“もじ”の楽しさを伝え続ける、フォントワークスの新たな挑戦

“もじ”の楽しさを伝え続ける、フォントワークスの新たな挑戦

2019年12月、福岡から東京へとヘッドオフィスを移設したフォントメーカー「フォントワークス」。1993年に創業した同社は、業界初のサブスクリプションフォントサービス「LETS(Leading Edge Type Solution)」や、用途ごとに最適な書体を使いやすい価格帯で提供する「mojimo」など、DTP登場以降に創業したメーカーとして、メディアやテクノロジーの変化に合わせたさまざまなサービスを展開している。

創業25年目の2018年には新たなタグラインとして「もじと もっと じゆうに」を掲げ、昨年の2019年11月には、同社初の主催イベント「もじFes.」を開催。渋谷キャストを会場に、文字にまつわるさまざまなワークショップや展示、パフォーマンスが行われた2日間のイベントは、6,000人の来場者を記録した。

営業拠点・開発拠点・管理部門を1つに集約させて新設された青山のオフィスにて、代表取締役社長CEOの原田愛さんと、マーケティング部マネージャーの伊豆蔵善史さんに、ヘッドオフィス移設の背景や、今後の展望についてうかがった。

「もじと もっと じゆうに」

――ヘッドオフィスを東京に移転した背景について聞かせてください。

原田愛さん(以下、原田):以前から、福岡にずっと拠点を置くのではなく、いつかは東京に本社を移転したいなと思っていたんです。これまでは新宿にある親会社のSBテクノロジー内のオフィスと、原宿の「WeWork アイスバーグ」を東京オフィスとしていたんですが、お客様に提案する場面が多い営業やマーケティングの部署、実際にお客様のところで技術的な提案を行うエンジニアが所属する部署は、徐々に活動の軸を東京に寄せてはいたんですね。

<strong>原田愛</strong> フォントワークス株式会社 代表取締役社長CEO<br /> NECネッツエスアイ、日本オラクルを経て、2013年SBテクノロジー入社。15年同社福岡営業部長、16年に同社西日本支社長としてマネジメントに従事。17年4月フォントワークスでSBテクノロジーグループの女性社員としては初めてとなる、代表取締役社長CEOに就任。

原田愛 フォントワークス株式会社 代表取締役社長CEO
NECネッツエスアイ、日本オラクルを経て、2013年SBテクノロジー入社。15年同社福岡営業部長、16年に同社西日本支社長としてマネジメントに従事。17年4月フォントワークスでSBテクノロジーグループの女性社員としては初めてとなる、代表取締役社長CEOに就任。

ただ、働く場所がバラバラだとお互いの顔が見えないし、ちょっと悲しいよねという意見が出てきて。ちょうど各拠点も手狭になってきたタイミングでもあり、東京をベースにやっていこうという社内の機運の高まりを受けて、本社移転を決めました。バックオフィスの機能も東京にシフトすることになるので、せっかくなら格好いい“お城”をつくろうと思い、友人を通して知り合った「Prism Design」さんにオフィスをデザインしていただきました。

【関連記事】遊びを生む自由な空間で、“もじ”の楽しさを発信(クリエイティブなオフィス探訪:デザインのお仕事)

――2018年にタグラインである「もじと もっと じゆうに」が生まれた背景について教えてください。

原田:私は2016年の6月にフォントワークスに入りました。その頃はちょうど人材の循環も活発になってきた時期でもありました。その時に、私たちのコアはどんなもので、どこを目指していくのかという軸をつくらないと、組織がばらばらになって、会社の進む方向性を見失ってしまうのではないかと感じたんです。それは社内だけではなく社外に対しても、メーカーである私たちが何者で、何をする会社なのかをしっかり示したいなと思って。そこで私が「やる!」って言い出して、タグラインづくりをはじめました。

まずは、社員ひとりひとりと会話をしたんですね。みんな自分たちのフォントのことが本当に大好きなんですが、なかなかフォントのことを知ってもらえなかったり、価値を感じてもらえなかったりすることに、くすぶっている気持ちがあることがわかりました。その後、アンケートとワークショップを社内で何度も繰り返し、フォントワークスの好きなところや足りないと思うところ、もっとこうしたいという未来や、過去を回顧する言葉を出してもらい、「フォントワークスらしさってなんだろう」と考えながら出てきたキーワードを集約させたのが、「もじと もっと じゆうに」だったんです。

フォントワークスのブランドサイト <a href="“https://brand.fontworks.co.jp/“"> https://brand.fontworks.co.jp/</a>

フォントワークスのブランドサイト  https://brand.fontworks.co.jp/

DTP以降のフォントメーカーとして

――タグラインを打ち出したブランドサイトなど、Webでの情報発信を積極的に実践されていますが、そういった意識はもともとあったのでしょうか?

