「複製画」と聞くと、美術館などに飾られる作品のイメージが強いですが、「Art Touch」が提案するのは、「もっと身近で、暮らしに溶け込み、『Touch=触れる』アート」です。多様なアーティストとコラボレーションを重ねており、第3弾が6月10日より販売開始。商品展開は、アートポスターやポストカードなどがラインナップされています。
この「Art Touch」はどのようにして生まれるのか?プロジェクトのプロデューサーであるデザインフィルの髙橋知可さんに、制作の裏側や印刷現場での熱量、そしてアートを身近に楽しむためのこだわりについてお話をうかがいました。
紙製品を作り続けてきた文具メーカーが考えるアート
――まずは「Art Touch」というプロジェクトを始めたきっかけを教えてください。
日本橋髙島屋S.C.店内にある「TOUCH & FLOW」の店舗に小さなギャラリーを併設していて、月に1人、あるいは2週間に1人といったペースでさまざまなアーティストの方の個展を開催し、作品の販売も一緒に行っています。
ギャラリーでのこうした試みはお客さまからも好評をいただいており、この活動の今後の広がりを考えた時、デザインフィルならではの「アート」を扱うことが浮かびました。

「TOUCH & FLOW」日本橋髙島屋S.C.店
ギャラリーでは原画も販売しますが、より多くの方に届けようとすると、いわゆる「複製画」という形になります。しかし、ただ通常の複製画を作るだけではデザインフィルらしくないと感じていました。長年、「デザインと紙」をテーマにクリエイティブの現場で培ってきた紙のノウハウや印刷・加工の技術を活かして、ほかではできない、単なる複製画とは違うものを作ろうと考えました。
「Art Touch」の立ち上げ当初は、アーティストとのコラボレーションによるポストカードを制作していました。その後、ステーショナリーにとどまらない新たな可能性を模索する中で、選び抜いた日本の紙と、熟練の職人による製版技術、そして最先端の高精細プリントを融合した箔や透明樹脂による盛り上げ加飾、活版印刷と箔の組み合わせなどで、原画とは異なる新たな魅力を引き出せないかと考えたんです。「Art Touch」では、こうした活動を「Creative Works Print(クリエイティブワークスプリント)」と呼んでいます。

第2弾の日本画家・古田和子さんの『アートポスター』「モーメント」(部分)
一目惚れから数年越しに実現したコラボレーション
――第3弾となる今回はアーティストのこうのかなえさんですね。
はい。第1弾、第2弾の作家は日本画の方でしたが、第3弾のこうのさんはこれまでと雰囲気が違った、竹ペンを使って絵を描くアーティストです。竹のしなりによって独特の力強い線が魅力だと感じています。

こうのかなえさんの原画「黄色い鳥」。2026年7月7日まで「TOUCH & FLOW」日本橋髙島屋S.C.店にて開催されている、こうのかなえ 個展「昨日の風と、明日の色」にて撮影
実は、「Art Touch」が立ち上がる少し前に、植物を売っているお店の一角にあるギャラリーで、こうのさんの絵に出会ったんです。絵を見て「なんて素敵なんだろう、かっこいいな」と一目惚れしてしまって、そこに置いてあったDMを大切に持って帰りました(笑)。
いつかこの方と一緒にお仕事をしたいと思い続け、温めていたんです。そして今回、第3弾のタイミングで連絡を取りました。
現場で作り上げる「Creative Works Print」の神髄
――実際の作品を拝見すると、原画の力強さに加えて、印刷加工によるキラキラとした立体感が目を引きます。加工プロセスはどのように進めているのでしょうか?
「Art Touch」という名前には、「心に触れる」という意味や、実際に「触って質感を確かめてほしい」という意味が込められています。第3弾ともなると、これまでの経験を活かして、かなり凝った加工を施すことができました。
今回の作品「Merry-go-round」のしっぽや星などは、白インクの上からニスを重ね、濃度を調整しながら立体感を出しています。作品「フクロウ」では、羽の一枚一枚に違う加工を施したり、原画にはない金の箔を入れたりしています。原画そのものが力強いので、金を入れてもまったく負けないんです。

第3弾こうのかなえさんの『アートポスター』「Merry-go-round」

「Merry-go-round」(部分)
――印刷加工を行う方とのやり取りは、どのように進められるのですか?
特殊印刷を手がける工場の方とは、現場で2〜3時間かけて打ち合わせをしています。工場のオペレーターはものすごくプロフェッショナルで、高度なテクニックを持っています。「ここをこういう風にしたい」と伝えると、「だったらこういう順番でやった方がいい」「ニスの盛り加減を微調整すると作品の表情がこのように変わる」と、具体的な解決策を教えていただけるんです。

第3弾こうのかなえさんの『アートポスター』「フクロウ」(部分)
第3弾ともなると、オペレーターの方も私の意図を汲んでくれて、私が指示していないところでも「ここのキラキラを出すには点々がいいと思って」など、自発的に表現を提案してくれるんです。プロフェッショナルな方々が、積極的に最高のアートを作り上げようとしてくれています。
――現場でのコミュニケーションが作品のクオリティに直結しているんですね。作家さんとの調整はいかがでしたか?
作家さんは自身の作品に強い思いを込めて制作しているので、そこに別の加工を加えることに戸惑う方もいます。なので、最初にしっかりとコミュニケーションを取り、「原画をそのまま複製するのではなく、新たなアートを作っていくプロジェクトです」と理解を求めた上で進めています。
今回のこうのさんは一緒に楽しんでくれていました。「髙橋さんの感性にお任せします」と言っていただき、工場にも一緒に来てくれたんです。ご自身の作品の仕上がりを見て、たくさん写真を撮って「かっこいい!すごい!」と大絶賛していましたね。

