ミラノデザインウィークを象徴するプラットフォーム「ALCOVA 2026」、日本人デザイナーたちの活躍

ミラノデザインウィークを象徴するプラットフォーム「ALCOVA 2026」、日本人デザイナーたちの活躍

2018年に創設された「ALCOVA(アルコヴァ)」は、キュレーター、クリエイティブコンサルタントのバレンティーナ・チュッフィと、建築家、キュレーター、エディターであるジョセフ・グリマによって設立された、デザインの最前線を紹介する革新的なプラットフォーム。

特定の拠点を持たない「ノマディック(遊牧民的)」なスタイルが特徴で、毎年ミラノ市内の歴史的な廃墟や工場跡地、軍病院跡地といった通常は非公開の場所を会場に選び、デザインと建築が対話する刺激的な空間を作り出している。

バッジョ軍病院跡地の会場(photo:Luigi Fiano e Ardesia)

11回目を迎えた2026年度は、ミラノ市内の2カ所で開催された。1つは、かつて軍病院として使用されていた広大な「バッジョ軍病院跡地」、もう一つは、イタリア合理主義建築の巨匠フランコ・アルビニが設計し、今回初めて一般公開された私邸「ヴィラ・ペスタリーニ」だ。

小さな邸宅のためヴィラ・ペスタリーニでは人数制限が行われていた(photo:Luigi Fiano e Ardesia)

今年は「再発見と実験」をテーマに掲げ、131の出展者が参加した。軍病院跡地では、礼拝堂など未公開だった空間も新たに開放され、没入型のインスタレーションやナイトクラブなど、大規模なサイトスペシフィックな展示が展開された。

一方、ヴィラ・ペスタリーニでは、アルビニの遺産と現代デザインが呼応するより親密で洗練された展示が行われた。本記事では、今年のALCOVAに出展した、日本のブランド・日本のデザイナーについて紹介する。

最小要素がもたらす造形の変化。小関隆一が「記号」から再構築するプロダクトの姿

ALCOVAへの出展は5回目というプロダクトデザイナー・小関隆一は、新作の椅子と照明を発表した。会場は、私邸ヴィラ・ペスタリーニ。軍事病院と比べるとスペースが限られているため、厳選された作品が並ぶ印象があった。

照明「Chevron」(photo:Shunsuke Watanabe)

今年の展示の起点となったのは、「( )」や「>」といったシンプルな「記号」の形態。平面の素材を折る、曲げるといった原始的な操作を加えることで、構造体としての機能を獲得させる試みである。バイブレーション仕上げされた1mm厚のステンレスを直線的に曲げて構成された照明「Chevron」や、曲面の組み合わせで生まれた椅子「Parens」は、ミニマルな印象を与えながらも、見る角度によって複雑な表情を見せる。

照明「Chevron」photo: Shunsuke Watanabe

記号という抽象的な概念を、物理的なプロダクトへと昇華させている。あえて工業的な再現性を考慮しながら、最小限の要素で豊かなディテールを生み出すという実験的なアプローチは、歴史的な合理主義建築の空間とも共鳴していた。

SPREADが提示する、風景に溶け込み境界を問い直す色彩の力

今回はバッジョ軍病院跡地の草木豊かな屋外スペースが舞台。「Colored Boundaries」(photo:Ooki Jingu)

色彩を用いた情動的なインスタレーションを展開してきた小林弘和と山田春奈によるクリエイティブユニット「SPREAD」。彼らもALCOVAでの出展は3回目となる。

今回の展示のメインは、鮮やかな色彩で境界を視覚化する「Colored Boundary」だ。約1,000m2もの広大な自然環境のなかに、色彩の幾重ものドレープを出現させることで、内と外、自分と他者といった「境界」のあり方を問い直すランドスケープを創出した。パンデミック下の2021年にも同会場で展示をした彼らにとって、ここは非常に思い入れのある場所だったという。

Colored Boundaries(photo:Ooki Jingu)

また、燕三条で制作した「Boundary Stool/Table」も同時に展示。何年もミラノで展示しているが、初めてのプロダクト作品を展示したという。鏡面仕上げの金属が周囲の草花を映し出し、その場所に溶け込む様子は「Colored Boundaries」とは違った「境界」を作り出していた。

Boundary Stool /Table(photo:Ooki Jingu)

