住空間とアートの出会いを演出するアーバネットコーポレーションが、2001年から実施している学生限定の立体アートコンペ「ART MEETS ARCHITECTURE COMPETITION(以下、AAC)」。
同社が自社開発した新築マンションのエントランスホールに立体アート作品を常設するというもので、大賞作品は買い上げられ、恒久的に設置される。若手芸術家の発掘・支援・育成の機会として社会的にも意義のある同コンペについて、2024年10月4日に開催された最終審査会を取材した。
AACは大学で建築を学び、マンション設計を仕事としていた服部信治さん(現・代表取締役会長兼CEO)が、「機能性や利便性だけでなく、遊びやゆとりのある空間を提供したい」との思いで2004年にスタート。美術大学卒業後も彫刻制作を続けるのが難しい昨今、「学生にもチャンスを提供したい」と年に1回開催されている。
今回の作品設置場所は、東京都品川区戸越の新築マンションのエントランスホール。幅2m×奥行90㎝×高さ2mの展示スペースに収まる立体作品で、重量は台座置きで約100kg以下、壁付けでは約30kg以下という条件で募集された。
審査員は鈴木芳雄さん(編集者・美術ジャーナリスト)、三沢厚彦さん(彫刻家)、藪前知子さん(東京現代美術館学芸員)、服部信治会長の4名だ。
今回は122点の応募があり、一次審査で入賞3点、入選8点が決定した。入賞して最終審査に進んだのは、富山ガラス造形研究所 研究科2年の遠藤由季子さんによる「黎明の途」、東京藝術大学大学院美術研究科 工芸専攻 研究生の中居瑞菜子さんによる「Be yourself」、大阪芸術大学大学院 芸術制作 工芸領域ガラス工芸専攻の三原航大さんによる「方舟」の3点だ。
AACでは実際に制作した作品で最終審査を行う。入賞者3名には制作補助金20万円が支給され、AAC事務局からの講評や助言を受けて約2カ月間で制作。最終審査会では、マンションのエントランス空間に作品を仮置きしてプレゼンテーションが行われた。
流れる日々を予感させるガラス作品―遠藤由季子「黎明の途」
富山ガラス造形研究所でガラス工芸を追求している遠藤由季子さんは、ゆっくりと花開いていくような動きの軌跡とその余韻を持つガラス作品を制作。居住者のこれからの暮らしをイメージし、受賞時のプランからランダムに流れるような形に発展し、タイトルも変更した。
「ブラウンを基調とした空間に工業用板ガラスの薄緑色が映え、鉱物や水滴を思わせるガラスの表情が建物にいながらにして自然の風情を感じさせると思います。癒しとダイナミックな刺激を感じていただければ嬉しいです」と、語った。
ガラスでは通常タブーとされる「クラック(ひび)」をあえて入れているのが作品の特徴だ。まずガラスの塊を石膏型に入れて電気炉で鋳造した後、型からガラスを取り出す。ガラスの性質を用いた方法でひびをガラス全体に入れた後、再び電気炉に入れ、ひびを起点とした熱と重力による変形を促す。さらに粒ガラスを加工するなど、幾重にも工程を重ねている。
AAC提供の製作費を活用し、重量のある作品を壁に掛けるための金具や、金具とガラス作品との接着剤に、高価な海外製品を用いて強度を保つことも可能にした。
審査員から青板ガラスを使用した理由を聞かれると、「熱や空気に触れると透明度が下がり、通常のガラスのように均一にならず、一つ一つ表情が出るため」と答えた遠藤さん。審査員からはほかに、設置時の高さやライティング、メンテナンスについての提案もあった。
「自分らしさ」を漆作品に込めてー中居瑞菜子「Be yourself」
一昨年の「AAC2022」で入賞した中居瑞菜子さんは、思いきり自分らしい漆作品を作ろうと再挑戦。「居住者の方々が、固定観念にとらわれず、自分らしく毎日を過ごせるよう、植物をモチーフに生き生きとした色と形を追求しました」と、話した。
スタイロフォームという素材で原型をつくり、原型に麻布を漆で貼り重ねて強度を出す。漆を塗っては研ぐという工程を繰り返し、さらに色漆を塗って研ぎ、磨いて完成させた。漆はこの「塗り」と「研ぎ」が重要で、そこに神秘的な生命力が宿る。
審査員から花の下の赤色を配色したことについて質問されると、「漆は赤と黒が最も美しく、本来の良さが出ると思っています」と、答えた中居さん。また、漆の経年変化について聞かれると、「漆は塗ってから時間が経つと色が変わるので、1年くらいかけて変化した色も楽しめると思います」と、発想の転換を示した。
エントランスの形状と光のデザインにも合い、「台座や彫刻を置く位置や角度で印象が変わる」と審査員たちも見る角度を変えながら確認していた。
過去の記憶と未来をガラスで表現―三原航大「方舟」
まずマンションが建つ地域についてリサーチした三原航大さん。「近くの戸越銀座は、関東大震災で被災した銀座から、処分に困っていたレンガを受け入れて水はけの悪い商店街に敷き詰めたことからその名がついたそうです。多くの人が協力して災禍を乗り越え、成長と発展を遂げた歴史を作品に込めました」と、プレゼンした。
舟形の天板の上部はたくましく成長し続ける「未来」を、下部には人々の思いが蓄積された「過去」をイメージ。街並みの造形は弁柄(酸化鉄が含まれた天然顔料で、独特の赤い色合いが出る)で着彩し、遺物のような風合いを施した。
制作は、電気炉の中に石膏型を設置し、型の中にガラスを置いて焼成・鋳造を行う技法「キルンキャスト」を駆使した。さらに下部には、あらかじめ鋳込み型の内側に同素材で制作した彫刻を設置、その中にガラスを鋳造して彫刻を閉じ込める「インサイドモールド」という技法にも挑戦した。
審査員から「弁柄の色が黒っぽく見えるし、水平に見ると色が見えないのがもったいない」として、照明を台座の後方から当ててみる場面もあった。「台から30cmほど上げて浮遊感を出してみては」など、コンセプトをよりよく伝える技法や設置法について意見や提案が交わされた。