原田:私が入社するまでは、情報は絶対に外に出すな、といった感じでしたね。インターネットに繋ぐのもこわい…というような状況で。いまでは当社の書体デザイナーも積極的にTwitterで発信をしていますが、当時の社内はアイデアやデザインが盗まれるかもしれないという恐れから、かなりクローズな状態だったんです。

そんな中、どんどんSNSにあげていいですよと、私が真逆のことを言いはじめたので、最初は戸惑ったひとも多かったみたいですね。でも、書体のデザインはそんなに簡単に複製できるものではありませんし、すべての文字をフォントファイルに仕上げることはそう容易ではありません。そうやって徐々に情報発信をするようになると、投稿がリツイートされたり「いいね」など反応をいただけることにやりがいを感じたようで、いまじゃ毎日情報発信がされていますね(笑)。

伊豆蔵善史(以下、伊豆蔵):私も中途入社ですが、他社と違うとがった印象を魅力に感じて入ってきました。「おもしろそうだな」って。

<strong>伊豆蔵善史</strong> フォントワークス株式会社 マーケティング部マネージャー <br /> 教育サービス会社でデジタルマーケティングに長く従事し、2019年にフォントワークスへ入社。ブランディングやPR活動、オンライン・オフラインでのプロモーション全般を担当。

伊豆蔵善史 フォントワークス株式会社 マーケティング部マネージャー 
教育サービス会社でデジタルマーケティングに長く従事し、2019年にフォントワークスへ入社。ブランディングやPR活動、オンライン・オフラインでのプロモーション全般を担当。

普段フォントワークスのコーポレートサイトやSNSなどで情報を発信していますが、日々発信することの大切さを身に染みて思いますね。発信してこそ、新しい情報が社内に入ってくるのかなと思っています。

会社のブログではインタビュー記事も載せているのですが、営業部の安藤というスタッフが記事を書いています。彼は社内でフォント王子と呼ばれていて(笑)、フォントが本当に大好きで、大学の時に新聞サークルに所属していたこともあり、文章を書くことも好きなんです。まさにうってつけな人材なので、取材や記事づくりにどんどん巻き込んでいます。

――貴社はテクノロジーの変化に合わせたサービスや商品展開など、新しいことにとても積極的に取り組まれていますが、企画はどのように生まれるのですか?

原田: 何かをやる時の意思決定は、たぶんすごく早い方だと思います。当社には、使用シーンに合わせてセレクトしたフォントを提供する「mojimo」というサービスがありますが、YouTube動画やVR向けのフォントパックなども販売しています。企画は、私とマーケティングの何名かで話し合っていて、その時にもう「やっちゃおう」みたいな感じで決めていますね。

当社のサービスには「LETS」というプロ向けのサブスクリプションサービスがありますが、「Leading Edge Type Solution」の略称なんです。サービス名にそういった名前をつけているのも、「フォントは紙の上だけではない」という将来像を予見しながら、使っていただきたいという思いを込めているからです。ずっと同じところに留まるのではなく、常に“Leading Edge”を追い求めていこうという姿勢はありますね。

ほかのフォントメーカーさんは写植の時代から事業をされていたりと、とても長い歴史をお持ちでいらっしゃいます。一方でフォントワークスはDTP登場以降に創業していることもあり、企業としても製品・サービスとしてもそういった特色を生かした価値をご提供していきたいですね。デジタルとアナログが共存しながら、それぞれのよさを伸ばしていこうという態度を発信していけたらいいなと思っています。

伊豆蔵さん、原田さん

原田:最近では、Webフォントなどのオンスクリーンにおける文字表現や、徐々に広まりつつあるIoT端末のディスプレイなど、さまざまなメディアでのフォントの活用シーンが増えてきてはいますが、「文字は読めればいい」と、興味をもってもらえないこともまだあります。なので、文字についての啓蒙活動はメーカーである私たちが自らやらなくちゃいけないなと思います。

今後は5Gしかり、テクノロジーもインフラもアップグレードされていくので、フォントのイメージをアップデートすることや、どうやったらフォントが使いやすくなるのかなどの“How to”を発信していこうと思ってます。それは、メーカーである私たちだからこそやらなくちゃと考えています。

文字好きによる文化祭「もじFes.」から、新たな挑戦へ

――フォントワークスには、どのような方が働いていますか?

