1960年の発売以来、SEIKOの名を世界に知らしめてきた最高精度を誇る腕時計「グランドセイコー(以下、GS)」を筆頭に、デザイナーによるスタディを披露する「パワーデザインプロジェクト」の開催など、時計にまつわる幅広い活動を展開しているセイコーウオッチ。そのデザイン開発を担うデザイン統括部は、同社が掲げるコーポレートヴィジョンを軸に、揺るがないブランドを保持し、さらに未来へ向かうための施策を重ねている。統括の丸山哲朗氏、実際にGSのデザインを手がける久保進一郎氏、そして展示会などのコミュニケーションデザインを担当する松江幸子氏が、腕時計のデザインについて語る。
GSのデザインは、最初の構想から、デザインの決定、最終的な製品化まで、ひとりが担当する。その際に指針としているのが、セイコーウオッチのブランドヴィジョンだ。
丸山:セイコーウオッチではブランドヴィジョンとして、《革新》と《洗練》を掲げています。それをデザインで実現するために我々は、「独創・調和・魅了」を基本理念とし、「挑戦・理解・検証」を具体的な行動指針として定めています。この基本理念と行動指針の各項目を頂点とする六角形が、どの辺も偏ることなく極めて正六角形になるようにデザインを遂行することで、製品がブランドヴィジョンを伝えられるのだと考えています。
その最たる製品がGSだ。腕時計の原点と頂点を同時に目指す世界水準の実用時計のデザインには、まるで代々受け継ぐようにして選ばれたデザイナーが携わってきた。
丸山:GSは設計者と作り手である職人まで深く関わりながら完成させる商品なので、かなり深いレベルまでの技術的な知識が必要です。指名されたデザイナーがすぐに取り組めるものではなく、視認性などの実用面はもちろん、装着感への繊細な配慮を最大限に維持しながら、歪みのない鏡面で構成するといった高級時計としての美しさも追求しなければなりません。
そういった点で、GSとして認められる商品を生み出せるかどうか、デザイナーの力量が問われます。
デザイナーの久保氏は、若手ながらGSのデザインを担当しているホープのひとりだ。
久保:ブランドコンセプトを具現化するときに重視するのは、最高の視認性、最高の装着感、存在感、そして永続性。つまり、セイコーの技術を結集させている点がGSの価値でもあります。それと同時に、職人さんたちの手技が非常に重要で、熟練していなければ実現できない技術によって支えられていると感じています。設計者は設計のエキスパート、技術者は技術のエキスパート、職人さんは実現したい形へと導いてくれるエキスパート。そして、製品としてまとめあげるのが我々デザイナーの役割です。
久保氏はGSをデザインする時は常に、「その時点で最高であること」を目指していると言う。例えば「GS SBGA011」で特徴的なのは、雪のような文字盤の質感だ。
久保:「諏訪の雪化粧」に例えています。性能に直接の関わりはありませんが、所有する喜びや装う楽しみを追求したくて提案したデザインです。工場のある諏訪で若い頃から研鑽を積んできた職人さんたちの技術をどう生かすかを考えたとき、心に浮かんだのが諏訪の美しい雪景色でした。
イメージしたのは新雪のフワフワな雪ではなく、降雪の後、夜を過ぎて固く凍りかけた雪。しかも平らな土地ではなくて山の斜面の。あのきれいな白をどうやって表現すればいいか試行錯誤の連続でした。実際には、メッキ処理や塗装処理、その上にコーティング処理などをするのですが、どうしても期待する白が出ないのです。
その時、技術者のひとりが「色の白ではなくて光の乱反射を利用した白がイメージに近いのではないか」と提案してくれました。そこで、固いコーティング剤を塗布してきれいに磨いてから、刃物で細かく表面を削り取っていき、さらにベースに型打ちした模様がぼんやりと透けることで、はじめて雪のように見える文字盤が実現できました。
文字盤ひとつに関しても可能な限りデザインと技術を追求したいという気持ちが、毎回新しいGSを生んできた。振り返れば誕生当初よりパーツのひとつひとつに技術の粋を尽くし、時間をかけて作り上げてきたGSは、セイコーウオッチデザインの基本理念である独創性を原点に持つブランドなのである。
久保:機能性を実感できること、目で見て新しさを感じること、その両方を常に意識しています。GSが他と異なる大きなポイントはまず、永続性だと思います。何十年経っても使い続けられることで、持ち主の「時の象徴」になるためには、いつでもメンテナンスが可能で、正確に動き続けていなければならないという、基本的な機能性が必須です。その条件が時として制限にもなってしまいますが、デザイナーとして、次の世代への一歩を踏み出すための課題でもあります。
GSに携わるようになって約8年。久保氏のチャレンジはこれからもさらに続く。
新製品を開発する際、GSがブランドとして成立するかどうかの視点でデザインを判断する立場にある統括の丸山氏。革新性を狙いすぎるあまり、ブランドの基本理念から大きく逸れてしまわないよう、常に客観的な視点を持って臨む。
丸山:GSとして守るべきデザイン要素はいくつもあります。GSが最高の実用性をうたっている以上、印刷の色を薄くすることを禁じたり、時計の12時—6時、3時—9時を結ぶクロスラインを確保したり、12時の略字が中心にあって他のインデックスと差をつけたり、視認性については、特に繰り返し検証します。その意味では、製造要件によってある程度の形が決まってくるブランドだと言えます。
コミュニケーションデザインを担当する松江氏は、そういった細部に関わる技術やデザインによって価値が変わるレンジの大きさが、腕時計デザインの核心にあると言う。
松江:時計のデザインの場合、同じデザイン画から1000円の時計も3千万円の時計を作り出すことも可能だと思っています。例えば、素材を変えることで、宝飾品になったり、機能的なものになったり…完全に同じ形をしていたとしても、磨き方次第で輝きが変わり、機構によって品質の差が明確になります。デザインの段階からプロダクトとして完成するレンジ、そして完成したものによって伝わるメッセージや、それを選ぶ人に対するレンジが非常に大きいと感じます。それが腕時計の仕事の特徴ですね。
GSが世界最高レベルの時計である一方、セイコーウオッチが世に送り出す腕時計にはさらに別の世界観もある。ダイナミックレンジの大きいプロダクトを手がけるデザイナーたちが、時計とどう向き合っているのか。それを一般的にわかりやすく、企画デザイン展という形で見せるために催してきたのが、「パワーデザインプロジェクト」だ。
株式会社イマジカデジタルスケープ
1995年の創業以来、デジタルコンテンツのクリエイターの育成・供給、及びコンテンツ制作サービスをコアビジネスとして展開。現在では国内最大規模のクリエイター人材のコンサルティング企業として、企業とクリエイター、双方への支援を行っています。http://www.dsp.co.jp/