全体テーマを「Patterns as time」とし、分割したそれぞれのエリアを担当したのは、設計事務所AtMa Inc.(以下、AtMa)と建築デザイン事務所noiz architects(以下、noiz)。あえて境界線を設けるという、一風変わったこの展示はどのようにして実現したのか?「Patterns of Nature」をテーマに空間をつくり上げた、noiz代表の豊田啓介さんにお話をうかがった。
時間をプリントすることのおもしろさをどう見せるか
——今回、DNPの展示を担当するにあたり、noizがミッションとして掲げていたことは何でしたか?
noiz 豊田啓介さん(以下、豊田): DNPのプロダクトは、コンシューマーからは見えづらい背後の技術がメインだと思うんです。でも、いろんな要素技術を調べていると、DNPの技術だということは以前からけっこうあったんです。なので、DNPから「この技術を使って、ミラノデザインウィークで展示をしてみませんか?」というお声がけをいただいたときも、noizの活動の自然な延長にあると感じました。今回、展示のアイデアを考える入口が要素技術だったので、技術のおもしろさをさまざまなひとに感覚的に伝えたいなと思っていました。
技術を理解した上で、感覚的なデザインにも落とし込めていないといけない。その両方を妥協しないよう意識していました。
——プロジェクト自体はいつ頃からスタートしましたか?
豊田:話があがったのが確か2018年11月です。誰に聞いても「ありえない!」と言われるほどタイトでした(笑)。ただ、僕もミラノ自体の参加が初めてだったので、「ついにあの有名なミラノデザインウィークに!」みたいなミーハー感とワクワク感はありましたね。
——インスタレーション全体のテーマである「Patterns as time」をどう解釈して、空間に落とし込んでいきましたか?
豊田:実はテーマは後付けで、いろいろと分析しているうちにテーマが浮き上がってきました。今回、僕らが使った電子ペーパーは動的なものです。ふつう印刷というものは静的に固定するものなので、考え方がそもそも真逆なんですよね。印刷で時間を扱うのは、領域を拡張する新しさがありますよね。例えば、『ジョジョの奇妙な冒険』のスタンド、スタープラチナも時間を制することで圧倒的に強くなるじゃないですか。時間を超えるという“圧倒的な強さ”を印刷会社が持つことがおもしろいなと。
AtMa inc.さんも、歴史や文化の蓄積をプリンティングしている。両者の時間に対する捉え方がうまく重なってくると、テーマは「Patterns as time」しかありえない、と。
——今回の展示技術の肝となった電子ペーパーは、もともとどんな用途を想定している技術でしょうか。
DNP 関本卓哉さん(以下、関本):電子書籍リーダーのKindleなどをイメージしてもらえるとわかりやすいのですが、実際にはサインなどの実用化がメインでした。でも、もっといろんな使い方ができるでしょうし、広い可能性を伝える意味でも、展示会などで積極的に見せていきたいと弊社としても考えていました。電子ペーパーはさまざまな形状に加工できるので、ほかのおもしろい使い方も試行錯誤している最中です。センサーを組み合わせて、人の動きに反応して表示を変えるといった表現も可能なんですよ。
——国外で展示するにあたって、DNPが伝えたかったことは何ですか?
関本:まずは海外で認知をしてもらいたいという思いが一番にありました。ミラノデザインウィークは集客力もあり規模も大きいですが、その分ライバルが多いとも言えます。見てもらうためには、まずインパクトを与えないといけない。展示手法も、スペースを分ける案と分けない案があったのですが、最終的に分ける案としたのはインパクトの視点から決めました。
では、そこで何を伝えたいかですが、空間もつくれる会社として、DNPの名前を覚えていただきたいのが第一です。そのために2組の力を借りて、印刷会社の枠を超えた技術の片鱗を見せていただけるクリエイティブをお願いしました。
——展示の反響はいかがでしたか?
関本:反響は非常に大きかったです。今回の会場である、ミラノ中央駅高架下の展示スペース「Ventura Centrale(ヴェントゥーラ チェントラーレ)」の空間が完全に真っ二つに分かれているのに、きちんとひとつのトンネルの右と左の中で、世界観が表現されていることがすごいという声をあちこちでいただきました。
海外のメディアでも、我々の「空間をつくれる可能性を示したい」という意図を汲み取ってくれた記事もたくさんあって一安心です。
テクノロジーで感覚を探り、不思議な錯視効果をあえて狙う
——ふたつの展示が並列していますが、AtMa inc.との整合性やアウトプットの調整はどのように行なっていきましたか?
豊田:実のところ、時間的な制約もあったので、いっそズバッと切った方がインパクトあるものができると感じていました……。DNPが出展する一番の理由である「インパクトをつくる」ためにも、分割を提案しました。選択肢が少ない中で思いきれたのは、怪我の功名だったかもしれませんね。もちろん、お互いの進捗共有含め、チームとしての動きはありましたが。
——シマウマのような、あるいは斑のようなパターンはどのようにして、形になっていったのですか?
豊田:まず電子ペーパーの効果を最大化するという前提がありました。そこで、白黒の表現の中で最大化するには、ある程度の大きさのパターンでコントラストをつけるのが良さそうだ、と。
パターンのスケールを変えて、レイヤーを変えて、スケールがわからないような錯視効果を最大にするには……?という目線で色々試すうちに、ジェネラティブなパラメータのあるパターンが、どこでも同じように見えるけど、どれを見ても違う。だけど、どこを重ねても同じような効果がでることがわかってきました。僕らのスタンスとして、テクノロジーベースだけど、最後は感覚に落とし込みたかったので、あえて計算にパターンを探させることにこだわりました。
——伝えたかったことは、うまく表現できた実感がありますか?
豊田:表現の面で、照明デザインに岡安泉さん(岡安泉照明設計事務所)に入っていただいたのがとても大きかったです。ぱっと説明しただけで伝わった感覚があって、必要最低限のキャッチボールで想像以上のアウトプットにしていただけたのは奇跡的でもあり必然でもあるような気がします。
空間が二つに分かれているので、半分は全部がアンビエントに明るく、半分は真っ暗というハードルの高いオーダーだったのですが、見事に形にしてくれました。しかも、片方からもう片方を見た時の、色が映り込むニュアンスが予想よりもずっとおもしろくて……相乗効果も生まれましたね。
——noizはさまざまなチャレンジをしていますが、インスタレーション展示は珍しいですね。
豊田:あまり経験はないのですが……本当はもっとやりたいんです(笑)。今回の展示に関しても、どのように実現させたのか実物を見てみたいと、まわりのデザイナーからよく言われます。どこかで見る機会をつくれたらいいですね。
——最後に、ミラノデザインウィークに参加した感想や、noizとして得られたものを教えてください。
豊田:デザインも技術もエッジがたっている状態で、ひとつのものに落とし込める状況って実はなかなかないんです。今回その機会をいただけたので僕らもやりがいがありましたし、いろんなピースが最後にうまくはまる感覚がすごく楽しかったですね。単独だとこうはならなかったと思うので、お互い高め合えた経験は、すごかったなと。せっかくなので、今後もっとたくさんの人に見てもらえたら嬉しいなと思います。
取材・文:八木あゆみ 撮影:細倉真弓 編集:瀬尾陽(JDN)
noiz architects
https://noizarchitects.com/
PATTERNS AS TIME
https://www.dnp.co.jp/contents/mdw2019/jp/
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