連載シリーズ「Vectorworks活用事例」では、空間をつくる上で欠かせない設計ツール「Vectorworks」をどう工夫して使っているか、商空間やオフィス空間などの設計に携わる方にお話をうかがってきた。
今回は、全国に約70店舗を展開するスープ専門店「Soup Stock Tokyo」をはじめ、セレクトリサイクルショップ「PASS THE BATON」、ネクタイの専門ブランド「giraffe」などのユニークな自社ブランドを続々と展開している株式会社スマイルズにフォーカスをあてる。
取材したのは、同社のクリエイティブ本部デザイン部の部長であり、店舗開発グループで設計も担当する齋藤正人さん。自社ブランドだけでなく、最近は社外からも店舗設計を依頼される案件が増加しているという。既成概念にとらわれない発想でさまざまな企業のブランディングや企画プロデュースを手がけ、独自の存在感を放つスマイルズならではの店舗づくりとはどんなものだろうか?
また、取り扱い案件に応じて、時にはデザイナーとして、時には企画プロデューサーとして求められる立場が違う中でのVectorworksの活用方法はどんなものだろうか?
温かい木とレンガに包まれた「Soup Stock Tokyo 円山店」
若い女性を中心に人気を博しているスープ専門店「Soup Stock Tokyo」が、2019年4月に北海道初出店を果たした。ロケーションは、札幌市の商業施設「マルヤマ クラス」の1階。円山公園や札幌市円山動物園にほど近い、緑豊かなエリアだ。
Soup Stock Tokyoのスープづくりには、北海道産の食材が欠かせません。また、以前から「素材が持つ自然な味わい」「温かいスープ」というキーワードは、北海道と親和性があると思っていました。だから、数年前からずっと出店するタイミングをうかがっていたんです。今回、マルヤマ クラスさんからお声がけいただいて念願が叶いました。
北海道初出店ということもあったので、設計にあたっては、まず「こんにちは!私たちはこんなブランドです」と明確に示すことを意識しました。我々店舗開発チームだけでなく、店舗で働くスタッフやお客様にとっても大事な場所になってほしい、という気持ちをしっかり届けようと考えました。
同時に、Soup Stock Tokyoが大事にしている「お客様とのコミュニケーション」「居心地の良さ」も重要な要素となります。入口すぐにはスタッフが対面でお客様を迎え入れるパントリー、厨房。その奥にお客様に一杯のスープをじっくりと味わっていただけるシートエリアという動線でレイアウトを考えました。
また、スープの素材の持つ色を引き立たせるために、マテリアルによる過剰な演出をしないような設計をするのもSoup Stock Tokyoの基本姿勢です。通常よく使用するコンクリート、ステンレス、木という素材に加えて、円山店は札幌という地域性も取り入れたかったので、「赤レンガの庁舎」のイメージからレンガ素材もチョイスしました。
温かい木とレンガに包まれた開放感のある空間。今までもここにあったようでいて、これまでにない新しさを感じるSoup Stock Tokyo。これをコンセプトに据えて空間づくりを進めていきました。さらに、北海道産のニレ材で作った家具を使うことで親和性を高め、温かみのあるやわらかい光を放つ丸いランプなども取り入れることで居心地の良さを表現しています。
今回、Soup Stock Tokyoとして新しいチャレンジもあった。円山店は、ブランド初となる四方すべてに壁がないオープンな区画での出店。いわゆる「島区画」と呼ばれるサイトへの出店となった。
「見通し規制」というレギュレーションがあり、奥にあるテナントが見えなくなってしまうような壁を立てるのはNGでした。そこで、視界を遮る壁は作らず、全面を白と黒を中心としたクリーンなイメージで透過性のあるガラスサッシで構築。その中で、パントリーという舞台で働いているスタッフがお客様としっかりコミュニケーションをとっていく、というストーリーに仕立てました。
厨房部分も普通だったら壁を立てるところですが、ライブキッチンのような、オープンな印象を強調しています。レンガで囲いはしたものの、お客様の通路部分の一部に窓を設けて、働いているスタッフの顔が店の外から見えるように工夫しました。さらに、ひらけた空間なので、アイキャッチになるアイテムで締めることも考えながら設計しました。
