宮田識×西澤明洋が語り合う、多様性の「根」をみつけるためのブランディングデザイン ー 第9回「みんなでクリエイティブナイト」

宮田識×西澤明洋が語り合う、多様性の「根」をみつけるためのブランディングデザイン ー 第9回「みんなでクリエイティブナイト」

キリン「生茶」のブランディングを振り返る

西澤:次は僕にとっては少し耳が痛い質問なんですが、あえてお聞きしますね。

Q.宮田さんと西澤さん同じクライアント、生茶のお仕事をされています。ここでしか聞けないぶっちゃけトークがあればお聞きしたいです。

なかなかいい球を投げてくる方がいますね(笑)。エイトブランディングデザインにとっては3年目にいただいたお仕事です。COEDOビールやnana’s green teaでの仕事を目に留めていただいた、キリンビバレッジの当時部長の方にお声がけいただいて、はじめはコンペだったんですが、当時からコンペの仕事はお断りしていることをお話ししたら、ありがたく特命でブランディングデザインのお仕事をいただきました。

当時の状況についてお話しすると、もともと生茶はペットボトルの緑茶飲料では二番手で、一番手は伊藤園さんの「お〜いお茶」でした。「お〜いお茶」は市場をつくったプレーヤーであり、大ブランドです。それに対してキリンさんは、「現代緑茶」というおもしろいポジションで挑まれていたんですね。

「生茶」の名前の由来は、生茶葉抽出物なんですが、普通の緑茶というのは摘まれたお茶っぱを製茶して、お湯を入れて飲みます。それに対してキリンさんは、生の葉を絞ったエキスを入れる手法からつくり出して、甘みのある新しい「現代緑茶」をつくりました。

ただ、時が経つにつれて、サントリーさんが「伊右衛門」という強力なブランドをぶつけてこられて、スタンダートなお茶としての「お〜いお茶」と、「伊右衛門」という古典的な緑茶というスキームが生まれたことで、市場がぐらついたんです。生茶も当時相当影響されていて、現代緑茶という当初のコンセプトが揺らいでいた。そこで僕らは、もう一度現代緑茶に回帰するという仕事を担当させていただきました。

エイトブランディングデザインが手がけた「生茶」リニューアル

4年間担当させていただいたんですが、「現代緑茶」というコンセプトにふさわしい表現を考えさせていただきました。その後担当部長が変わられたことで、「次からコンペでお願いします」というお話になり、僕らとしてはそのタイミングでプロジェクトをお断りさせていただいた経緯があります。

僕らが担当したのは2012年までで、宮田さんは2014年から担当されていますね。当時の状況はどうでしたか?

宮田:僕としては、商品そのものから変えないとダメだよと、社長をはじめとする幹部の方がいる中で、そんな話をさせていただきました。すべて変えてもいいんだったらやるけれど、中途半端なら辞めましょうと、最初からそう言った。

以前僕はお茶の仕事をしたことがあったので、お茶というものがどういうものかは少しはわかっていたので、あるべきお茶の姿が頭の中にあった。お茶というのは、茶葉が美味しくないとどうしたって美味しくならないんだよね。だから、原料単価の設定を倍にしたかった。その代わりに、1枚の葉っぱから取れる量を増やすために、1ミクロンの大きさにまで砕く必要があった。抹茶と同じようにね。

抹茶の場合は石臼で挽いていくんだけど、2、3ミクロンのバラつきがあるんですよ。抹茶だったらそれでいいかもしれないけれど、ペットボトルでは味を安定させないといけない。そこから、まずは1ミクロンに粉砕して味見をしてみたんだけど、めちゃくちゃ濃くて飲めたもんじゃなかった。でも、小さくなった茶葉がぶつかることで油分が出て、牛乳みたいな味と香りになるんですよね。そこから3、4ミクロンと試していって、結果的に平均5ミクロンになるようにつくっていった。

西澤:味と製法から変えていったんですね。

宮田:そうしないと、この業界では勝負にならないんじゃないかと。

ドラフトが手がけた「生茶」リニューアル

西澤:正直、僕らとしてはやられたなと思いましたね。生茶は大きく変わったなと思いました。

僕らはブランディングデザインを専門職としてやっている中で、MCC(マネジメント・コミュニケーション・コンテンツ)の3階層で強みを分析しているんですが、上位階層に強みをつくればつくるほど、ブランドはよくなると考えています。宮田さんの仕事は、コンテンツのレベルでも上位階層にまで入り込んでいて、味だけではなく、製法や原料までデザインされているんですね。

