原研哉×武井祥平が考える“しるし”の可能性―「シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション」

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原研哉×武井祥平が考える“しるし”の可能性―「シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション」

いままでにないプロダクトデザインを求める「SHACHIHATA New Product Design Competition(シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション)」の今年度の応募が、4月1日からスタートした。第16回目となる今回のテーマは「思いもよらないしるし」。テーマに沿った、「しるし」が持つ可能性を広げるプロダクトもしくは、仕組みの提案を募集している。

第16回シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション メインビジュアル

審査員が活躍する現役のデザイナーであることも話題で、毎年結果発表が待たれる同コンペ。前回から続投の中村勇吾さん、原研哉さん、深澤直人さん、三澤遥さんのほか、今回はゲスト審査員としてエンジニアの武井祥平さんが加入。本記事では、原さんと武井さんに、「思いもよらないしるし」というテーマをどう解釈するか? 応募作品に期待することなどをうかがった。

「しるし」の意味をより広げていくコンペに

――武井さんは今回、ゲスト審査員としてはじめての参加ですね。簡単に自己紹介をお願いできますか?

武井祥平さん(以下、武井):僕は「nomena(ノメナ)」というスタジオを運営しています。nomenaは、さまざまな作家や研究者などから相談を受けて一緒にものづくりを行っていて、まだ世の中にないものを一から設計してつくることが基本的な仕事です。

約半分はアーティストやデザイナーから依頼を受けて表現に関わり、もう半分は産業分野や自分たち自身の作品づくりをしています。エンジニアリングが強みですが、技術だけでなく表現に対する感受性や解像度を持ってつくるということを意識しています。

武井祥平 エンジニア。1984年岐阜県生まれ。高専で電気工学、大学で認知心理学を専攻。2012年東京大学大学院情報学環・学際情報学府修士課程修了。同年、nomena設立。工学的な視座から前例のない表現の可能性を追求する活動を展開。自身の創作活動の他、気鋭のアーティストやデザイナーとの共同制作、テクニカルディレクションも数多く手がける。おもな仕事に、東京2020オリンピック・パラリンピック聖火台の機構設計など。

――原さんは、武井さんが審査員に加わることでどのような影響があると考えますか?

原研哉さん(以下、原):コンペは審査員をターゲットに応募する人も多いから、今回、武井さんがゲストとして審査員に加わることで変化が生まれるのはいいことだと思います。シヤチハタはハンコの会社なので、これまでの応募作品はその周辺からの発想が多かったんです。コンペの歴史的にもハンコにおけるしるしからはじまっているから、なんでもありにしすぎると面白くないかもしれないと、おそらく多くの審査員は思っていると思います。

でもあまり長く続くと、従来のハンコの範囲から出ないことに行き詰まりを感じるようになってきたんです。今回武井さんが看板になってくれることで、少し発想をひらいていきたいということが応募者に伝わるといいなと期待しています。ポスターのビジュアルも今回から変えてみました。

原研哉

原研哉 グラフィックデザイナー。日本デザインセンター代表取締役社長。武蔵野美術大学教授。「RE-DESIGN:日常の21世紀」展をはじめ、「HAPTIC」「SENSEWARE」「Ex-formation」など既存の価値観を更新するキーワードを擁する展覧会や教育活動を展開。松屋銀座、森ビル、蔦屋書店、GINZA SIX、MIKIMOTO、ヤマト運輸のVIデザインなど、活動領域は極めて広い。「JAPAN HOUSE」では総合プロデューサーを務め、日本への興味を喚起する仕事に注力している。2019年7月にWebサイト「低空飛行」を立ち上げ、個人の視点から、高解像度な日本紹介を始め、観光分野に新たなアプローチを試みている。

――武井さんは、このコンペにどんな印象を持っていますか?

武井:まずシヤチハタはちょっと特殊でおもしろい会社ですよね。インク付きの印鑑は「シヤチハタ」と代名詞的になっていますし。そしてその会社がデザインコンペを開催しているというのは興味深いです。おもにハンコの会社ですが、「しるし」について考えていると「印」と「記す」で当てられる漢字が違うし、あえて平仮名であらわしていることも何か広がりがある概念を示しているのかなと感じました。

――では次に原さんに伺いたいのですが、方向性を変えたというポスタービジュアルについてもう少し詳しく聞かせていただけますか?