会場には絶え間なく来場者が訪れ、自然光に照らされた色彩が織りなされ、作品と環境が溶け合う不思議な視覚体験に、多くの人が足を止めた。

アスファルトが繋ぐ記憶と素材。小泉創が提示する、歴史を媒介する家具の姿

会場はバッジョ軍事病院内の元修道院の一室(photo:Yuta Sawamura)

空間や家具、オブジェクトなど多岐にわたる領域で活動するデザイナー・小泉創は、新作の家具コレクション「As」を発表した。

Chair(photo:Yuta Sawamura)

古くから道路舗装の接着剤や防水材料として用いられてきた「アスファルト」を、異素材を結びつける現代的な媒介として再解釈した試み。縄文時代の石鏃(せきぞく)の接合にも使われていたという歴史的背景に着目し、アスファルトの持つ「接着」と「充填」の機能を活用している。異なる素材を一体化させ、一つの家具へと昇華させた。

荒々しくも独特の質感を持つアスファルトと、緻密に構成された素材の対比が、プロダクトに唯一無二の存在感を与えた。

写真右から「Lighting」「Stool」(photo:Yuta Sawamura)

「As」ではチェア、スツール、サイドテーブル、ライトを展開している。時の流れが止まったかのような修道院と、太古の記憶を宿した作品が共鳴する心地よい空間が生まれていた。見慣れた道路資材が繊細な造形へと変換された驚きは、アスファルトの新たな可能性を感じさせた。

「余剰」を繋ぎ、共生の形を問う。AtMaが提案する新たな接続のシステム

会場はヴィラ・ペスタリーニの地下(photo:Shunsuke Watanabe)

空間デザインを軸に活動するクリエイティブユニットAtMaは、プロジェクト「SUR+PLUS」の新作を発表した。

彼らは昨年のALCOVAで、ボーエ・モーエンセンの「J39」を解体し新たなプロダクトへと拡張する「J-39.5」を発表し大きな反響を呼んでいる。今回の「SUR+PLUS」は、「J-39.5」と同じくアップサイクルの文脈をもつ作品で、建築や製造現場でリスク管理から生まれる余剰材を「生産構造に内在するもの」と捉え直すプロジェクト。

大理石、カーペット、木材などの端材を、独自に開発したジョイントでつないで椅子へと再生させている。

大理石の端材をつなぎ合わせて生まれた椅子(photo: Shunsuke Watanabe)

昨年、清澄白河のgallery topsoでこの大理石のシリーズを発表していたが、今回はそこにタイルやカーペットなど多様な素材が加わった。少し小さなスケール感と、どれも異なる素材とかたちの組み合わせが愛らしく、どこかキャラクターのようでもある。

大理石のほかにカーペットなどの素材も組み合わせた(photo:Shunsuke Watanabe)

歴史的な建築空間と異素材が織りなす空間に多くの来場者が足を止めていた。アップサイクルの新たな選択肢としての可能性を秘めている、実験的なアプローチだった。

固定化された役割を「変容」させる。藤咲潤が問い直す家庭と社会の境界線

オランダのアイントホーフェンを拠点に活動する藤咲潤は、建築のバックグラウンドを持ち、インテリアやプロダクトを提案するデザイナーだ。坂茂建築設計での実務経験を経て、2025年、デザイン・アカデミー・アイントホーフェンの修士課程コンテクスチュアル・デザインを修了した。現在もオランダを拠点に活動している。

さまざまな家具へと変形できる「Transcenders」(photo:Carlfried Verwaayen)

藤咲の作品は、同校の学生や卒業生が名を連ねる「デザイン・アカデミー・アイントホーフェン」の展示エリアで発表された。昨年、修士課程の修了制作で発表したという「Transcenders」は、日本の家庭に根付く家父長制や性別役割分担を、日用品の「変形」を通して批判的に描き出すプロジェクトだ。

椅子からアイロン台へとトランスフォームするユニークな作品(photo:Nam Seung Rok)

展示されたのは、家庭的な「パイン材」と工業的な「アルミニウム」が混在するハイブリッドな家具群だ。箒がブリーフケースに、キャビネットがデスクに、そしてアイロン台がオフィスチェアへと姿を変える。これらは戦後の「家を守る女性」と「外で働く男性」というステレオタイプを象徴する道具を物理的に接続し、その境界がいかに流動的で分かちがたいものであるかを提示しているという。

会場では、玩具のような変形機構の面白さに惹かれて足を止める来場者が多く見られた。日々の道具でありながら深いメッセージが込められたプロダクトは、使う人の行為を通して完成するアートとも言えるだろう。

親密な対話が紡ぐ「住まいの風景」。Bureau Parsoが提示する、感性で繋がるクリエイション

入り口の上部にはLeo Kodaの時計も(photo:S.M.L.)