工場での様子。手前が髙橋さん、奥がこうのさん
アートポスターは、製版を行わない無製版のデジタル印刷で作っています。ベースとなる色はRGB分解で発色良く印刷し、その上に加工を施します。機械で試し刷りを出してみて、「あ、ちょっとニスの盛りが多いな」と思ったら、その場ですぐにデータを修正して、また出力してもらうことができます。
10分もかからないくらいでサンプルが出てくるので、作家さんもそのスピードにびっくりされていました。一度に出力するのも何十枚という小ロットだからこそ、1枚1枚手刷り感覚で、現場でベストなものを作り上げていくことができるんです。
妥協を許さない紙の選定と、職人技が光る活版印刷
――使用している紙や印刷技術にも、並々ならぬこだわりを感じますね。
ポスターでは、インクジェット印刷を使っています。作品「はぐくみの鳥」は絵自体に力強さがあるので、本革のようなテクスチャーのある紙「クロコGA」を選びました。予想外に黒の表情が出て、面白い仕上がりになりました。
さらに、今回はインクジェットのポスターにも初めてニスをかけています。透明感を演出したり、水彩のようなニュアンスを出したりと、これまでにない表現ができました。

第3弾こうのかなえさんの『アートポスター』「はぐくみの鳥」(部分)
ニスや箔を綺麗に定着させるためには、通常は表面が平滑な塗工紙(コート紙)でなければならないというセオリーがあります。しかし、昔からお付き合いのある紙の専門家に相談したところ、「この紙なら表面の層の平滑性が高いから、これならニスが乗るよ」と提案してくれたんです。
長年培ってきたネットワークによって、紙の選定から印刷の乗り方まで、さまざまなアドバイスや協力で形にすることができています。
――活版印刷の作品もあるそうですね。
作風を見て活版が似合うと思ったので、A4サイズのポスター「青い鳥」「黄色い鳥」はデザインフィルの流山工場で活版印刷を行いました。活版印刷は、線の見当を合わせるのが本当に大変なんです。私が「もうこのくらいで大丈夫だよ」と言っても、工場の職人がこだわって何度も何度も微調整を繰り返し、最終的にバチッと完璧に線を合わせてくれました。

印刷に細かなズレがないか、確認している様子
そのほかにも、墨の面積が大きいので、インクの盛り方や圧のかけ方など繊細な調整が必要でしたが、一番のベテラン職人が誇りを持って担当してくれたおかげで、本当に素晴らしい仕上がりになりました。見事な職人技です。
これだけの手間をかける技術は、デザインフィルの大量生産のステーショナリー製品ではまったくコストが合わず、やってみたいと思っていてもなかなか実現できなかったんです。だからこそ、この技術を「Art Touch」で使うことで、ほかにはない価値を生み出していると思います。現場のみなさんも「普段できない面白い仕事ができる」とやりがいを感じてくれて、本当に楽しそうに仕事をしてくれています。
アートを日常に溶け込ませる「額装」へのこだわり
――額装(フレーム)についても工夫されているとうかがいました。
アートを販売する際、作品単体で売ることも考えたのですが、お客さまにアンケートを取ると「買ってすぐに壁に掛けられるフレーム付きがいい」という声が多くありました。実際、それぞれの作品に合ったフレームを手軽に単体で買えるお店があまりないんですよね。そこで、飾りやすさを重視してフレーム付きでの販売を基本としています。

額入りのA3サイズ『アートポスター』
先日、町田市立国際版画美術館を訪れた際に、大きめのフレームの中に、余白の台紙が広く取られていて、その中央にすごく小さな版画作品がポツンと配置されていたんです。余白の使い方が贅沢で、それが逆にとてもかっこよくて感動しました。それに影響を受けて、今回のこうのさんの作品では、これまでよりも余白の幅を広く取りました。
――最後に、今後の「Art Touch」の展望を教えてください。
「Creative Works Print」という名称には、紙の選び方や印刷の面白さ、これまで培ってきた技術とクリエイティビティのすべてが込められています。今後も、作品に合わせてさまざまな加工や表現を考え、バリエーションを増やしていきたいです。
ギャラリーでの展示と連動しながら、新しいアーティストの方との出会いも探していますし、すでに第4弾の構想も進んでいます。季節や気分に合わせて洋服を選ぶようにアートを飾り替える。そんなカジュアルさを持ちながらも本物の質感を届けたい。少しずつですが、私たちが作るアートを通じて、みなさんの生活が楽しく、豊かになるような提案を続けていきたいと思います。
【「TOUCH & FLOW」ギャラリー情報】
こうのかなえ 個展「昨日の風と、明日の色」
期間:2026年6月10日(水)~7月7日(火)
場所:「TOUCH & FLOW」日本橋髙島屋S.C.店
詳細:https://www.touch-and-flow.jp/wp/news/news397

こうのかなえさんの作品と「Art Touch」第3弾のラインナップが展示
■Art Touch
https://www.touch-and-flow.jp/SHOP/205260/list.html
取材・編集:岩渕真理子(JDN)




