小阿瀬直さん(以下、小阿瀬):SNARKは、もともと僕の個人事務所として群馬でスタートしました。4年前に東京にも事務所をつくり、2016年に法人化したのを機に恵比寿に事務所を構えることになりました。設立当時は戸建住宅の設計が多かったんですが、群馬・東京の2か所に事務所を構えてからは、オフィスや店舗、集合住宅の設計・内装など大きなスケールのものから、スケールの小さいインテリアや什器といったものなど、スケールを横断した依頼が増えてきています。
店舗やオフィスを設計するときは、インテリアや什器といったプロダクトを何かひとつオリジナルでデザインするようにしています。普段から建築でお願いしている職人さんと一緒につくっているので、木工や鉄などの材料を使ったプロダクトが中心です。プロダクトをつくるような視点で建築を考えたり、建築をつくるような視点でプロダクトを考えたり……といったことが、僕らの強みだと思っています。

小阿瀬直(こあせ・すなお)SNARK Inc. 代表取締役/一級建築士。1981年群馬県出身。工学院大学卒業後、日建設計など設計事務所に勤務。2008年に小阿瀬直建築設計事務所設立 。2016年SNARK Inc.設立。前橋市美術館プロポーザルコンペティション 佳作。
共通の間取りなのに、部屋ごとに特別感のある集合住宅「ridge.」
「ridge.」は群馬にある、SNARKが手がけた2階建ての木造アパート。それぞれ特徴的な外観をもつEAST棟、WEST棟の2棟で構成されている。メインで設計を手がけたのは、山田さんだ。
山田優さん(以下、山田):クライアントからは、「画一的な建物ではなく、設計やデザインの力で投資物件として価値の高いアパートにしたい」という要望をいただいていました。

凸凹した不思議な外観の「ridge.」(Photo:Ippei Shinzawa)
山田:真正面から見ると、中央に重なる部分があるので異なる形の塊が連結しているように見えますが、実は2棟にわかれています。右側がEAST棟、左側がWEST棟になっています。1棟に8住戸あり、全体で16住戸の住宅です。凸凹した不思議な外観をしていますが、実は部屋の間取りはほぼすべて一緒です。投資物件として、工事費を抑えるために同じ間取りとしています。
同じ間取りなら、一般的には南向きの角部屋がいちばん条件が良く、賃料もほかの部屋より高めなのが普通ですよね。でも、デザインの力でそれぞれの部屋に価値をもたせ、「全戸から好きな部屋を選ぶ楽しさ」のある賃貸住宅にしたいと思いました。

山田優(やまだ・ゆう)SNARK Inc. 取締役/一級建築士。1988年新潟県出身。市立前橋工科大学 建築学科 石田敏明研究室 卒業後、小阿瀬直建築設計事務所、大成建設株式会社に勤務(新国立競技場 ザハ案、ホテルオークラなどのプロジェクトに従事)。2017年にSNARK Inc.参画。

天井のジグザグが明らかな、断面図
小阿瀬:それぞれの部屋の天井の傾斜をジグザグにして高さを変えているのが特徴です。ジグザグの度合いがゆるやかな部屋と、傾斜がはっきりしている部屋とがあり、部屋ごとの天井高に合わせて窓の高さもまちまちです。ワンルームですが、リビング、キッチン、寝室を天井の形状で仕切ったりしています。
山田:床のレベル(高さ)を変え、腰壁をつくることで散らかりがちなワンルームを広々とすっきり使うことができます。

天井の傾斜や床のレベルを変化させ、一般的なワンルームとはちがう見え方になっている(Photo:Ippei Shinzawa)
山田:外観も特徴付けています。一般的なアパートは、同じような間取りの部屋が並んでいるので、どうしても箱っぽいつくりになってしまいますが、この建物は屋根の形をジグザグにして、山並みのような外観にしています。まわりを山に囲まれている群馬の景色にリンクするようなイメージです。
小阿瀬:さらに、外壁も全部同じ素材でありながら、パーツの形や貼る方向を変えて、テクスチャーに変化をつけています。

外壁のパーツを貼る方向が、縦・横とちがっており、表情を生み出している(Photo:Ippei Shinzawa)
山田:このように外観も部屋の中もそれぞれの住戸でまったく印象は違うのですが、各戸のフレームは左右反転パターンがあるだけで、基本的にはまったく一緒なんです。図面を見るとよくわかると思います。架構を共通にすることで施工性が上がり、工事費を抑えることができます。