原田:インハウスデザイナーとしては、「筑紫」フォントシリーズを手がけた藤田重信を含む4名が所属しています。去年は20種類ほどのフォントをリリースしましたが、フォント制作は数年がかりで行うので、書体デザインの部署のプロジェクト管理のメンバーが、それぞれのデザイナーが主導しているフォント制作のスケジューリングをしています。パートナーである外部デザイナーからの持ち込みでフォント開発を行うこともありますが、フォントワークスの全体のクオリティは藤田が管理しています。

筑紫書体シリーズ

筑紫書体シリーズ

筑紫書体シリーズ

ほかにも伊豆蔵が所属するマーケティング部や営業部、開発した書体をフォントファイル化するエンジニアが所属する部署があり、東京本社では30名ほどの社員が働いています。

ここで働くひとたちはもう、みんな文字好きですね。社内のチャットツールで「ここでうちの書体が使われてました!」という目撃情報を頻繁にポストしあったり。映画や漫画、パッケージなど、自分たちのフォントが使われているのを見つけては情報共有をしています。

伊豆蔵:私は入社してまだ1年ほどで、最初の頃はフォントの違いが見分けられなかったのですが、時間が経つにつれどれがうちのフォントなのかわかってくるようになってきました(笑)。この「はらい」は筑紫っぽいな、だとか。移動中でも中吊り広告や雑誌の文字が目に入ると、情報よりもどのフォントなのかが気になってしまうので、これはもう職業病ですね(笑)。マーケティングや営業など、お客様にフォントの提案をしている社員はみんなそんな感じですね。

「お金本」(左右社) 使用フォント:筑紫アンティーク明朝

「お金本」(左右社) 使用フォント:筑紫アンティーク明朝

「グランブルーファンタジー」 使用フォント:筑紫オールド明朝/あられ/スキップ/テロップ明朝/ニューシネマ/ニューロダン © Cygames, Inc.

「グランブルーファンタジー」 使用フォント:筑紫オールド明朝/あられ/スキップ/テロップ明朝/ニューシネマ/ニューロダン © Cygames, Inc.

「Fate/Grand Order」 使用フォント:スキップ/マティスなど ©TYPE-MOON / FGO PROJECT

「Fate/Grand Order」 使用フォント:スキップ/マティスなど ©TYPE-MOON / FGO PROJECT

原田:海外の新聞を集めるのが趣味のスタッフもいるんですが、私が海外にいった際にその国の新聞をいくつか持って帰るとすごく喜ばれたり(笑)。あとは、みんなでごはんを食べにいった時に、メニューを見ながら「あ、これは筑紫明朝で、こっちはテロップ明朝だ」ってはじまっちゃうんですよ(笑)。「わかったから、先に注文しようよ」って(笑)。

原田さん

原田:昨年、自分たちにとってはじめての主催イベントである「もじFes.」を開催しました。イベントの企画は、タグラインを決めていく過程で今後やってみたいことについて話を聞いていく中で生まれたものです。これまでに大きなイベントやセミナーなどでブースを出展したことはあったんですが、自分たちで主催して、自分たちでつくるイベントをいつかやってみたいという思いが社内にあったんです。2018年で当社が創業25周年を迎え、2019年は筑紫書体が世の中に出て15年ということもあったので、せっかくだから“文化祭”みたいなノリでやってみようと、開催を決意しました。

「もじ Fes.」は自分たちの集大成でもありますし、「もじと もっと じゆうに」というタグラインを表現した、カジュアルにもじを楽しめる場をつくりたいという思いで行ないました。2日間で約6,000人もの方にお越しいただいたんですが、そこには世間のフォントに対する関心の高まりも感じています。私がフォントワークスに来た頃は、本屋さんでフォントに関する書籍は棚ひとつ分ぐらいでしたが、いまでは5、6列ぐらい本が並ぶようになってきていますし、テレビでも取り上げていただけたり、フォントや文字を特集していただく媒体が増えてきたのを感じています。

「もじFes.」当日の様子

「もじFes.」当日の様子

「もじFes.」当日の様子

「もじFes.」は、東京のベースがあってこそできたイベントだと思います。イベントを通してさまざまな出会いがあったので、東京を拠点にしているからこそ生まれるスピード感のあるコミュニケーションで、新しいことをやっていきたいと思ってます。「もじFes.」をきっかけに「こんなことやってみようよ」などの話をどんどんいただくようになったので、東京のヘッドオフィスの機動力を上げて、今後もいろんなことに挑戦したいと思っています。

原田さん、伊豆蔵さん

撮影:葛西亜理沙 取材・文:堀合俊博(JDN)

フォントワークス
https://fontworks.co.jp/

【関連記事】遊びを生む自由な空間で、“もじ”の楽しさを発信(クリエイティブなオフィス探訪:デザインのお仕事)