第20回:手製本の絵本

第20回:手製本の絵本

今までの連載では、竹からつくった紙や水に溶ける紙など変わった紙を紹介してきましたが、今回は王道の紙を紹介します。1989年に開発されたファインペーパー「アラベール」です。繊細な風合いと優しい手触りがありながら、高い印刷適性と発色性を保つ紙として人気があります。

通常、印刷再現性をよくするために、紙の表面を平滑にしたり塗工したりすると表面がフラットになり、風合いがなくなっていきます。反対に、風合いを残すために塗工をしないと、紙がインキを吸ってしまい、色が沈みやすくなります。風合いと印刷適性のバランスをうまくとっているのが、アラベールなのです。

そんなアラベールの特徴を活かしてつくられたのが、大人のための絵本『うさぎがきいたおと』です。手製本で有名な美篶堂(みすずどう)代表の上島明子さんの文章に、石井ゆかりさんの書籍の挿絵などを手がけている木版画家の沙羅さんが絵を描いたアートブックのような本で、2010年に美篶堂が自社制作した本を今回は一般流通する書籍として再版することになりました。

『うさぎがきいたおと』の写真

カバー、本文すべてにアラベールを使用。見返しはNTラシャ。『うさぎがきいたおと』

カバー、本文すべてにアラベールを使用。見返しはNTラシャ。

アラベールに繊細な色の絵柄を印刷するにあたり、数々の印刷賞を受賞している山田写真製版所のプリンティングディレクター、熊倉桂三さんに印刷監修をお願いしました。原画の色を引き立たせるため、通常のプロセス4C(フルカラー)ではなく、彩度が高いカレイドインキを使用。カレイド用に製版データを調整して印刷していただきました。原画の鮮やかさや立体感が見事に表現された、驚きの仕上がりでした。

彩度の高い色を再現するため、カレイドインキを使用。『うさぎがきいたおと』

彩度の高い色を再現するため、カレイドインキを使用。

製本は、美篶堂に依頼。今回の絵本は見開きページを半分(中表)に折り、折った部分に糊をつけて天糊製本したもの。天糊製本は180度フラットに開くことができるので、見開きにまたがっている絵柄がノドに食い込まずに製本できます。美篶堂の長野工場で一冊ずつ手製本していただきました。

ページの間を糊で接着しているところ。『うさぎがきいたおと』

ページの間を糊で接着しているところ。

上写真のようにページの間に糊を入れて、接着した状態。『うさぎがきいたおと』

上写真のようにページの間に糊を入れて、接着した状態。

表紙には厚さ2mmの板紙を貼って、ドイツ装に。『うさぎがきいたおと』

表紙には厚さ2mmの板紙を貼って、ドイツ装に。

表紙の板紙に書名と著者名を空押しした。『うさぎがきいたおと』

表紙の板紙に書名と著者名を空押しした。

今回の書籍は、美篶堂と個人出版社・Book&Designが共同で制作にあたり、双方で外まわりの仕様を変えました。美篶堂版は、布貼上製本・ケース入りという特別仕様で、美篶堂の製品を販売している店舗とオンラインショップで販売。Book&Design版では表紙に板紙を重ね、ドイツ装に。その上からバーコードの入ったカバーをかけ、書店で流通できるようにしています。紙と印刷製本にこだわった一冊ができ上がりました。

左が布貼上製本の美篶堂版、右が書店流通用のBook&Design版。『うさぎがきいたおと』

左が布貼上製本の美篶堂版、右が書店流通用のBook&Design版。

このような絵本は何度もページをめくって読まれるので、最初に手に触れる紙の風合いは非常に重要だと思いました。絵本は視覚と触覚の両方が刺激される書物なので、紙の本としてできることがまだあるような気がします。

絵本『うさぎがきいたおと』
文:かみじまあきこ 絵:沙羅
装丁:川上恵莉子、守屋史世
印刷:山田写真製版所
製本:美篶堂
刊行:Book&Design(2018年9月12日発売)
用紙:本文、カバー/アラベール ホワイト 四六判130kg
   見返し/NTラシャ はなだ 四六判100kg
   表紙/板紙(2mm厚)
印刷:カレイド印刷、カバーはマットニスがけ
製本:ドイツ装、手製本
四六判変型(128 X 190 mm)、48ページ
本体2,500円+税
ISBN 978-4-909718-00-6

Book&Design
http://book-design.jp

美篶堂
http://www.misuzudo-b.com/

山田写真製版所
http://www.yppnet.co.jp/

宮後優子(グラフィック社)

宮後優子(編集者/Book&Designディレクター)

宮後優子(みやご・ゆうこ)
編集者/Book&Designディレクター。東京藝術大学で美学美術史を学んだ後、出版社の編集者に。デザイン専門誌『デザインの現場』編集長を経て、文字デザイン専門誌『Typography』を創刊。デザイン書編集者として20年近く活動。デザイン関係の雑誌・書籍・ウェブサイトの編集のほか、イベントやワークショップなどの企画・運営を行う。
http://typography-mag.jp
http://book-design.jp