1階 図面

断面図
山田:図面は全部、Vectorworksで描いています。住戸の平面詳細図は全住戸同じ間取りの集合住宅なので、一住戸分のデータを使いまわしています。展開図は普通のアパートだったら一戸分を描けば全部使いまわせますが、天井の高さや角度、窓の位置や形が全住戸違うので、実際にはかなりの量の図面を描きました。それらを全部管理するのが大変でしたね。
でもVectorworksにはビューポート機能(※)があるので、楽に作業できて助かりました。各住戸ごとに違う部分の細かい作図をシートレイヤ上で編集できたのは、本当に画期的。ridge.では、共通の図面(各戸の共通フレーム)に対して、注釈や寸法などの追記(天井や床など、各戸の個別のレベル差)をすることで、各戸の図面を仕上げています。Vectorworksは直感的に使えるので、図面を整えていく作業が行いやすいと思います。
小阿瀬:天井が高い部屋、低い部屋といろいろあるので、自分がどの部屋にいるのかがわからなくなるんですよ(笑)。
※ビューポート機能…レイヤやクラスの表示・非表示、縮尺を変更することで、いろいろな図面を自由な縮尺で取り出すことができる機能。取り出された図面はそれぞれ必要な注釈や寸法を追記して、異なる図面に仕上げられる。取り出された図面は同じ図形から引用しているため、設計変更の場合も複数の図面に同時に反映される。
行きかう人とのコミュニケーションを重視した『Let It Be Coffee』
二子玉川のメインストリートから1本入った商店街にあるコーヒースタンド。バリスタのご夫婦が出店する新規店だ。設計のメイン担当者は、大嶋さん。

Let It Be Coffee 外観ファサード画像(Photo:Koji Honda)
大嶋励さん(以下、大嶋):この店のオーナーは元『ブルーボトル』1号店の店長さんで、その後、フリーランスのバリスタとして活動されているご夫妻です。
小阿瀬:『インスパイアード バイ スターバックス』や『ブルーボトル』の立ち上げに関わった方々で、コーヒー業界でかなり注目されているおふたりです。

大嶋励(おおしま・れい)SNARK Inc. 取締役。1986年群馬県生まれ。桑沢デザイン研究所 卒業後、小阿瀬直建築設計事務所、ZYCC株式会社に勤務。2017年にSNARK Inc.参画。
大嶋:性格がとても明るくて、ホスピタリティも本当に素晴らしいんですね。もともと二子玉川に縁があって、地元の商店街にもなじみ深い。街の人たちとも積極的にコミュニケーションを取りたいというご要望から、設計のプランを立てる際も外とのつながりを大切にしました。考えたのは、入口前面にカウンターを置き、カウンターから商店街を歩いている人たちにどんどん声をかけていくというスタイルです(笑)。
小阿瀬:コーヒースタンドというと客席が手前にあって、カウンターが奥というつくりが多いですけどね。あえてカウンターが前面。客席は奥にしました。

カウンターが入口すぐにあるデザイン(Photo:Koji Honda)
大嶋:場所柄、子連れのお客さまも多いので、ベビーカーも入れるように間口を広くとりました。奥には近所の人同士で話せるように、コーヒースタンドでは珍しく、向き合うような配置の席があるのも特徴的だと思います。
小阿瀬:さらに、客席とカウンターにいるご夫妻が話せる空間になりました。店長がホストになり、店全体のコミュニケーションが展開していくイメージです。

シンプルながらも印象に残るテーブルとベンチも、オリジナルでつくられた(Photo:Koji Honda)
大嶋:客席のベンチやテーブルも全部、既製品を使わずにオリジナルでデザインしています。要所要所にスチールを取り入れて、素材感や色味のおもしろさが引き立つようなデザインを考えました。こういった提案をするときには、意図が伝わりやすいように図面に色を付けてプレゼンしています。

Let It Be Coffee 展開図
小阿瀬:展開図だけでなく、家具図も全部Vectorworksで描いています。色を付けて素材の質感も表現できますし、配置も細かく指定して、お客さんにも現場にもわかりやすく仕上げます。既製品を使っていないから、なおさら具体的に伝えなければいけないと思うんですよね。
大嶋:あとは図面と一緒に模型をつくることも多いですね。この案件でも、1/1スケールでテーブルの模型をつくりました。もちろん、大規模な案件の場合は3Dのほうが説得力はあるんでしょうけれど……。こじんまりとした規模の場合、3DのCGをつくってプレゼンするよりも模型のほうがわかりやすいですから。
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