オーナーのオリジナリティを店舗のシンボルに。「サロン・ド・テ・ラヴォンド」
伊藤さんとは、以前に別のプロジェクトでご一緒させていただいたのが最初のご縁です。当初は空間設計だけの相談でしたが、店舗のイメージづくり全体を企画段階から関わったほうが、サロン・ド・テ・ラヴォンドの付加価値を上げられるのではないかと思ったんです。そこで、CIやメニュー、Webサイトも含めて、全体のコンサルティングをスマイルズでやらせてもらうことを提案しました。
ブレストを重ねていく中で、伊藤さん自身が本物志向のある方だと分かりました。しかも、本質や誠実さを追求する一方で、遊び心もある。この非常にユニークなパーソナリティを、「二律背反」というキーワードに落とし込みました。
このCIは、デザイン部のグラフィックデザイナーが担当しました。相反する二つの方向に向かう直線を円形にデザインし、その一つの集合体が伊藤さん自身というイメージです。
自分が担当する空間設計も伊藤さんを中心に据え、空間のすべてを指揮する彼の立ち振る舞い自体もシンボル化したいと考え、デザインコンセプトを「シンボル」としました。紅茶専門店なので、当然「紅茶」も大事ですが、それも含めて伊藤さんがいて初めて成り立つ空間にしたいと思いました。
その一番のシンボル=象徴となるのが、正面に配置したステージです。伊藤さんが立つこのステージで、まわりには利用するお客様の姿があり、紅茶の芳香が立ち込めている。
日頃から「所作は見せないものだ」とおっしゃっていた伊藤さんに、「全部見せる必要はないけれど、手元を“ちょい見せ”して、ライブ感を表現したらどうか?カウンターは、ちょっと洞穴のような奥まった感じのつくりにしたらどうか?」など、より象徴的に見えるよう提案しました。
さらに、茶器にもこだわっているので、これらも全部見せるレイアウトに。パントリーは客席まで延ばして、お店の世界観を空間一体として表現するプランを考えました。カウンターと客席の仕切りをガラスにして、ステージ全体を「見せる空間」としてしつらえたんです。
インテリアのトーン&マナーは、誠実さと遊び心。「空間の中の余白」を意識して設計したという。
例えば、あえてむき出しの配管をガラスの柱のように見せるつくりにしたり、植栽をディスプレイするスチール棚の一部が真鍮で無駄に光っているとか、各所に遊び心をちりばめています。
それぞれのデザインについては伊藤さんに意図を聞かれましたが、「こうしたら間違いなくイケてます!」とお伝えしたら、「齋藤さんが言うならやりましょう!」とすぐに決断してくださいました。これは信頼関係というか、普段のコミュニケーションから双方の意図を理解し合えた結果だと思っています。まぁもちろん、実際には説明もしているんですが(笑)。
求められる内容で、思考ツールにもコミュニケーションツールにもなる「Vectorworks」
もちろん、この案件でもVectorworksは活用され、施主に対するプレゼンテーションツールとしても役立っている。
今は、自社ブランドの物件と他社ブランドの物件ではVectorworksの使い方も変えています。Soup Stock Tokyoのような自社ブランドの場合は、あらかじめ意思疎通も取れているので、あえて図面に色味を付けることもなく、むしろ図面のパターンを引き直す、パターンを組み替えるといった作業を中心にデザインや設計の精度をブラッシュアップしていきます。いわゆる思考するツールという使い方ですね。
一方、他社ブランドの場合はクライアントへ提案するところから始まるので、色味を付けたわかりやすい図面や、プレゼン資料を作成することを心がけます。こちらはいわばコミュニケーションツール。相手に理解していただき、お互いの意思疎通を図るための手段として使います。
おかれた立場や求められる図面の内容によって、簡単に使い分けることができるのもVectorworksの魅力のひとつですね。
齋藤さんがVectorworksに初めて出会ったのは、大学時代。授業でMiniCAD(Vectorworksの旧名)に触れ、卒業後もそのまま実務で使っていたという。
