柴田文江とイトーキがリデザインする、あたらしいワークチェアと自由な働きかた

柴田文江とイトーキがリデザインする、あたらしいワークチェアと自由な働きかた
“沁みる”あたらしさを生む素材選び

vertebra03に使用されているテキスタイル

――バーテブラ03は、オフィスチェアとしてはめずらしく木材が使用されています。

柴田:カフェで仕事をすることだったり、コワーキングスペースのようなところでこの椅子が使われるイメージについて話している中で、ふと「木が使いたいな」という言葉が出たんですよね。イトーキさんにはプラスチックのイメージがありますが、椅子の置かれる場所として、家のようなインテリアに馴染むものをつくるために、木を使えないかなと。

高橋:弊社では、いままでオフィスチェアのカテゴリで木を使ったものはなかったんです。最近はプラスチックで構造体(骨格)をつくるものも多いですが、もともとオフィスチェアは回転脚を鉄で溶接していたので、基本は板金やパイプでつくられていて、鋼製家具として考えられていました。木材について検討をはじめたときも、最初はシートや突板(ベニヤ)で巻く案も出ていましたが、小口の表現などが必要なデザインなので突板では無理だと判断し、無垢材からつくることになりました。

――ファブリックの開発過程についても聞かせてください。

宮田亜由子(以下、宮田):私がこのプロジェクトに入ったのが昨年の秋で、「バーテブラ03」のシルエットが見えてきた頃でした。その時に初めて柴田さんとお会いして、「ノル」のショールームにご一緒したのですが、柴田さんのイメージに近いものをいくつかピックアップしていただき、カラーやテクスチャーに関するプレゼンをしていだきました。柴田さんは、シンプルだけどリッチで、ごまかしがきかないようないい素材をパッと見抜いてセレクトされていたので、社内の予算を聞いていた私は内心ドキドキで……(笑)。

イトーキの宮田さん

柴田:ボディ色もちゃんと考えたいしファブリックもいいものにしたいので、サンプルをたくさん選んでいきましたね。単純にあたらしい椅子というものはいままでもあったと思うんですが、もっと“沁みる”あたらしさというか、新鮮なんだけれどほっこりした感じを出したくて。だからファブリックはとても重要だと思いました。

宮田:「ノル」のほかにも、柴田さんのオフィスにかなりたくさんの布を持ち込ませていただいて検討しました。最初は既成のものから選んでいただこうと思っていましたが、椅子そのもののクオリティを考えると、ありものだけでは世界観を表現しきれず、機屋さんと一緒に「バーテブラ03」のオリジナル生地の開発も行いました。

先染めの織物のため、試作するのにも時間がかかるので、機屋さんにシミュレーションをたくさんつくっていただいて、柴田さんにはすべて見ていただいた上で細かい色味調整などのやりとりを何度も重ねましたね。バーテブラ03は本体が4色でファブリックが28種類ありますが、イトーキの椅子でこれほどのバリエーションがあるものはなかったですし、紫やオレンジなどの明るい色もオフィス家具としては珍しいので、今回その常識は打ち壊せたかなと。好きな色って誰でも一つはあると思うので、暮らしに寄り添うものとしての椅子が、最後に自分の色のチョイスが加わることで、より愛着がもてることが大事だと思っています。

ワークチェアから考える、自由に働くということ

柴田さん、イトーキのみなさん

――オフィス家具メーカーとしてのイトーキが、オフィス家具というカテゴリにおさまらないワークチェアをつくる背景には、どのような思いがありましたか?

田中:最近はコワーキングスペース、シェアオフィスなどが流行っている中で、家具もどんどんおしゃれなものが支持されていくと、弊社としては行き場がなくなってしまうので、そういった領域も見据えないとまずいだろうという危機感はありました。これまでのように、会社にずっといるような働き方はもうなくなっていくでしょうし、僕自身そうした働き方をしていません。「テレワーク」や「家で働く」といった領域にイトーキが本格的に参入するのにはまだ時間がかかると思いますが、じわじわと近付いていければと考えています。

僕はもともと会社のデスクで作業していれば仕事になる、みたいなことには無駄があると思っていて、打ち合わせ後に近くのカフェで仕事を済ませる方がずっと効率的だと思っています。もちろん、自分で管理できていればの話ですし、チームにはどちらも強制はしません。もちろんそれによる弊害も出てくるかもしれませんが、今後はもっとそういう人が増えていくでしょうね。弊社もそこに対してどう商売していくのかというところで、そのひとつがこのバーテブラ03だと思っています。

高橋:僕は図面を見られるとまずいのでカフェではあまり作業はしませんが、自宅では仕事をしますね。家でCAD作業などをやりながら、打ち合わせではiPadを使用したり。

