歴史的価値を継承し、地域活性化のための空間再生に挑んだ「高宮庭園茶寮」プロジェクト(2)

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歴史的価値を継承し、地域活性化のための空間再生に挑んだ「高宮庭園茶寮」プロジェクト(2)

デザインの課題は、庭を中心とした自然と建築の調和

――公園としての機能を持たせることと、建築の歴史的価値を伝承すること。多くの条件がある中で、デザイン面ではどんな課題がありましたか?

小出:先ほど杉元さんがお話しされたように、「地域に根付いた公園」をコンセプトにしていたので、本来の景観を壊さず、奇をてらったことをせず、伝統的な木造建築である母屋に、新しい2棟を調和させていくことをテーマにしました。そのうえで庭から建物をどう見せるか、反対に建物の中から庭をどう見せるか――庭を中心として、回遊性を意識しながら、一つの巻物のようにそれぞれの建物と庭が連なるような散策路をまわりにつくることにしました。ただ当初、庭部分は雑木林と化していたので、これをきちんと維持管理して建物と調和させていくことが一番の課題でした。

旧高宮貝島家住宅高宮南緑地 地図

旧高宮貝島家住宅高宮南緑地 地図

杉元:私は、公園という枠組みの中で、いかに公共的になりすぎないかということも注意していました。商業施設としての役割と公共的な側面のバランスをとるという点でも、設計の難しさがあったと思います。

小出:そうですね。柵の寸法からグリップのサイズまですべて都市公園法の設計基準で決まっているため、その選定や設計の指示は通常とはちがう難しさがありました。

――新旧の建築を調和させるために、意識したことがあれば教えてください。

小出:新設の2棟(迎賓館、ミュージックホール)が、母屋より大きなボリューム感を持たないようにすることを意識しました。建物の高さは母屋を超えないようにし、母屋よりも少し後ろに配置して、建物の全体像が見えないようにランドスケープの木々で囲みました。

ミュージックホール・迎賓館(外観)

ミュージックホール・迎賓館(外観)

小出:また、外構の色合いにも一体感をもたせるようにしましたね。母屋の外構は、建築当時の意匠である白漆喰と黒漆喰のツートーンで構成されていたのですが、それを復元し、渡り廊下でつながる新設の迎賓館も黒漆喰の色になじむように全体的にグレー色にしました。また、ミュージックホールの屋根も木造建築の三角屋根に合わせてコンパクトな形状にするなど、母屋に合わせてチューニングをするように新設部分を設計していきました。

日本家屋の知恵を生かし、100年前の建築の意匠を復元

――もともと生活空間でもあった木造建築を、レストランやパーティー用の大広間に改装するうえで苦労した点はありましたか?

小出:母屋のうち、使用頻度の高い生活空間部分はほとんど欠損していたので、残存する応接空間を復元することになりました。建具はきれいに残っていたのでそのまま利用し、当時の意匠をきちんと見せることを意識しました。「自然との調和」という全体テーマの中に、当時のものを全部丁寧に使うということがあったので、文化財の専門家と綿密に相談しながら、今できうる手法で建築当時の様子を復元する必要がありました。

例えば、室内の壁は漆喰でつくられていましたが、その下地には剥がれ防止用に和紙が使われていました。その和紙をそのまま利用するなど、日本家屋の古の知恵をきちんと再現しました。

それから大きかったのは照明ですね。夜は暗くて当たり前という「陰翳礼讃」の文化が残っており、既存の照明では夜の披露宴やディナーには照度が足りませんでした。そのため、ライトを設置する必要があったのですが、一枚木でつくられた文化財の天井には穴を開けられません。そこで、テープライトや美術館でよく使用される3cm程度のスポットライトを壁に沿わせ、点工芸のようにテーブルに淡い光を当て込むなど、細やかなライティング計画を立てていきました。

天井と壁がまじわる箇所に、等間隔で小さなスポットライトがつけられている。

――このほかに内装部分では、どのような新しい要素を取り入れたのでしょうか?

小出:畳敷きだった大広間はハレの日の華やかさを演出するため、えんじ色のカーペット敷きにし、ドレスと和装どちらも着たいというお客さまのニーズに応えて、モダンで和洋折衷なしつらえを意識しました。母屋には博多織や金の和紙、鳳凰など、貝島氏が好きだったと思われるモチーフが随所に使われていたので、それをいくつか抽出し、控えめに散りばめていきました。でも一番大事にしたのは、借景との調和です。庭が主役になるように窓面積を意識し、内装はそっと添えるだけにとどめました。

貝島氏が好きだったという鳳凰のモチーフがあしらわれた欄間。

細やかな配慮のうえに成り立つ感動の空間づくり

――企画から約4年での完成となりましたが、オープン後の反響、自治体と地域住民の方の反応はいかがですか。

小出:オープン時に現地に行った際、近隣に住む方々が興味津々の様子で見に来ていたのが印象的でした。それまで立ち入ることができない場所だったので、今後、地域の方々に愛される場所になることを願っています。

小出美樹

杉元:近隣住民が敬遠するような大混雑もなく、落ち着いた雰囲気の中で運営できているので、良い反応をいただいています。当初の課題であった、従来の風格を残したいという貝島家の意向と、来街者へのおもてなしとしての機能を持たせたいという福岡市の思い。それをうまく一つに収めることができたのではないかと思います。

いまお客さまからたくさんのご要望をいただいているのは、庭を背景とした婚礼用の写真撮影です。挙式はせずに記念写真だけ撮りたいというニーズが非常に高いので、お食事と写真撮影のセットメニューを提供しています。庭を眺めながら食事やお茶ができるロケーションを生かして、ほかにもティーソムリエが淹れたお茶を楽しめるアフタヌーンティーなどを人数限定で提供していますが、こちらを目的にしていらっしゃる方も多いです。

――今後、近隣住民の方の利用シーンもますます広がっていきそうですね。

杉元:現時点では、まだ地域の方からの持ち込み企画が少ないため、地域の方が集えるような季節のイベントを運営側でも企画しています。今年の夏は、夜の散策ができるように、通常は17時閉園のところを20時まで開園し、灯りをテーマにした企画を実施しました。今後も、地域の方がこの場所を知るきっかけとなる企画をやっていきたいと思います。

杉元崇将

――丹青社とPDPは、「感動創出」「こころを動かす」という共通のビジョンを掲げています。お二人が考える、感動を生み出す場づくりで大事なこととは何でしょうか?

小出:今回の取り組みを通して、棟梁による当時の設計から建具まで細やかな配慮を感じとることができ、そのような細やかなサービスやデザインといった、直接人に伝わる熱量というものの大切さを再認識しました。特にコロナ禍で閉ざされてしまったいまこそ求められているのではないかと思います。

杉元:小出さんの細やかな配慮は、本当に素晴らしいと思います。私はもう少しビジネス的な観点で、大事にしていることが二つあります。一つは、長いスパンで利用していただける「生涯顧客」を生み出す場所づくり。婚礼に限らず、あらゆる通過儀礼の場所として繰り返し使っていただけるような場所を提供することです。もう一つは、「目的」となる場所づくりです。そこにしかない個性をどれだけ生み出せるかということが重要だと考えています。

旧高宮貝島家住宅高宮南緑地「高宮庭園茶寮」|JDN記事用動画|丹青社

文:掛谷泉(Playce) 撮影:井手勇貴 取材・編集:石田織座(JDN)