当時は、Vectorworksを3Dで立ち上げて、マテリアルを貼り付けて、プレゼンもして…と、かなり使い倒していました。その後、転職して違うCADソフトを使うことになったのですが、Vectorworksほど直感的ではなかったので切り替えるのにとても苦労しましたね。何をするにもまったく違う操作になるので、まいったなと頭を抱えました。
それから11年後、スマイルズへの転職を機に再びVectorworksを使うことが決まって、「入社までに思い出さなきゃ」と、再び焦りました(笑)。でも、やってみたら意外にスルスルと使えて、体が覚えているなと。もともと使用歴が長かったこともあると思いますが、非常に操作性が良く、あらためて驚きました。そういった点でもVectorworksはとても扱いやすいCADだと思いますね。
メンバー全員で面白がって、自由に垣根を飛び越える
スマイルズのデザイン部が手がける案件は、実に多岐にわたる。中でもグラフィックデザイン、Webデザイン系が多く、店舗設計まで受注するのは相当な大案件だ。それらを現在、デザイン部のメンバー8人で担当している。
メンバー全員、常に「とことんやる」ことを目指しています。例えば、新形態の店舗を出店することになったとき、実際のオペレーションを検証するために、店内の実物大のモックアップを社内のスタジオに作ったことがありました(笑)。「オペレーションのテストをするので、食べにきてください」と他の事業部にも宣伝して、たくさんの人に試食してもらいました。誰もが楽しんでやっていましたね。
つくづく、スマイルズのデザイン部は不思議な部署だなぁと思います。それぞれが空間、インテリア、グラフィック、Webといった、専門性のある分野を中心に担当していますが、決してそれだけじゃない。「これ以外はできません、興味ありません」と言う人がいたら、浮いてしまうかもしれません(笑)。分野の線引きをせず、いろんな領域を横断したいという意識を全員が持っていますね。
クリエイティブ本部のメンバーには元料理人・パティシエもいて、プロジェクトマネジメントの傍らメニュー開発もこなすという。こういった自由な発想は、「思考すること」と「実行すること」に全員で取り組み、クリエイティブな視点で楽しもうとする組織の風土からくるのだろう。
例えばつい最近、十勝の首都圏プロモーションのイベントの企画・プロデュース、運営をやらせていただいたんですね。そのときチーム内で、「こういうコンセプトのキッチンカーを出店しよう」というアイデアが持ち上がり、勝手に架空のブランドを立ち上げて、ロゴを作り、Tシャツを作り……さらには、調理や販売までデザイン部のメンバー総出でやっていました(笑)。
最初はゴールがみえなくても、面白がって行動しているうちに「次の展開が見えてきた!」とどんどん新しい発想が広がっていくんですね。そんなことが実現できるチームなんだなぁと。いろんな場所に、いろんな価値が転がっているので、まずは、新しい価値を探すためにいろんな「場づくり」を考えて、実現のために行動してみる。今後も、ジャンルを限定せずにチャレンジできる空気を大事していきたいと思っています。
今回、取材の中で印象に残ったのは「クリエイティブ本部のメンバーが分野の線引きをせず、いろんな領域を横断したいという意識を持っている」ということ。その分野を限定しないしなやかさによって、調理や販売まで自分たちでおこなうキッチンカーを出店したように、これからもスマイルズならではの自由な発想を持つプロジェクトが生まれていくのだろう。スマイルズが持つ意識の柔軟さとVectorworksのツールとしての柔軟性の相性の良さがクリエイティブな場づくりを生みだしていると感じるインタビューとなった。
取材・文:佐藤理子(Playce) 撮影:中川良輔 編集:石田織座(JDN)
スマイルズ
http://www.smiles.co.jp/
エーアンドエー株式会社
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