原:今回あえて変えようと思ったのは、ビジュアルに赤いしるしが入っていることが、発想の範囲を狭めてしまっていたかもしれないと感じたからです。

第15回シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション

以前のビジュアル(第15回開催時)

原:「いままでとはちょっと違うよ」ということを伝えたかったんです。大きな余白を残しつつ、少し新しい発想でチャレンジしてくださいと、あえて不可思議なかたちを配してみました。すごく明快な答えをポスターで出してしまうのも違うんですよね。

“思いもよらない”は、知っているものの近くに生まれる

――今回のテーマの「思いもよらないしるし」については、どういう印象を持たれましたか?

武井:正直、すごく難しいテーマだなと思いました。「思いもよらないもの」は発想できないので、狙い打ちが困難ですよね。手法自体が偶然性を伴うような、新しい考え方をしないといけないし、高度なテーマ設定だなと。そもそも「しるし」とは?ハンコって何なんだろう?と、そういう根源的な問いに立ち返ったときに「しるし」の意味が見えてくると思います。そういうプロセスが、ある種の偶然性を含むアプローチになって、セレンディピティ的に何か意味が見出されてくるんじゃないかな。

新しいものをつくりはじめるときはまだゴールが見えません。でも、そういう時にあれこれ試作したり技術を試したりしていくうちに、だんだんそこに意味が染み込んでいく経験をすることがあります。まだ意味のないものに対していろいろと操作を加えてみたり、手垢をつけていったりするうちにだんだんと表出されることもあるんだろうと思います。

武井祥平

原:僕も最初はちょっと考え方がめんどくさいテーマだなと思ったんですよ。「しるし」だけでもかなり多義的なのに、そこに「思いもよらない」という文脈が加わることで狭くしてしまうかもしれないと。

そもそも思いもよらないことや予想外のことって、よく知っているものの近くに生まれます。すでに知っているはずの物事の周辺に未知なものが発生するときに「思いもよらない」と、言うんです。例えば、目の前にいきなり宇宙人が現れたらただ驚くだけですよね。でも、隣にいる人が実は宇宙人だったと知ったときに「思いもよらない」と口にするでしょう。

これはデザインも同じです。「トイレットペーパーは素晴らしいデザインだ」と言われても「どこが?」と思うかもしれないけど、実際にあの用途の紙をデザインしようとしたら、あれが最適であることに気がつくんですよね。トイレットペーパーってとてつもなくよくできたデザインで、これを越えるのは難しいわけです。実際身のまわりはそういう水準のもので満ちていたりして、最終的にはデザイナーなんて革新的な仕事は一生できないかもしれないと思いいたる。そういう文脈で別の新しい提案ができたら「思いもよらない」ものになるかもしれません。

――お二人は、これまでの仕事のなかで「思いもよらない」体験をされたことはありますか?

武井:何度もあります。棚からぼたもちみたいな経験もありますし、最初に描いてたものがベストではないことも多く、やりながらゴールを見定めていくというか、ピボットしていく感覚は常に持っています。

最近のアジャイル開発とかラピッドプロトタイピングと呼ばれるような、設計、試作、評価を短いスパンで繰り返す手法は、常につくりながら考えるエンジニアリングですよね。手を動かすうちに新しいイメージが生まれることもよくありますし。そういう意味でも、ものづくりにおいて思いもよらないことは大いにあるかなと。

原:デザイナーは、若いころからずっと自分の感覚の中に釣り糸を垂らすということをしています。図鑑を見ながらおもしろい形をスケッチするのではなく、何も見ないで頭の中から湧き上がってくる形を、発掘するように模索する。とにかく形を一生懸命にしぼり出すような時期があります。これは漠然とですが、それによって見つかるのは僕個人の体験だけからではなく、人間が何世代にもわたって体験してきたことが積層されたイメージとして残っているのではないかと思うんです。

だからデザイナーの発想のもとはやっぱりロジックだけではなく、人として生きてきた一つひとつの経験から出る、なにかしらの直感です。僕は全部言葉にしがちなので、よく誤解されますけど。

原研哉

――武井さんは、おもにエンジニアとして活動されていますが、仕事の上で美的な部分と工学的な部分をどう行き来していますか?

武井:僕はアートやデザインがずっと好きなんですが、例えば「いまこの作品がいいなと感じたのは、どうしてだろう?」という感覚は、工学的な発想ではアプローチできない領域です。心理学的に説明できるところもあるし、文化的な背景が関連する部分もあるでしょうし。

「思いもよらない」にもつながるところですが、自分が当たり前だと思っていたことが実はそうじゃなかったとか、考えたこともなかったことに別の意味があったとか、そういう部分が発見される瞬間はすごくおもしろい。人文系のことを勉強すると、自分が持っている考え方の根底に実はこういう歴史があったとか、意識していなかったところに伏線のようなものが潜んでいたということがわかってくるのも楽しいです。

原:僕は理屈っぽく話しているように思われがちですが、仕事は直感的にする方なんですよ。例えば、超撥水の作品は水の流れを流体力学で設計することはできませんが、水を触りながら「こういうことを実現したい」ということはエンジニアに伝えられます。同時にエンジニアの方も、形に対する直感がないと上手くいかないですよね。お互いが思っていることがうまくすり合わせられるかどうかで仕事が成立するか決まるんです。最近ふと疑問に感じたのですが、どうしてこれまでnomenaみたいな人たちがあまりいなかったんですかね?

