Vectorworks ベクターワークス活用事例

共存をテーマに、多様性を柔らかく包み込む空間を生み出す−MARU。architecture(1)

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共存をテーマに、多様性を柔らかく包み込む空間を生み出す−MARU。architecture(1)

連載シリーズ「Vectorworks活用事例」では、設計に携わる方々にとって空間をつくる上で欠かせない設計ツール「Vectorworks」をどう工夫して使っているか、お話をうかがってきた。

今回フォーカスするのは、建築設計事務所「MARU。architecture(マル アーキテクチャー)」。自治体の大規模公共施設から集合住宅、個人住宅まで日本各地に多数の実績があり、2019年に竣工した松原市民松原図書館は、「日本空間デザイン賞2021」の公共生活・コミュニケーション空間部門で銅賞を受賞。地域と共存する公共施設のつくり手として注目を集めている。

建築設計を通じて、街に、社会に、自然に開かれた環境を生み出していきたいという同事務所。そんな思いがあるからこそ、建築物だけでなく、その周辺環境や人々が使用する情景をイメージしながら設計することを大切にしている。数値だけでは表現しきれない空間のあり方を伝えるためにも、Vectorworksは最適なツールとなっているようだ。常に周囲との調和を模索する共同主宰の高野洋平さんと森田祥子さんに、ひらかれた建築を具現化する方法をうかがった。

まちづくりの核となる公共施設を中心に、二人三脚で挑む

「MARU。architecture」は、2010年に森田さんが立ち上げた建築設計事務所。2013年に高野さんが加わり、二人の共同主宰として改めてスタートした。もともとお二人とも前職から公共施設に携わることが多かったという。

森田祥子さん(以下、森田): 私はNASCAという設計事務所で小学校などの公共施設を担当していました。高野は、多くの公共施設を手がける佐藤総合計画に10年ほど在籍し、図書館の設計を経験していますし、『触発する図書館―空間が創造力を育てる』(青弓社2010年)という本も共著で出版しています。最近では、さまざまな自治体で集客力の強い図書館をまちづくりの核とするために建て直すことが増え、私たちが担当させていただくことがあるんです。

共同主宰となってからは集合住宅や戸建住宅の設計やリノベーションを手がけていましたが、その間も公共施設のプロポーザルにはチャレンジを続けていたんです。

森田祥子 1982年茨城県生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業、同大学大学院修了。NASCAを経て、2010年MARU。architecture設立。

森田:「MARU。architecture」としてはじめて受注した公共施設は、高知県土佐市の複合文化施設です。図書館や市民会館、公民館、社会福祉センター、商工会という5つの既存施設をあわせた、1万平米を超える大きな施設で、この仕事を契機に公共施設の設計に携わらせていただく機会が多くなりました。

2019年11月に竣工した、土佐市複合文化施設「つなーで」(写真:KAI NAKAMURA)

高野洋平さん(以下、高野):高知県の案件は継続していて、いまは2024年に開館予定の南国市立図書館のプロジェクトに関わっています。そのほか、今年7月にプロポーザルで選んでいただいた静岡県伊東市でも図書館の設計が進行中です。

森田:ちなみに、事務所名の由来は「本当なの?」とよく聞かれますが、見ていただくとわかる通り二人とも丸顔で(笑)、顔がすごく丸いことから「MARU。architecture」という名前で活動しています。

地域の風土に馴染んだ、環境にも優しい公共図書館

2019年11月に大阪府松原市に竣工した松原市民松原図書館は、「MARU。architecture」として初めて取り組んだ公共図書館だ。ため池の環境を活かした親水空間にある建物は水の中に悠然と佇んでおり、街の風景に馴染んでいる。

2019年11月に竣工した、松原市民松原図書館(写真:KAI NAKAMURA)

高野:内陸地である松原市では昔から農業用のため池が重宝されていて、市内にため池が多く残っていました。近年はそれらを埋め立てて新しい施設が建設されています。今回もため池を埋め立てることを想定した、設計・施工一体型の珍しいプロポーザル案件でしたね。

さらに周辺には古墳が多く点在していることも特徴でした。古墳は人間がつくった人工の建造物なのに住宅地の街並みに自然と馴染んでいて、長い間その場所に存在し続ける土木のようなスケールを感じました。そういったところから、「土木と建築の間」「自然と建築の間」といった建築のあり方を模索し、「池の中に建つ土木的な建築」をつくることをテーマとしました。

高野洋平 1979年愛知県生まれ。名城大学理工学部建築学科卒業、千葉大学大学院博士後期課程修了。博士(工学)。佐藤総合計画を経て、2013年よりMARU。architecture共同主宰。

森田:ため池は図書館がオープンした今も農業用水として使われています。建設期間中も土のうを積み、池の一部を農業用に残しながら施工しました。今回のプロポーザルでは、私たち以外の提案はすべて埋め立てて建設する計画だったそうです。

高野:水の中に建てるというメリットの1つには、埋め立てをしないので、環境負荷やコストを軽減でき、工期も短くなるという点が挙げられます。ただそれだけでなく、建物のまわりにお堀のように水を循環させて池の水質改善を図ること、水辺の環境自体を活かして省エネルギーな建築をつくること、公園と一体となった親水空間をつくることという全部で4つのメリットを挙げて提案しました。

