サンパウロの中心部の高さ56mのビルの壁に、ブラジル建築界の巨人オスカー・ニーマイヤーの肖像を描いたことで世界中にその名を轟かせた、サンパウロ出身のウォールアーティストのエドゥアルド・コブラ(Eduardo Kobra)。
サンパウロ最新ムーブメントを紹介する「Oi! Brasil」で、西武渋谷店の店内の装飾を担当。その一環として西武渋谷店の壁面に約2週間かけて新作を描いた。今回、初来日となるエドゥアルド・コブラ、温かみを感じさせる作風そのままの気さくな人柄と笑顔が印象的だ。
― あなたのプロフィールや経歴について教えてください
“エドゥアルド・コブラ”というのはもちろん本名ではなくて、ニックネームみたいなものかな。“コブラ”はブラジルではエキスパートを表現する言葉なんだ。子どもの頃からとにかく絵を描くのが大好きで、ノートは落書きだらけで授業のメモはほとんどしていませんでした。あまり良い学生とはいえなかったね。9〜10歳ぐらいからずっとそんな調子です。それで友だちから「お前は絵に関してはエキスパートだから“コブラ“だ」と名づけられました。
最初はノートに絵を描いていて、どこへ行くにも持ち歩いていました。12歳ぐらいになった頃かな、壁に絵を描くグラフィティアートを知るようになって、私も近所の壁に勝手にというかボランティア的に描きはじめるようになりました(笑)。正直言うと、その頃の絵はお世辞にもかっこいいものとは言えないものだったけどね。それが、いまから25年くらい前かな。
― サンパウロではグラフィティアートは盛り上がっていたのですか?
子供のころは、まだまだ盛り上がっていなかったね、現在のように人気が出たのはここ10年くらいかな。もちろん、サンパウロでも法律で禁止されているけれど、街中に様々なスタイルのグラフィティアートが出現したことによって、いまではサンパウロのアートのひとつとして見られているんじゃないかな。最初は違法ではじまったものだけど、いまではサンパウロ州や政府からの後押しで、アーティストへの投資もされるようになっている。
― HIP HOPやグラフィティアートがあなたに与えた影響は?
サンパウロにはブレイクダンスをする仲間がけっこういたね。お祭りの時にはみんなで踊ったりしたよ。ストリートから生まれるカルチャーにはいまだに大きな影響を受けている。特に、1980年代のニューヨークのストリートの雰囲気にはすごく影響を受けているけれど、だんだんとアメリカのやり方の真似をするのではなく、自分が住んでいる街の雰囲気を取り入れた、自分らしい作品をつくるようになってきたんだ。
― 独特のリズム感のある色彩表現はどのようにして生まれたのですか?
私の作品はヴィンテージなあるいはレトロな感覚を大切にしています。昔の思い出のようなものを街に描こうと試みている。のモチーフとなる写真や映像をモノクロであることが多いので、それを鮮やかによみがえらすために色彩分割の方法を用いることにしたんだ。