設計を進めるなかで、後に見通し規制に引っ掛かるとの指摘があったという。そのときに、空間をつくる上で欠かせない設計ツール「Vectorworks」が活躍した。
レギュレーションに則るために、図面を何パターンも引き直しました。でも、Vectorworksは、図面上のパーツを簡単に組み替える作業が圧倒的にやりやすい。応用性に富んでいるので、作業にストレスを感じないんですね。
特に、Soup Stock Tokyoの場合は、必要な設備がある程度わかっています。例えば、スープジャーの形状や数、客席のテーブルとイスのサイズなど、入れ込む要素が具体的にハッキリしているので、直感的に作業できるVectorworksだとなおさら早いし表現しやすいんですよね。もちろん、その前にスケッチを描き起こすこともありますが、どちらもアウトプットの手段の一つ。ケースバイケースで使い分けています。
空間を使う人と設計者の思いを共有するために
Soup Stock Tokyoに限らず自社ブランドの店舗設計に多く携わってきた齋藤さん。店ごとのコンセプトは違えど、設計に対する思いは変わらない。
一番大事にしているのは、自分が担当する案件のデザイン設計コンセプトはきちんと言葉で表すこと。作り手の意図をきちんと示せないようでは、説得力のあるデザインはできませんからね。自分が関わっている仕事は、すべて「スマイルズの作品」だと強く意識しているので、絶対に妥協はしません。
それからもう一つ。設計して終わりじゃなくて、お客様やスタッフが入るとどんな空間になるのかも含めて関与しています。デザインの意図は、クライアントだけではなく、店舗で働くスタッフとも共有する必要がある。そのために、店舗設計がすべて終わったら、店舗で働くスタッフに向けて「デザインのギフト」というデザインの説明会をおこなっています。
「このレイアウトやデザインにはこういう意味があって、こういう思いが込められているんだよ。だから、あなたたちのお店はこういうふうに使ってほしいんだ」という設計者からのメッセージですね。これをしっかり伝えれば、スタッフの人たちも「僕の、私の大切な店なんだ」と、愛着をもって働けるんじゃないかと思って、どの案件も欠かさず渡しています。スタッフみんなが自分ごとにする一つのきっかけになっていると感じています。
そんな齋藤さんがスマイルズに入社したのは、2016年の1月。それまでは、インテリアショップのIDEEにて店舗設計を3年間、フリーランスを3年間、大手コーヒーチェーンの店舗開発を11年間経験した。
20代のときは自分の個を重視しつつ、少し世間を斜めに見ながらの仕事の仕方でして(世間知らずだったと思います 笑)、30代ではマスに受けるような大手で仕事をしてました。そんな自分が40歳を迎えるタイミングで、「個」と「大衆」、どちらの経験も発揮できる仕事をしたいなと思って、スマイルズに転職しました。
初めて担当した案件は、Soup Stock Tokyo 表参道店の改装でした。それまでSoup Stock Tokyoは、ある種、どの店舗も方向性は同じデザインのトーン、同じ心地よさを目指していました。いわば、「大衆性」のほうが強かったんですね。でもこの頃から店舗ごとにエリアの特性や、お客様への過ごし方の提案など、「個」の方向に舵を切り始めたんです。
当初は木素材のナチュラルさをそのまま使用した店舗が多かったSoup Stock Tokyoですが、表参道店は白い色味を中心にデザインするといったチャレンジ性のある設計にしました。
その後さらに、齋藤さんは自社ブランドの店舗のみならず、他社の案件も手がけるようになった。もともと齋藤さんが入社する頃から、スマイルズとしても外部の仕事を増やしたいという意向はあったという。
入社前の面接でもその意向を聞いていたので、自分としても外部の仕事に積極的に取り組んでいくつもりでした。関わると決まった場合には企画から、社内や外部とのブレストから参加します。
「本当にその方法が正しいのか?あるいはこの内容で空間設計すべき案件なのか?」と突き詰めて、その結果、方向転換することもあります。いずれにしても最終的には、「こういう切り口で、ここまでやったほうが絶対に価値が上がりますよ」というところまで提案するようにしています。
次のページでは、最近の外部案件の一つ、紅茶専門店「サロン・ド・テ・ラヴォンド」の事例を紹介する。
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