江戸切子や東京染小紋、江戸木目込人形など42品目が指定されている東京の伝統工芸品。江戸時代から脈々と受け継がれてきた職人の技を、未来につなげていくためのプロジェクトがあります。
「東京手仕事」商品開発プロジェクトは、繊細な技術を持つ職人とデザイナーなどのビジネスパートナーが協働することで、新しい「東京の伝統工芸品」を生み出す取り組み。2015年から東京都と公益財団法人東京都中小企業振興公社が主催し、職人とデザイナーのマッチングから商品開発中のアドバイス、試作品製作費用の支援などを行い、実際に商品として完成するまでをサポートしています。

2026年度は6月1日から6月19日まで、商品開発を行うビジネスパートナーを募集
今回お話をうかがうのは、2025年度の同プロジェクトにて東京都知事賞を受賞した、江戸切子「CHOCIN GLASS」のデザイナー・宮田茂弥さん。普段は合同会社oooooにてプロダクトデザインやグラフィックデザインなどを手がけています。
「クライアントの持っている技術の一歩先を提案したい」と語る宮田さんが本プロジェクトに参加した理由とは何だったのか。そして、どのような想いで「CHOCIN GLASS」をデザインしたのか。参加の動機からプロジェクトのその後までうかがいました。
受賞目的ではなく、実際に世の中で使われるものを作るために
――まずは宮田さんのご経歴から教えてください。
幼い頃からものを作ることが大好きで、暇さえあれば工作をしたり絵を描いたりしていました。工芸室に通い詰め、ハンマーで叩いた五寸釘でペーパーナイフを作っていたのを覚えています。そんな幼少期を過ごしたことから漠然と芸術やデザインに興味を持ち始め、高校はイギリスの美術大学附属校に進学し、その後ロンドンの大学でプロダクトデザインを専攻しました。

宮田茂弥 クリエイティブディレクター。2016年にイギリスのセントラルセントマーチンズ プロダクトデザイン学科を卒業し、同年デザインオフィスnendoに入社。2019年に独立、合同会社oooooを設立し幅広い領域のデザインに携わる。2022年富山デザインコンペティション 準グランプリ受賞
卒業後、日本のデザイン会社に3年ほど勤め、独立して合同会社oooooを設立して今年で8期目になります。担当するデザイン領域はプロダクトやグラフィックなど幅広く、会社でバーの運営もしているため空間デザインに関わったこともあります。
大学で学んだ実践・実用的で実直なアプローチと、前職で学んだコンセプト起点の自由なアプローチ、真逆ともいえるその2つのアプローチを習得できたことが今の自分をかたちづくっているように思います。「こんなデザインを作りました」で終わるのではなく、そのデザインに至った背景や狙いなどをクライアントと共有してこそいいものづくりができると考えるようになったのは、そうした経験が関係しているはずです。
――そんな宮田さんが、「東京手仕事」商品開発プロジェクトに応募しようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
コンペへの応募にここ数年かなり注力していて、毎年3、4件は応募しているのですが、さまざまな公募情報を見るなかでこのプロジェクトの存在を知りました。デザイン仲間の間でよく話題に上がっていたので、いつか参加してみたいなという気持ちもあったんです。
そんな中、デザイン情報サイトからの案内を見たことがきっかけで改めて注目したところ、このプロジェクトは他の公募とは少し性質が違うということに気づきました。一番惹かれたのは、単なるアイデアの公募ではなく実際に販売する商品を作ることまで見据えている点です。賞に選ばれることで実績が増えたりデザイナーとしての箔がついたりするのももちろん嬉しいのですが、それ以上に、実際のユーザーの反応を見られることに魅力を感じました。