エイトブランディングデザインが実践する「ブランディングデザインの3階層®︎」

当時の僕らは必死にオリエンを聞き、現状の生茶を分析して、本来の路線である「現代緑茶」に回帰していくブランディングを、コミュニケーションレベルで取り組んだんですが、独立して3、4年目だったので、そこまで入り込むことができませんでしたね。今回比較してみると、宮田さんの方法はMCCの枠組みにおけるコンテンツの上位階層で、経営に近い判断ですよね。仕入れや製法にまでデザイナーが口を出しているわけですから。

さらにすばらしいのが、そういった前提があってこそのデザインになっているところで。中身を変えずにこのデザインになったとしたら、表現としても大きく変わっていますし、奇をてらったデザインになりかねない。でも、製法の部分までをリニューアルした前提があるので、生茶の本筋からはずれていない。

僕はブランディングデザインの仕事を、その企業の「デザイン部長」のつもりで取り組んでいるんですが、宮田さんはもはやデザイン社長というか、経営に近いですよね。そういった感覚は仕事をしながらありましたか?

宮田:どうかな。自分が嫌なことをやらないだけだけどね。

西澤:かなり入り込んで意見を言わないとこれはできないですよね。すごく信頼されているなと思うんです。

宮田:本当の意味で一緒に組んで仕事をしている感覚になるためには、社長や部長、専務クラスの人と仕事をするんじゃなくて、若い人たちと仕事をしていかないと。課長クラスの人なら、自分の上も下も見ているわけだし、国内外の状況や、将来のことも考えている。そういった現場のリーダーを相手に仕事をしていくことが、請け負う場合のやり方かな。

西澤:なるほど、そこに寄り添っていくんですね。

デザインを通して、多様性の「根」を見つけていく

Q.これからのデザインで最も大切にすべきことはなんでしょうか?

西澤:大きな質問が来ていますが、宮田さんにはぶつけてみたいなと思いまして、どうですか?

宮田:それは、デザインをしていく中で見つけていくんじゃないかな。デザイナーでやっていくと決めたんだったらね。自分のやりたいことをはじめたわけだから、その中でなにを見つけていくかだと思う。

西澤:それは、デザイナーとして考え続けなさいということですかね。

宮田:そう、死ぬまでね。社会はどんどん変わるんだから。いまデザイナーの仕事は減ってきているし、商品にとってなにが効果的なのかという答えがない。

1995年か1996年くらいから、社会は変わったと思う。バブルが終わって少し経った時期に、ホールディングスの時代になったことで、株主が最も重要になった。株さえ上がれば稼げる時代になった。あれから30年近く経ったけど、その間に伸びたのは株主だけだよね。株券だけどんどん伸びるけれど、みんなの生活は変わらないし、給料も、会社の利益も変わらない。こんなになにも変化していない国はないと思う。

だから、株主からすると3、4年もかかるブランディングの仕事は嫌がられる。株を買っちゃったんだし、すぐに稼いでくれよと。その結果、研究所というものがどんどんなくなっている。新しものをつくり出すことや、開発すること、seedをつくり出すことが、社会からどんどんなくなっていってしまっている。これじゃ、日本から新しいものが生まれてこない。

西澤:株といった抽象的なものによって、根っこのあるものがなくなってしまっていますよね。

デザインは、根っこをみにいく商売じゃないですか。儲かる、儲からないの前に、どうあるべきかという本質を考える。僕らの世代も、若い世代も、これからそんなことを考えていく時代なんじゃないかなと思いますね。

ずっと話を聞いていたいところですが、最後に恒例の質問で締めくくりたいと思います。宮田さんにとってのブランディングとはなんでしょうか。

宮田:ブランディングは、多様性であり、生態系。同じ土地にいろんな草が生えていて、お互い生きている状態をつくること。そこにいるみんな、花が咲くようにがんばっている。それぞれがいい顔をしてて、そこに蝶々や鳥がやってくるような、ステークホルダーにとってお互いが幸せな、そんな世界をつくること。一言で言うと、そうじゃないかな。

西澤:最後にふさわしい言葉をいただきました。今夜はありがとうございました!

ブランディングとデザインの関係や可能性を考える〈みんなでクリエイティブナイトvol.9〉

写真:松田瞳(エイトブランディングデザイン) 文:堀合俊博(JDN)