■脳は「創造」ではなく「編集」をしている
「人間の脳は、実はまったく新しいものを生み出すのではなく、編集することが得意である」。倉本さんは、あるとき脳科学に携わっている方にそう伺ったと話しました。つまり人間の脳は経験したことのないものをゼロから想像することはすごく難しいということ。だからこそ、知識ではなく多くの「体験」を取り入れる必要があり、そのために重要になるのが、“アクシデント”だと語ります。偶然の出来事や予期しない発見。それこそが新しいアイデアにつながるのだそうです。
そして、新しい創造につながるようなアクシデントを自分たちの身の回りにたくさん作ることが何より重要なこと。そのアクシデントを観察して、その観察から新しい発見を重ねていくしかないと説明されていました。そのひとつの実践が「アイデアスケッチ禁止」。スケッチを描くのではなくいきなりラフモデルを作って、手を動かしながら考える、ということを倉本さんは重視しています。

倉本さんの事務所の様子
倉本さん「そのほかにも、事務所のスペースをあえて整理整頓しすぎず、過去のプロジェクトの残骸や素材、試作品などが常に誰かしらの目に入る環境を作り出しています。そうすることで次のアイデアのきっかけになることがあるからです。何より人を楽しませること。あそこと仕事したらなぜか楽しい、そう思ってもらえるよう心がけています」。
常に頭を柔らかく、アンテナが広がった状態をいかに保ち続けられるか。普段当たり前に起こっている小さな出来事の中から、いかにクリエイションのきっかけや、次の社会のステップになるような想像につなげられるか。そういう心持ちを常に保持していることがデザイナーにとって何より大事なことだと、倉本さんは力説して締めくくりました。
発想からキャリアデザインまで自由であり続けるために

原田祐馬 デザイナー。UMA/design farm代表、どく社共同代表。京都市立芸術大学客員教授、秋田公立美術大学客員教授、京都精華大学客員教授、名古屋芸術大学デザイン総合研究所ディレクター、花園近鉄ライナーズコミュニケーションディレクター、DESIGNEAST実行委員会などを務める。フィールドワークと現場を大切にし、日本中を移動しながら活動する
■建築学科の学生から美術の現場、そしてデザインの世界へ
フリーターからフリーランスへ、そして現在はデザインスタジオ UMA / design farmを主宰している原田祐馬さん。京都精華大学の建築学科を卒業後、「さらに建築を学びたい」という強い思いからインターメディウム研究所(IMI)7期生として入学します。ところが、そこで出会った現代美術家・椿昇さんのアシスタントとして、さまざまなプロジェクトをサポートすることに。建築からデザインへと軸足を移すきっかけがこの出会いから生まれていきます。
原田さん「バングラデシュで椿さんの仕事をしていたときのことでした。僕と友人の2人で100人にインタビューをして写真を撮ってくる作品制作を行っていて。街をあちこち歩いていく中で、あるお菓子屋さんでは包装用の紙が数学のテスト用紙でした」。

バングラデシュの風景
「また別のお店では、日本だとみかんを入れるメッシュの袋に入れてくれるんです。なぜこれに入れるの?と聞くと、当時のバングラデシュは下水環境が良くなくて、普通のビニール袋だと、適当に捨てられちゃうとそのゴミで排水が詰まってしまうからだと。それを聞いて、人々が環境を受け止めてデザインしていることにすごく面白さを感じたんです。そこで現代美術の世界から徐々にデザインの面白さに目覚めていきました」。

また、そのインタビューをした際には名前のない子どもがいて「じゃあ今ここで名前をつけよう」という出来事があったといいます。原田さんは、それまで自分がまったく知らなかった世界が突如目の前に立ち上がり、メチャクチャだけどなんて面白いんだろうと感動したそう。現場でいろんな人と出会うことで仕事やデザインが生まれるという考えも、このバングラデシュでのフィールドワークをきっかけに芽生えたと、当時を振り返りました。
■自ら現場に飛び込んで、対話とフィールドワークから始まるデザイン
現在、デザインスタジオ UMA / design farm は9名のメンバーとともに活動。その特徴のひとつが、自分の足で現場に向かい、各地を行き来しながら、実際に自分の目で見て、自分の身体で関わってプロジェクトを進めている点にあるといいます。
そして最も大事にしていることが、対話の中でオーダーを一緒に見直していくこと。クライアントから与えられた条件をそのまま受け取るのではなく、対話を通じて本質的な課題を探っていくのだそうです。さらに、手を動かしながら検証するプロセスも重視して、手を動かしながら会議する、ということもよくやっているそうです。こうした点は田嶋さんや倉本さんが語っていたことにも通じる部分であり、デザインの現場において大切な共通の視点と言えるかもしれません。
原田さん「たとえばサケが遡上しているところを見たことがある、という人はこの中にいますか?恐らくあまりいないですよね。じゃあ現場に行って話を聞いてみよう、というようなシンプルなことを繰り返しています。目的があるなしに関わらず、見たことないなら自分たちの目で確かめに行く。それによって何かが始まることがあるからです。小学生たちと一緒に仕事をしてみるとか、支援学校のサイン計画を障がいのある子たちと一緒につくるとか、最近では人間以外の生活環境に興味を持って、タイルの上に鳥にフンをしてもらって、それをデザインにするなんてこともやりました」。

