AIは単なる「仕事の効率化ツール」というフェーズを越え、クリエイターの表現を広げる「共創パートナー」へと進化しています。この連載では、さまざまな立場のデザイナーやクリエイターに、AIを“使う”から、AIと“一緒につくる”へと移りゆく制作現場の今をうかがいます。
初回にご登場いただくのは、AIツールを開発・推進する側であるアドビ株式会社の轟啓介さん。生成AI「Adobe Firefly」のマーケティングを担う轟さんに、生成AIの現在地とアドビ社内での活用状況、著作権リスクに配慮したFireflyの設計思想などを聞きました。
生成AIは「試す」から日常業務に「組み込む」フェーズへ
――まずは簡単に自己紹介をお願いします。
もともとはエンジニアで、印刷会社でECサイトなどのWebアプリ開発をしていました。たまたまFlashエンジニア向けのマーケティングで声がかかり、2008年にアドビへ転職。以来、さまざまな製品のマーケティングに携わり、今はFireflyを担当しています。

轟啓介 アドビ株式会社 マーケティング本部 コミュニティ & プロダクト部 Creative Cloud マーケティングマネージャー
――アドビのプロダクトも近年は生成AIの活用が活発ですよね。クリエイターと生成AIの関係は、この数年でどう変わってきたと感じますか。
数年前に生成AIが出てきた当初は、クリエイターも新しいおもちゃのような感覚で試していたと思いますが、今はもう日常のワークフローに溶け込ませるフェーズで、日々の制作のどこに役立てられるかという視点で見ている方が多いと感じます。
アドビの製品もこの半年に追加された新機能のうち、半分ほどがAIに関するものです。Fireflyも画像生成など単機能ツールではなく、制作全体を支える基盤へと役割を広げています。生成AIの分野全体では、画像に加えて音声や動画もそのまま扱うマルチモーダルの流れがありますね。

2026年7月12日に開催された「Adobe Firefly Camp 2026 @Studio」のスライド。ここ半年で追加された機能のうち、47%がAIにまつわるものだと発表があった
――アドビ社内ではどのように生成AIを活用していますか?
社員には自社製品に加えて、Microsoft 365 Copilot、Claude、ChatGPTが開放されています。エンタープライズ契約なので、メール履歴やMicrosoft Teamsのやりとりなど社内アセットにアクセスさせて、企画やレポートづくりにも活用できます。
使い方は個人の裁量にゆだねられていますが、会社は積極的な活用を推奨していて、研修もありますし、部内のミーティングで活用アイデアを共有する機会もあります。アドビは外資系なので夜中に海外からメールが届くことが多く、朝に日本語のサマリーで読める状態にしている社員もいますよ。
私自身もかなり使っていて、月の半ばで使用量の上限が見えてくるほど。忘れていた自分の過去の発言やデータを思い出させてくれることもあり、優秀な秘書のようですね。ただ、何でも任せているわけではなく、こだわってつくりたい新作のプレゼン資料など、まだ自分でつくったほうが早いものもあります。一方で、イベントの合間に流すために既存の作品をまとめたスライドショーをつくる、といったほしい結果がはっきりしているものはAIに任せやすいと思います。
私はマーケターですがデザインが好きで、新しい企画のビジュアルづくりにはもっぱらFireflyを使っています。2026年4月に始めたライブ配信番組「Creator Kitchen Supported by Adobe」のオープニング動画も8~9割はFireflyでつくりました。

轟さんがゼロから1人でつくった「Creator Kitchen Supported by Adobe」のビジュアル
複数のAIモデルが1カ所で動く、マルチモデルのFirefly
――あらためてFireflyというプロダクトについて教えてください。
Fireflyは、シンプルなテキストプロンプトから画像、動画、オーディオ、ベクターグラフィックなど複数のメディアを生成・編集できる、オールインワンのクリエイティブAIスタジオです。一言で表すと「安心して頼れる相棒」で、大きな特長は複数のAIモデルを使えるマルチモデルであることです。
モデルの選択肢は3つあって、アドビのFireflyモデルは、画像や動画、オーディオなど用途別にあり、その技術はPhotoshopやIllustratorにも組み込まれています。これに加えて、GoogleやOpenAI、Runwayなど外部パートナーのモデルもFireflyの中でそのまま使えます。もう1つはカスタムモデルで、自分のアセットを10~30枚ほど学習させると、その特徴を捉えたアウトプットを出せます。写真家が自分らしい味付けをしたり、イラストレーターが自分の作風でアイデアを出したりするような使い方もできますね。

――「安心して頼れる相棒」とのことですが、何をもって安心と言えるのでしょうか。
著作権侵害のリスクが非常に低いことですね。著作権侵害は、表現が似ている「類似性」と、既存の作品を元につくった「依拠性」の2つがそろって初めて成立します。Fireflyのモデルは、学習データに著作権者の許諾のない素材は入っていません。
基本はAdobe Stockの素材で、コントリビューターから事前に生成AIモデルの学習への許諾を得ています。あとは著作権切れや著作権フリーのもの。つまり無許諾の著作物に依拠するリスクを抑えた設計なので、たまたま似たものが生成されても、侵害は成立しにくいと考えています。プロンプトの段階で、企業名などの固有名詞や不適切なキーワードを弾く機能もあります。

