第19回:水に溶ける紙を使ったポスター

撮影:高倉大輔 撮影:高倉大輔

水に溶ける紙があるのをご存知ですか?これは「水溶紙」と呼ばれる紙で、灯籠流しの灯籠や流し雛などで使われています。普通の紙では、紙の原料となるパルプを固めて紙にしますが、水溶紙では水につけると分解されるような処理が施されているのです。

通常のオフセット印刷では使わない紙なので、デザイナーの方々にはあまりなじみがないかもしれませんが、そんな水溶紙を使ったポスターをご紹介します。

その作品が展示されていたのは、UVインクジェット・プリンター(※)でさまざまな印刷表現に取り組んでいる株式会社ショウエイが主催する展示「インクでJET! JET! JET! 3」。UVインキを厚盛りしたり、積層したりできるUVインクジェットの特性を活かして、クリエイターが制作した作品を発表する展示です。展示に参加するクリエイターは、ショウエイのプリンティングディレクターと一緒に試行錯誤を繰り返しながら、作品を仕上げていきます。

※UVインクジェットとは、紫外線をあててUVインクを硬化させることにより、インクを盛り上げたり、光沢を出したりなどの特殊加工ができる印刷方法のこと。加工用の版や型をつくらずに、データからそのままワンストップで完成品ができるのが利点で、小ロットの印刷やサンプル制作などに効果的。特に、オフセット印刷では不可能な盛り上げ加工などで効果を発揮。本連載10回目を参照(https://www.japandesign.ne.jp/column/kamiwaza-shoei/)。

「インクでJET! JET! JET! 3」会場風景。8月上旬の2週間、渋谷のヒカリエで、9組のクリエイターがUVインクジェット・プリンターを使った作品を展示。撮影:千倉志野

「インクでJET! JET! JET! 3」会場風景。8月上旬の2週間、渋谷のヒカリエで、9組のクリエイターがUVインクジェット・プリンターを使った作品を展示。 撮影:千倉志野

今回で3回目となるこの展示ですが、1回目からこの展示のアートディレクターをつとめる宮前陽さんが発表していたのが、水溶紙を使った作品「MELT」でした。

宮前さんの作品「MELT」。 撮影(以下5点):宮前陽

宮前さんの作品「MELT」。 撮影(以下5点):宮前陽

作品に近づくと、インクがのっていない箇所の紙が水に溶けており、さまざまなパターンで型抜きしたように見えます。抜けた穴の下から下地の色が見える部分もあり、奥行きがある不思議なグラフィックでした。

制作プロセスとしては、水溶紙の上からUVインクジェットでプリントしたあと、紫外線(UV)をあててインク部分を硬化。インクが硬化した箇所は耐水性になるので、紙を水につけると、インクがのっていない箇所だけ水に溶けるというわけです。紙を溶かす前と溶かした後の両方でグラフィックが成立し、UVインクの特徴と使用する紙の特徴を活かした作品としても秀逸でした。

宮前陽さんの作品「MELT」。溶かす前
宮前陽さんの作品「MELT」。溶かした後。水に溶けた部分に穴があき、下地が透けて見える。

上の写真が溶かす前、下が溶かした後。水に溶けた部分に穴があき、下地が透けて見える。

宮前陽さんの作品「MELT」。溶かす前

宮前陽さんの作品「MELT」。溶かす前

宮前陽さんの作品「MELT」。溶かした後

宮前陽さんの作品「MELT」。溶かした後

会場では、紙がきれいに溶けた状態で展示されていましたが、制作段階ではかなりの試行錯誤があったそうです。はじめのころは、水につけると印刷した部分まで溶けてしまい、紙がボロボロになっていたとか。下地として白いインクを2層重ねたあとにカラーインクをのせると、インク部分だけ溶けずに残ることがわかり、本番の仕様が決定。紙を水で溶かす作業の際にも、水につける時間を調整したり、先のとがった棒で刺激を与えてみたり、いろいろ工夫したそう。

インキを載せた部分も水に溶けてしまい、印刷面がはがれてしまった状態。撮影:高倉大輔

インキを載せた部分も水に溶けてしまい、印刷面がはがれてしまった状態。 撮影:高倉大輔

「デザインの版に関しては、1.ホワイトのみ印刷する場所、2.印刷しない場所(紙の地)、3.カラーのみを印刷する場所、4.ホワイト+カラーの合計4つのポイントを組み合わせ、デザインしていきました。普段グラフィックやポスターをつくる場合、自分の性格上『このあたりに文字を置くと気持ちいい』という経験や感覚があるのですが、今回は水という自然を活かしたグラフィック制作となったので予期せぬことが通常よりも多く、非常に難しかったです。」(宮前さん)

紙を水に溶かすという、コントロールしきれない偶然性をデザインに取り込んだところが興味深かったです。水溶紙のほかにもいろいろな機能を持った紙があるので、まだ見たことのない新しい表現の可能性があるのではないかと思いました。

「インクでJET! JET! JET! 3」
https://www.shoei-site.com/idjjj3/

「MELT」の制作工程
https://www.shoei-site.com/library/1149/

宮後優子(グラフィック社)

宮後優子(編集者/Book&Designディレクター)

宮後優子(みやご・ゆうこ)
編集者/Book&Designディレクター。東京藝術大学で美学美術史を学んだ後、出版社の編集者に。デザイン専門誌『デザインの現場』編集長を経て、文字デザイン専門誌『Typography』を創刊。デザイン書編集者として20年近く活動。デザイン関係の雑誌・書籍・ウェブサイトの編集のほか、イベントやワークショップなどの企画・運営を行う。
http://typography-mag.jp
http://book-design.jp