オランダを拠点とするデザイナーが集まった「Bureau Parso」は、バッジョ軍事病院跡地の一角でグループ展を開催。デザイン・アカデミー・アイントホーフェン出身のデザイナーたちが中心となり、フランス、韓国、オランダという多文化な背景を持つメンバーで構成されている。

左下にSho Otaのスツール、左の壁にはコートハンガーがある(photo:S.M.L.)

日本人のSho OtaとLeo Koda(レオ・コウダ)も参加。アイントホーフェンを拠点とするSho Otaは、木という素材が持つ本来の姿をプロダクトに落とし込む作風で知られる。会場にはスツール、トレイ、コートハンガーなどを展示。

photo:S.M.L.

一方、2022年にスイスのECALを卒業し、同じくオランダを拠点に活動するKodaは、3Dプリントした素材を、染料インクの入ったお湯で茹でて膨らませるという独自の手法のプロダクト「In Fill Out」を展示。トレイとウォールクロックを展示していた。

無機質な軍病院の空間を、ダイニングとリビングが融合した「家庭的な環境」へと変容させるという展示で、さまざまなテイストのプロダクトを上手くスタイリングしている。病室を彷彿とさせるアイテムがところどころにあるのも印象的だった。

老舗ノリタケとミケーレ・デ・ルッキが提示する「食の作法」。フェイ・トゥーグッドとの新作も発表

バッジョ軍病院跡地の1階の広いスペースで展示(photo:Taran Wilkhu)

1904年創立の日本を代表する陶磁器ブランド「ノリタケ」は昨年に続き2回目の出展。

2024年から始まった「Noritake Design Collection」の新作が中心で、特に注目したいのが、イタリアデザイン界の巨匠ミケーレ・デ・ルッキ率いるAMDL CIRCLEと、ミラノのイタリア現代料理の名店「Aimo e Nadia」との共創による新作のテーブルウェア「LANDSCAPE」。形や角度の異なるピースを組み合わせるモジュール式の皿で、食卓に「小さな風景」を創り出し、現代の新たな食のリチュアルを再定義している。

ミケーレ・デ・ルッキによる「LANDSCAPE」(photo:Taran Wilkhu)

また、昨年から続くフェイ・トゥーグッドとのコラボレーションも順調だ。ノリタケ本社の歴史的遺構から着想を得た新作「KILN(キルン)」は、力強い幾何学的な造形が特徴。

フェイ・トゥーグッドによる「KILN」(photo:Taran Wilkhu)

会場では絵付けが行われていた(photo: Taran Wilkhu)

会場では、マスターペインターによるライブデモンストレーションも実施された。職人の至高の技と現代デザインが融合するプロセスを間近で見守る来場者の姿が絶えず、ノリタケの変革とものづくりの真髄を多角的に伝える展示となった。

今後のALCOVAはどうなる?

今年のALCOVAには会期中の7日間で世界中から7万人を超える来場者が訪れたという。フォーリサローネの会場でこれだけの来場者数を誇るコレクティブな場所は類を見ない。

トークイベントの様子(photo:Luigi Fiano e Ardesia)

今年は常連のデザイナーや企業の展示も増え、正直なところ去年やそれ以前と既視感を覚えた作品も多数あった。まだ知られていない、またはアップカミングなデザイナーたちを知る場としても定評があったが、そういった場からは徐々に変化しているのかもしれない。しかし作品のクオリティの高さや、サイトスペシフィックな表現ができる場としては引き続き来年も期待できるだろう。

美しいヴィラ・ペスタリーニの階段とガラスブロックの壁面。photo: Luigi Fiano e Ardesia

また、2027年2月にはメキシコシティでの開催も決定し、世界へと広がる勢いを見せている。ヨーロッパとは違った文化背景での展示に多くの人が期待を寄せている。

取材・文:井上倫子 編集:石田織座(JDN)