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継ぎ・注ぎ・接ぎ…地域産業の担い手を目指す移住者6人組-TSUGIインタビュー(1)

継ぎ・注ぎ・接ぎ…地域産業の担い手を目指す移住者6人組-TSUGIインタビュー(1)

2015/12/08 15:30
1500年の歴史を持つ越前漆器や、眼鏡づくりの産地として知られる、福井県鯖江市東部の河和田(かわだ)地区。この「ものづくりのまち」に大阪から移住してきた6人組、デザイン+ものづくりユニット「TSUGI」をご存知だろうか?「支える・作る・売る」をキーワードに、地域や地場産業のブランディングを行う注目のクリエイティブカンパニーだ。河和田で活動するメーカーやクリエイターが工房を開放し、つくり手の思いや背景に直接触れることができる体験型マーケット「RENEW」の実行委員としても活動する、「TSUGI」の新山直広さんと寺田千夏さんに「RENEW」で伝えたかったこと、そして彼らの目指す未来についてお話を伺った。

継ぎ・注ぎ・接ぎ…移住者6人組による「TSUGI」とは?

新山直広(以下、新山):「TSUGI」の結成は2013年で、メンバー全員が大阪からの移住してきました。もともとは「河和田アートキャンプ」というイベントが移住のきっかけですが、それぞれ移住の理由はバラバラなんですね。僕は大学で建築を学んでいたのですが、在学中からコミュニティデザインや地域活性に興味があって、一番はじめにこっちに来て、その次の年に来たのが今川くんかな。彼は大学でプロダクトデザインを専攻してたんですけど、デザインというよりはつくることがしたかったから、色々考えた末に大学を辞めてメガネ職人になるために移住してきた。

いま仕事としては、福井のメーカーさんと二人三脚で企業価値や商品価値をあげるブランディングをメインでやりつつ、それプラス自社で「Sur」のような商品をつくったり、鯖江や福井のものづくりを伝えるポップアップストア「SAVA!STORE」を運営したりと、大きく3つですね。あとは「RENEW」みたいなイベント、地域の未来を醸成するよう仕組みづくりというのを実験的にやっているのがうちの会社です。

「TSUGI」代表の新山直広さん

「TSUGI」代表の新山直広さん

社員は僕と寺田だけで、基本的にデザイン案件は二人でひたすら回してます。他のメンバーは仕事が終わってから、続々と集まり出すという感じですね。他のメンバーは何をしてるかと言うと、例えば「Sur」の製造担当の今川(心平)くんは谷口眼鏡に勤めているし、うちの嫁さん(新山悠さん)は中学校の事務職員として働いてます。

嫁さんの移住は2012年かな。「福井はいいよ~君が好きなオーガニックなものあるよ~」というようなことをそそのかして、完全にお前詐欺だろと(笑)。半年くらいで離婚の危機にまでなり、「もう福井おもんない!」とか言われてしまって…。でもそれが「TSUGI」の”種”にもなってると言うか。文句ばっかり言うのなし!おもんないならつくれば良い!と考えられたのが大きかったですね。

「TSUIGI」が手がける、眼鏡の端材を使ったアクセサリーブランド「Sur」

「TSUIGI」が手がける、眼鏡の端材を使ったアクセサリーブランド「Sur」

地域産業の担い手を目指して。結成から3年経って見える景色

新山:「TSUGI」の結成前にみんなで飲み会をしてたときに、平日の仕事は充実してきてるけれど、10年後とか15年後にこの地域の産業はあるのかな?という話になったらシーン…みたいな重い空気が流れて。でも、それって結構リアルな話だなって。そうならないために自分たちで何がすべきかということを考えようと。10年後に地域産業の担い手になれるように、仲間と切磋琢磨できる状況をつくろうというのが「TSUGI」のはじまりだったんですね。

それから3年経って風景は恐ろしく変わったなって思います。1年目のテーマは仲間づくりとか拠点づくり、2年目のテーマは情報発信で「福井のものづくりは良いぜ!」みたいなことを宣伝する作業をやったんですね。3年目に「TSUGI」は会社になったんですけども、ちょっとずつまわりの空気も変わってきたっていうのもあって、地域として一丸となってやっていこうと思えるようになってきたと感じています。