轟さんが着用しているTシャツは「思考の速度で生成する」というFireflyのメッセージTシャツ
外部パートナーのモデルについては、ユーザーご自身が各モデルの規約や設計を理解した上で使っていただくことになります。ちなみに私の場合は、0から1を生み出すときはFireflyモデル、そこでつくった原型を展開していくときは各社のトップモデルという使い分けをしています。
――「相棒」としての価値を特に感じられるのはどんな人たちでしょうか?
まず、アイデアはあるけれどツールを使いこなせないクリエイター。それから、結果はわかっているけれど面倒な作業を抱えている人です。私は前職の新人研修のときに、自転車の画像の切り抜きを徹夜でやりましたが、その手の作業はもう一瞬で終わりますね。あとは、アイデアを増やしたいのに壁打ち相手がいない人。自分の起点になるアイデアを生成AIに渡してみると、「この色の組み合わせもありかも」など発想が広がっていきます。
私が担当している「Adobe Firefly Camp」というオンライン番組の視聴者層は、Webデザイナーがもっとも多く、次が印刷系のデザイナーです。ほかにも映像系の方やマーケター、広報、経営者など幅広い方に興味を持っていただいていますね。

過去に開催された「Adobe Firefly Camp」の様子
手書きのラフイラストがオープニング動画になるまで
――昨年秋にリリース開始された、Fireflyボードについても教えてください。
アイデア出しから編集までを生成AIと一緒に進められる制作環境です。ブラウザベースなのでアクセスしやすく、チームでの同時編集も可能です。テキストや画像のほか、PhotoshopのPSDファイルやIllustratorのAIファイルも扱えます。生成履歴も残るので過去の生成結果を当時のプロンプトごと呼び出せます。
冒頭でお話ししたように「Creator Kitchen Supported by Adobe」のオープニング動画は、Fireflyボードでつくりました。まずラフな手書きの案からロゴを生成し、バリエーション作成機能で16パターンに広げてアイデアを拡張。

Fireflyボードなら、手描きのラフ案からロゴへの過程をわかりやすくまとめておくことができる

バリエーション作成機能を使えば、一気に16パターンのアイデアを生成してくれる
途中でブランドチームから「ブランドカラーに合わせてほしい」という要望が来たので、ガイドラインの画像をカラーパレットとして参照させて生成し直しています。レイアウトが決まったら各パーツをPhotoshopのレイヤーで組み、キービジュアルを作成。
動画は、Photoshopでロゴを外した画像を最初のフレームにして、キャラクターが動くシーンをFireflyで生成してつなぎました。3DCGのスキルがない私でも、アイデアをそのまま形にできましたね。今後はさらに本格的な制作スタジオのような場所へ育てていく構想もあります。Fireflyを起点にしたプロジェクトが世の中に増えていくとうれしいですね。

Fireflyボード上でキャラクターの大まかな配置を検討した後、ジャガイモのキャラクターの脚が前景の花や石の手前に来てしまっているような細かな修正は、Photoshopの従来の機能などを使って行っていく。写真左が調整前、右が調整後
AI時代にこそ問われるプロの審美眼
――現在までの変化を踏まえて、生成AIの活用の今後をどう見ていますか。
今はトップモデルの競争が激しくて、最強と思っていたモデルが翌月には変わっているような状況ですが、実務で使うモデルは性能だけでは選べません。安全性や制作フローへの組み込みやすさ、生成物がブランドや文脈に合っているか、一貫性が保たれているかなど、多角的な視点で選ばれるようになると思います。
――AIとの共創が当たり前になっていく時代に、クリエイターに求められるものは何だと思われますか。
何をつくるかだけでなく、なぜそれをつくるかを考える力だと思います。アウトプットまでの時間が短くなった分、「なぜ」を考えるところが飛ばされがちかなと。
アートならどうやるのも自由ですが、デザインは課題を解決するためにあるので、そもそもつくるべきか、つくるならどんな要素が必要かを定義した上で、AIを使いこなさないといけない。経験値が低いと、生成AIのそれらしい結果に流されてしまうことも。
最初に出てきたものを鵜呑みにせず、指示や編集、再生成で方向性を詰めて、文脈に合うものを選び取るための審美眼が問われると思います。

――今からクリエイターを目指したい人は、どうやって審美眼を磨くのがよいでしょうか。
たくさんの作品を見るのもひとつの方法ではないでしょうか。とくに生成AIが登場する以前の作品を見るのもいいと思います。アドビが運営するクリエイターのSNS「Behance」には世界中の作品が載っていますよ。
――最後に、読者のクリエイターへメッセージをお願いします。
生成AIの出力がゴールではない、ということをお伝えしたいですね。実は先ほどのオープニング動画でも、生成AIでつくった画像ではキャラクターの足が花を踏んでしまっていました。プロンプトで直すと他の部分まで変わってしまいかねないので、Photoshopで新しく花のレイヤーをつくり、足の上に重ねました。そのほうが早いし完成度も高いんです。
大事なのはAIに頼り切るのではなく、これまでの経験や技能とAIをうまく掛け合わせてベストなやり方を選ぶこと。これまでプロとして積み上げてきたものは、AI時代にこそ生きるのではないかと思っています。

文:古屋江美子 撮影:高木亜麗 取材・編集:石田織座(JDN)