来館者に人気だという、ため池が見える席(写真:seki takuya)

高野:そうは言っても普通に考えれば、本と水、建物と水は相性が悪いですが、今回は設計・施工一体型という強みを活かし、建設会社である鴻池組の土木部門と連携してその実現性をアピールできた点が大きかったと思います。世界的なエンジニアリング会社のアラップ・ジャパンにも協力していただき、ため池の水面で冷やされた風を館内に取り込んだり、ため池によって街の環境自体も冷やすという環境シミュレーションも実施しました。

森田:竣工後の計測では、環境的に予想以上のよい結果が出ています。外壁はコンクリートの打ちっ放しですが、通常は外気に触れる外側と室内側の表面温度の差が大きく出ます。しかしこの図書館は冬も夏も1年を通じて室温が安定し、コンクリートには内部結露も出ていません。

高野:外壁には通常の約3倍の600mmのRC(鉄筋コンクリート)を使用しています。壁には断熱材を入れるのが一般的ですが、分厚いRCはそれだけで断熱や耐震の役割を担ってくれます。その上、壁自体が耐力壁の役割を果たすので、建物内部に耐震のための柱が不要です。だから設計の自由度が高く、立体的に人の動線を考えながら吹き抜け空間を設けることができました。

人の動線と重ね合わせて、内部の風の流れも解析しています。スパイラル状に風が抜ける空間に人も流れるように設計し、書棚もまず一度整然と並べたものを少しずらして流れをつくっています。それにより図書分類のわかりやすさは保ちつつ、視覚的には通路を抜ける際に本が飛び込んでくるような動きのあるレイアウトとなり「本をめぐる体験」を豊かにする狙いです。

書棚は風の流れがうまく通るよう、整列したものから少しずらして配置されている(写真:seki takuya)

高野:外観写真だけを見ると、閉じた箱のような印象がありますが、来館された方は「思ったより明るい」とおっしゃってくれます。図書館は日射制御も重要なので、実は窓が全体の壁の11%しかありません。そこで開口を3m以上に大きくするなど工夫して、開口部が少ないからこそ印象的に光が差し込むように採光をデザインしています。

高野:また、建物の外壁は、ピンクのカラーコンクリートを用いて、色むらを残した仕上がりになっています。新築の時が最高の仕上がりで、そこから劣化していくということではなく、経年を感じさせない外観を目指しています。完成時には賛否が分かれましたが、松原市の担当者の方から「使い込んだ焼き物のように味が出てくるんだ」と嬉しいコメントもいただきました。

垂直な部分もほとんどないのですが、自然の中では真四角の方がむしろ違和感がある。形については、模型をつくって体感的に検討しています。

日射制御の観点から窓は全体の壁の11%しかないが、開口を大きめにするなど工夫が施されている(写真:KAI NAKAMURA)

壁には、少し珍しいピンクのコンクリートが使われている(写真:seki takuya)

森田:近代建築がどんどん壊され、保存ができないことを建築家として課題に感じているのですが、この図書館を手がけるにあたり、「時間を超える」ということもテーマとして持っていました。最初のプロポーザルでは、市内の8つの図書館を1つにするという要件があったのですが、街の身近な図書館がなくなってしまうということは、そこに住んでいる人たちにとっては大問題です。だからこの場所が100年経っても残り続けるということは、街の人々にとっても必要なんじゃないかと思います。新しい建物ができましたというよりは、「ずっとここにありますよ」ということをメッセージとして伝えたいですね。

プレゼンテーションとドローイングに最適なVectorworks

松原市民松原図書館を手がけるにあたり活躍したというVectorworks。図面を描くツールでありながら、フリーハンドで試行錯誤でき、ドローイングソフトのようにも使えるという。さらに、正確な図面とイメージを描いたドローイングを1枚で表現できる点が高野さんにとっては魅力のようだ。
高野:今回は建設会社や環境エンジニアリングの専門家と組みましたが、建物の形の意味をエンジニアとのコラボレーションの中から見出すことができた点は、面白い発見でした。水の中に建っている意味や、厚いRCを用いたシンプルな構造であることの意味が技術的に説明でき、一見変わった印象の建物なのに突き詰めて考えた上の必然性があるんです。

建物の断面図

高野:特にこの図書館では、建物と水の接点、つまり、防水と排水の部分が一番の肝でした。このような建築の場合には、技術的な整合性を図ることと空間をイメージすることを同時に行いながら図面を描くことが大事だと思っています。だから、背景や人間のスケールも含めて1枚の図面自体で、この場所の情景が見えてきてほしい。その方が自分も思考しやすいですし、その際にVectorworksがドローイングに近い感覚で使えるんですよね。

1階の一般開架の図面

森田:図形に模様を付けるハッチングや彩色は情景描写にも使いやすく、普段からプレゼンテーションだけでなく実施設計段階も含め、すべてのCADの作図にはVectorworksを使用しています。ダイレクトにプレゼンテーションツールにもなりますし、自分たちの情景描写としてのドローイングもできる。それを同時にできることがVectorworksの一番の魅力だと思います。

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