これまで「東京手仕事」商品開発プロジェクトで実際に商品化されたもの。オンラインストアのほか、東京都内の商業施設で購入できる
受賞して終わりではなく、むしろ受賞がスタートになる。使われて反応が返ってきて初めてデザインが届いたといえると思うので、このプロジェクトなら本質的なデザインができると考えたんです。
もう一つ興味を持った理由としては、日本のものづくりをきちんと知っておきたいという想いがあったためです。最近は海外のクライアントと仕事をすることも多いのですが、自分の土俵を知らないまま他の国の文化や手仕事に向き合うのは違うだろうと思っていました。
江戸切子という言葉は知っていても、現場でどんなことが行われ、どんな想いで受け継がれているのかなどは中に入らないと見えてこない。リアルな現場の雰囲気や職人さんたちの想いを知り、日本のものづくりへの解像度を上げたいと考え、応募に踏み切りました。
技術的な難しさを逆手に取った、今までにない江戸切子へ
――参加にあたり、数ある事業者のなかから鍋谷グラス工芸社の「江戸切子」に注目したのはなぜでしょうか?
ほぼすべての職人さんの紹介動画に目を通した結果、鍋谷グラス工芸社さんと一緒に取り組むのが最も難易度が高そうだと感じたからです。以前の「東京手仕事」商品開発プロジェクトで、鍋谷グラス工芸社さんは果汁を絞るスクイーザーなど斬新なプロダクトを手がけられていたのですが、今回はそうした変わり種ではなくグラスそのものをデザインしたいと仰っていたので、これはアイデア力が問われるぞと。
グラスの市場は大きく、すでに多くの定番や名品があるため、いかにして先行品と差別化するかが重要だと考えました。一筋縄にはいかないだろうと思いつつ、せっかくなら難しいことに挑戦したい、高いハードルを超えてみたいという気持ちの方が強かったため、鍋谷グラス工芸社さんに提案しようと決めました。
――その後、日本の「提灯」をモチーフにした「CHOCIN GLASS」を製作し、見事東京都知事賞を受賞されました。どのようにアイデアを考えていったのでしょうか?
リサーチを進める中で着目したのが、江戸切子に施された横溝の切り込みでした。江戸切子にはさまざまな文様がありますが、横溝だけで構成されたものはほとんど見当たらなかったんです。さらに調べていくと、横溝は縦溝に比べて技術的にかなり難しいということも見えてきたのですが、だからこそ可能性があるかもしれないとも思いました。
縦溝を一切使わず、敬遠されてきた横溝をあえて前面に押し出したストイックなグラスを作ることができたら、江戸切子に新たな風を吹かせるのではないかと。しかも、横溝はグラスを持ったときの滑りにくさにもつながるため、単なる意匠ではなく道具としても価値が高まる。機能性まで含めて成立できたら、一過性の話題で終わらず今後も使われ続けるものになり得るため、このアイデアは挑む価値があると感じました。

令和6年度 東京都知事賞「CHOCIN GLASS」(有限会社 鍋谷グラス工芸社)、photo by studio ooooo
また、「東京手仕事」は東京、ひいては日本のものづくりを冠したプロジェクトでもあるので、モチーフには日本らしさを宿したいとも考えていました。そんな中、スケッチを重ねていた際に、横溝だけを入れたグラスの輪郭が提灯を半分に割ったような形に見えた瞬間があったんです。古典的な題材でありながら、かたちとしてはかなりモダンにできる。そこで一気にイメージが具体的になりました。
提灯というモチーフを採用したことで目指すべき質感も明確になり、金属のように硬質で均一なものではなく、和紙のような繊細さや有機的な揺らぎを感じさせるものにしようと思いつきました。たしか提案資料には「日本刀のようなイメージ」と書いたと記憶しています。
一見すると静かでシンプルなのに、その奥にはとんでもない技術が詰まっている。日本のさまざまなものづくりに共通するそんな特性を踏襲し、派手に技術を誇示するのではなく、削ぎ落とした先に突き詰められた技術がにじむものを作りたいと思ったんです。

――提案内容を考える上で、宮田さんが大事にされていたことはありましたか?
今回に限らず自分がいつも意識しているのは、クライアントが持っている技術の「ほんの少し先」をご提案することです。そうした提案によってクライアント自身もまだ気づいていなかった可能性を引き出せれば、競合と差別化された新しい技術の取得や新しい文化の出発点が自ずと醸成されると考えています。
とはいえ、ユーザーのニーズから大きく離れてしまうと独りよがりな技術になってしまうので、本質的な「用」を伴った競合との差別化や、文化の出発点を目指すという目的はブレないよう気をつけています。今回もその想いを大切にして取り組みました。
――無事にマッチングが成立した際はどのような想いを持たれましたか?
臆せずに提案して良かったと思いました。正直、横溝だけのグラスなんて無理だと言われてしまうかもしれないという不安もあったのですが、提案の段階で安牌を選んでも仕方ないと思っていたので、その選択は間違っていなかったなと感じました。鍋谷グラス工芸社の職人である鍋谷海斗さんからは、「作れるイメージが一番湧きました」と言っていただけたので、その想いに応えなければと気が引き締まりました。
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