子どもたちと家具を組み立てるワークショップの様子
そう語る原田さんは、とにかく普段やらないことを実際にやってみて、その現場で起きたことや感じたことを一つひとつ確かめ、他者と協働しながら形にしていくプロセス自体がデザインだと言います。デザインは自分の中だけで考えるのではなく、外へ出て他者との関わりの中で生まれ、関係をつくっていくことで育まれていくもの。あのバングラデシュでの経験が、今も原田さんの考えの核になっています。
グラフィックデザインをほぼすべて独学で学び、いわばフリーターからフリーランスになり、現在は会社の代表を務める原田さんのキャリアは王道ではないけれども、こうした「フリー」な道もあるんだよ、ということを指し示すひとつのモデルと言えるのではないでしょうか。
悩めるデザイナーの卵へ、先輩からのアドバイス
3人の講演が終わると、次は質疑応答の時間。この日の参加者は学生の方が多く、デザイナーとして就職するにあたっての不安や悩み、卒業制作の相談などさまざまな質問が投げかけられました。そのうちのひとつ、「組織内で働くデザイナーとして若い頃にやっておくべきことは何ですか?」との質問に、田嶋さん、倉本さん、原田さんは以下のように答えました。

質問をする参加者の一人
田嶋さん「社外プロジェクトへの参加など、社外の承認プロセスや実現するための手段を持っておくことが大事だと思います。あとは自分とは違うタイプの人と出会うこと。そのためには違う分野の方々と関わってみることが大事かなと思います。そうすると自分とは異なるデザインプロセスや、自分と違う存在の仕方もあるということがわかってきます。そうした経験によって、自分自身のアウトプットの幅も広がっていくのではないでしょうか」。
倉本さん「いざ会社に入ってみると、ほとんどの大人は面白くない(笑)。でもたまに学生時代には出会えないようなめちゃくちゃ面白い人がいる。僕にとっては先日亡くなった黒崎輝男さんという、インテリアブランド「IDEE」を立ち上げた人。そういう面白い大人に出会えたらラッキー。面白い人のところには面白い人が集まってくるし、人が集まるとプロジェクトが生まれ、そこで経済が回り出す。だからやっぱり面白いところに出向いて、面白い人と出会うことですね」。
原田さん「例えばこのニューホープ賞という場所自体もそうです。賞に応募して、受賞して、あるいは受賞しなくても、こうして同じ志を持った若い人たちが集まっている。今日たまたま横にいる人こそが、もしかしたら将来、親友でライバルになる人かもしれない。そういう機会や縁を大事にするといいんじゃないかなと思います」。

多様なデザイナーのキャリアに触れる貴重な機会に
セミナー終了後、参加された方の中から24歳の男子学生にお話をうかがいました。大学でインダストリアル系のデザインを専攻し、3月には大学院を卒業して4月からデザイナーとして就職が決まっていると言います。セミナー中も熱心にメモを取っていた彼は、自分が今後どうやって働いていくのかを考えるきっかけにしたいとの考えから参加をしたのだとか。
「最初は会社組織の中で仕事についていくだけでいっぱいいっぱいになるだろうけど、10年20年ぐらいの長いスパンの中で、自分のやりたいことやキャリアを考えてみてもいいと思えたことが何よりの収穫でした」と語っていました。
今回のセミナーは、新しい世代のデザイナーとその活動を支援する取り組みとして、応募者や受賞者だけではなく、デザイン分野でのキャリアを考えている方々や賞への応募を検討している方々に向けて、広く開かれました。
3人の先駆者たちの経験や自由なキャリアデザインの中から、自分に合った道を模索し、参考にしてもらうことで、参加した若者たち自身のためのみならずデザイン業界全体の活性化につながるものになったのではないでしょうか。もしかしたら将来、この中から次なるトップデザイナーが誕生するかもしれません。そんな可能性を感じるイベントとなりました。

セミナー終了後、登壇者と参加者が交流する様子も

文:松島直哉・石倉佳奈、撮影:福森クニヒロ、編集:萩原あとり(JDN)
https://newhope.g-mark.org/
応募期間:2026年3月25日(水)~8月17日(月)まで
募集内容:応募者が在学中に独自に創作した作品で、2026年10月30日の受賞発表日に公表できるもの。各種権利の侵害がなく、関係教育機関や企業などとの間で応募に関して支障がないことを確認できたもの
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