので嬉しい限りです。

成長期の日本において起きた奇跡の結晶を後世にしっかりつないでいくため、日本と世界の方々に認知され、過去を学び、未来を創造する、そんなポジティブなメッセージを届ける美術館としての確固たる地位を確立していきたいと思っています。

スタッフ

【エージェント/DIGDOG Ilc. 】
クリエイティブディレクター・プランナー・PR:陳暁夏代
フォトグラファー:高橋一生
グラフィックデザイナー・ロゴ:田中堅大
プランナー:西口ひかる
美術ディレクター:溝端友輔

【Web】
Webデザイナー・インタラクションディレクター:田渕将吾
WebGLディベロッパー:代島昌幸
フロントエンドディベロッパー:中村玲衣
Webディレクター:なかむらしんたろう

【クライアント/カラカミ観光株式会社】
執行役員社長室ブランド戦略マネージャー:川地由人
取締役:一岡亮大
プロジェクト統括:亀井智英