武井:エンジニアリングは、基本的にゴールが設定されていれば積み重ねていくことで遅かれ早かれ到達できます。でも表現の分野は、ゴールが最初から明確じゃないことも多いですよね。

仕様書があれば多くのエンジニアが対応できますが、そもそも仕様書を書くことができないことによって実現できていなかったことが、おそらくすごく多かったんです。まだ最終形が決まっていない、ふんわりとしかイメージが共有できないものに対して行く先を一緒に見つけ、そこに向かって積み重ねることが、自分たちがいままで続けてきたことなのだと思います。まだ世の中にないものの仕様書をつくる仕事ですね。

あらゆるところに「しるし」は潜んでいる

――本コンペはこれまで複数の商品化が実現していることも特徴ですが、コンペにおけるアイデアの実現性について武井さんはどう考えますか?

武井:僕が作品に関わる上でポイントにしているのは、「信頼性をどこまで求めるか」です。それによってつくれるものも変わってきます。例えば、一番信頼性を落とした状態は「毎晩メンテナンスすれば動く」くらいのもの。2週間程度の展示ならなんとか乗り切れます。これは極端な例ですが、そんな状態でもいままでなかったアイデアが世の中に発表されることは、大きな意味があるとも思います。多くのエンジニアにとっては低い信頼性でものをつくることは許せないから、「よくそんな信頼性のないものをつくれるな」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが(苦笑)。

でも最悪、そんな状態だからこそ世に出せるものがあるのも事実なので、商品化を一番に目指すとアイデアが矮小化するというか、ハードルがちょっと上がってしまうかもしれません。今回は商品化が絶対ではないと思うので、実現方法がまだわからないものもあっていいのかなと思います。せっかく僕も参加するので、一緒に方法を考えるのも面白そうですね。

(左)「第12回シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション」グランプリ受賞作品「わたしのいろ」プレゼンシート/(右)「第13回シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション」グランプリ受賞作品「スーパー楕円はんこ」 応募時のプレゼンシート

(左)第12回グランプリ受賞作品「わたしのいろ」応募時のプレゼンシート/(右)第13回グランプリ受賞作品「スーパー楕円はんこ」応募時のプレゼンシート

「わたしのいろ」

商品化時の「わたしのいろ」

スーパー楕円はんこ

商品化時の「スーパー楕円はんこ」

――グラフィックデザインで実現が難しいもの、印刷できないようなものもあるのでしょうか?

原:昔、国旗の日の丸のプロポーションを変えたほうが平和的に見えるという提案をグラフィックデザイナーがしたことがあるんです。僕はすごく良いポイントだと思いました。日の丸は、白の地に対して少し小さ目に配置されています。瞳孔って、興味があると大きくなってそうでもない対象には小さくなりますよね。いまの日の丸は、ちょっと瞳孔が小さい状態です。それをちょっと大きくすると平和な感じがするという提案だったのですが、やはり受け入れられなかった。

でも例えば、こういうアイデアもコンペならあって良い気がするんですね。グランプリになるかどうかはわからないけど、僕はいいと思います。ちょっと荒唐無稽な「思いもよらないしるし」という意味では。

――最後に、応募を考えている方にヒントをいただきたいと思います。今回応募するにあたって、どのように発想を進めていくのがいいでしょうか?

武井:自分だったらどう発想するかを考えましたが、「意外な喜び」が潜むところは「思いもよらない」に言い換えられるのかなと。日常のなかで、期待していなかったけれど現れた喜びみたいなものに敏感になると、その周辺に何かネタがあるかもしれないと思いました。

原:手当り次第としか言えませんね。例えば、ペットボトルのキャップをひねると出る音はまだ開いていない「しるし」ですよね。こんなふうに、あらゆるところに「しるし」は潜んでいますから。ただ、どうしてもこれまでは文系的解釈で選んできた部分が多かったので、武井さんが参加して応募者の傾向も変わるかな?

武井:僕は高専出身なので、ぜひそういう方々や理工系の方にも応募していただけたら楽しいですよね。

■第16回シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション
https://sndc.design/

取材・文:角尾舞 撮影:小野慎太郎 編集:石田織座(JDN)