竹谷:僕も、今年は特に在宅で仕事することが多かったです。以前はPCも大きかったので会社にあるものでしか仕事ができませんでしたが、今だとノートPCで作業もできますし、会社以外でもWi-Fiがあれば問題ないので、効率的に仕事ができた実感はあります。

橋本:弊社では3〜4年前から徐々に在宅ワークを取り入れるような制度が始まったんですが、その時期を境に自然と仕事とプライベートを切り分けて考えることがなくなってきました。家でやることと、会社でやることの切り分けができるので、週の計画がしやすいという点でやっぱり効率的だと思います。

宮田:私は中途採用で入社したので、外で仕事をしてる方がたくさんいることに最初はおどろきましたね。でもそれができるのはそれぞれが自分の仕事に責任をもっているからで、お互いが信頼しているからこそなんですよね。

柴田:特に設計やデザインの仕事は、ずっと考えながら過ごしているので、仕事以外の時間でも、ふとした時に仕事をしたくなるタイミングってあると思うんですよね。だから、仕事をするのは会社で、家ではオフっていう切り替えはなかなか難しい。仕事をどのように自分の暮らしとうまく結びつけて、活力に変えていくかですよね。

橋本さん、柴田さん

――最後に、今回のプロジェクトを改めて振り返ってみていかがですか?

田中:柴田さんにはオフィス家具の幅をさらに広げていただけたと思っています。今後はもっとアクセルを踏まなきゃいけない気はしていて、このモチベーションをどんどん外に向けて発信していきたいですね。

橋本:僕は10年間椅子ばっかり見てきて、空間の中で椅子だけが目立てばいいと思っていたところがあったので(笑)、並んだ時の見え方やテーブルに合うかなど、「空間に馴染む」というキーワードで考えたことがなかったんです。今回そうした新しい視点を得ることができたのは大きいですね。

竹谷:僕は開発設計として生産拠点である自社工場で長く働いていたんですが、新しいものをどんどん取り入れていっていいんだという気持ちになれました。一般的な「こうあるべきだ」ということを覆されたというか、柴田さんに壊していただけた気がしています。

高橋:自分は世の中でいちばんおもしろい製品はオフィスチェアだと思うくらいオフィスチェアが好きなんですが、最近はオフィスがどんどん様変わりしていく中で、オフィスチェアがもしかしたらなくなるのかなという危機感もありました。でも、今回「こんな椅子だったらいいんじゃない?」っていう突破口を見出すことができて、そんな機会をいただけたことが嬉しいですし、この分野もまだまだ先はあるぞと確信しました。これからも楽しんでやっていきたいですね。

宮田:いちばん最初に携わったプロジェクトがバーテブラ03だったのは本当にラッキーでした。みなさんの仕事を間近で見られたことはとても勉強になりましたし、自分自身もワクワクしながら仕事ができましたね。今後イトーキでの働きかたの指針にもなったと感じています。

柴田:私は会社に勤めることが嫌で独立したんですが、今回のプロジェクトではみなさん本当に前のめりで仕事をしていて、インハウスでこんなにおもしろい働き方があるんだと思いました。やっぱり大きな会社でしかできないこともあると思うんです。つくるものにもインパクトがありますし、それに対してやりたいことを外部デザイナーと一緒にやっていく。それは仕事でありつつも自己実現に近い感じがします。私自身は自由に働いていて、仕事こそが自分を自由にしてくれると思っているんですが、今回関わったみなさんも、立場は違えど同じように仕事で自由になっている方々なんだと。

柴田さん、イトーキのみなさん

宮田:そういえば、「バーテブラ03」を紹介した友達が、「この椅子で働いてる自分、好きになれそう!」と言ってくれました。この椅子だったらこんなファッションがいいとか、こんな風にかっこよく働きたいと思えるって。だから、働く自分をどれだけ盛り上げられるかのとか、演出できるのかいうことも大切なのだと思います。

橋本:僕も以前同僚に「この椅子だと気分が上がらないから座らない」って言われたことがあって、椅子にそんなこと思うんだって衝撃を受けたことがあるんですが、確かにずっと身近にあるものですからね。「バーテブラ03」は個人で買いたいと言ってくれる社員が結構いて、それは今までになかったリアクションです。椅子は施工がいらないからオフィスに導入しやすいですし、これからのオフィス家具を考える上で、まずは椅子をつくれたことはよかったと思います。

柴田:イトーキさんのオフィスは、働くことへのモチベーションが上がるような、本当に「生きるように働く」を体現したようなデザインなんです。そう考えると椅子一つとってもかたちや環境ってすごく大事だと改めて実感しましたし、だからこそ今までそういう意識のなかった人たちにも、「バーテブラ03」に込めた思いが届くことを期待したいですね。

柴田さん、イトーキのみなさん

vertebra03
https://vertebra.jp/

文:開洋美 写真:加藤麻希 取材・編集:堀合俊博(JDN)