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昔は本当に何者でもなくてずっと悶々としてたんですよね。「人がいたらおもろいことできるのになあ」とか「同世代がぜんぜんいねえじゃん」とか思うわけですよね。その時に救いだったのが、「壮年会」という壮年世代の集まりがあってですね、そこで地域のことを手取り足取り教えてもらったんですよ。僕は運が良かったというか、わりと地域になじもうという態度だったので、「コイツはアホやけど、そんなに怪しいヤツでもないから良いやろ」みたいな感じで受け入れてもらえた。

実は「TSUGI」をはじめてからのほうが辛いことが多くて。今まで聞き分けの良かった子が、地域の中で何かやりはじめだした。そしたら手のひら返しで「おもんないぞコイツ」みたいな(笑)。やっぱり聞き分けの良い子だった時は、まだ自分たちのテリトリーなんですよね。そのテリトリーを超えた活動をした瞬間、なに荒らしてくれてんだと。「お前らのやってることは越前漆器を使った売名行為だ」みたいに言われて。それがこの一年くらいでの格闘やったんですよ。

今までの地域の”当たり前”でやり続けると詰んでしまうというか、たぶん未来はないだろうなというのがあって。一人やったら心が折れていたと思うんですけど、でも折れなかったのは寺田がいたりとか、TSUGIのメンバーや、ろくろ舎さんの酒井(義夫)さんとか、同じ価値観を共有できる同世代が劇的に増えたことで、なんとか虚勢を張れているという感じはありますね。

寺田千夏(以下、寺田):私はみんなより遅れて移住してきたから、アートキャンプでお世話になったおばちゃんおじちゃんたちに「よう帰ってきたなあ」ぐらいの感じで迎えてもらえて、すっと入り込めたのはすごいよかったなって思って。やっぱり、ニイ(新山)が言ってたように同世代の移住者がめっちゃ増えていることにびっくりして、同じような気持ちの相談をできる相手がいるっていうことはすごい心強いですね。

「TSUGI」の寺田千夏さん

「TSUGI」の寺田千夏さん

ここに来る前のデザイン事務所に勤めていた時の話なんですけど、締め切り前に夜遅くまでパソコンに向かって作業してたら、社長から手を止めて来てくれって呼びだされて。「なんやねん!こんな時に!」と思いながら社長室に行ったら、「今日で会社をたたむから今から家帰ってくれ」と社長に土下座しながら言われて…。間髪入れずにどこからともなく弁護士が現れて、えーどこにいたんですか!みたいな(笑)。「今日から取り立てがくるから絶対に事務所には近付かないで下さい」という内容の書類を渡されれて…そこから一瞬にして何もなくなった状態。全くの白紙。

新山:そこでデザインのあり方をけっこう考えちゃったよね。

寺田:めっちゃ考えた!それからもフリーランスでお仕事はちょこちょこもらえてたんですけど、これでご飯を食べていくことはできているけれど、自分が楽しく歩んでいけるかって思った時にすごい不安になっちゃって。新しいことをみつけてようと思った時に、ニイから電話がかかってきたので良いタイミングでしたね。

新山:めっちゃ酔っぱらった状態で、めっちゃしつこく口説いてたんですよ。「来いよ来いよ」って。実は次の日にはまったく言ったこと覚えてないっていう(笑)。

寺田:当時、実は行きたい会社があって、もうそこに行くか行かないかという時だったね。

新山:大手老舗企業の社長の弟子やったっけ?

寺田:そう社長の弟子(笑)。初めての募集だったらしくて、これは行くしかないって思って。

新山:受かったって連絡が寺田からあって。ふつうはそっちに行くやろって思うでしょ?そしたら「いや、鯖江に行く」って…震えましたね。この子の人生を…と考えるとほんまに震えましたね。

寺田:やっぱりすごい悩んで。たぶん、どっちにいっても楽しいのは変わらないし。ふだんはお母さんに電話でそういうこと相談しないんですけど、辛い道のほうが面白いんだよみたいなことを言うてきて。じゃあ辛い道ってどっちだ?こっちだみたいな(笑)

次ページ:トータルでそこにある状況をつくるのがデザインの仕事

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