体験価値を「見える化」する。その評価軸としての「変革価値」
――丹青社が立命館大学に期待していることはどのようなことでしょうか。
辰巳:実は、八重樫さんにご相談したいことがひとつあります。私たちにとって空間が生み出す「体験価値」は、まさに重要な商品そのものです。ですが空間はどうしても「かっこいい!」とか「心地いい」といった感情的・感覚的な評価になりがちです。
例えば、商業施設であれば売上や来場者数といった目に見えるデータがあります。一方で、空間が人に与える影響については、これまで感覚的に捉えられてきた部分が大きいと感じています。
そこをきちんと可視化できれば、この空間への投資にはこれだけの効果があった、という確かなエビデンスをお客さまに示せるようになり、会社としてもレベルアップできると考えています。立命館大学さんの専門的な分析技術や学術的な視点を共有していただくことで、この新しい空間評価の形をぜひ実現してみたいです。
鈴木:これは、八重樫さんが指摘していた「企業がまだ気付いていない潜在的な課題を洗い出す」というアプローチにもつながる話だと思います。これまでのように経験則で語るのではなく、データに基づいて課題を特定し、解決の方向性を示せるようになる。それが空間体験デザインの体系化と結びつけば、空間を舞台にした新しい価値になりそうだと感じています。

――たしかに、売上や来場者数といったデータは従来からありますが、感情がどのように動いたかを数値化することは可能なのでしょうか?新しい評価軸をつくるという話になりそうです。
八重樫:視覚化には、「行動の変化」という部分が重要になってきます。体験価値は、これまで「そこで何を体験したか」が見られてきましたが、今はその体験の「意味」を求める時代になってきています。その意味は「変革価値」と呼ばれていて、その体験が自分をどう変え、次の場所へ連れて行ってくれるのかということです。
そうすると、そこでの経験を単純に数値化するだけでは足りません。来場者の期待、あるいは期待していなかったことに対して、空間体験が次にどこへ導けるか。それを評価しないと、空間の価値は測れないんです。空間がいかに変革の可能性を持つのかが、顧客体験としてとても重要になってくると思うんです。

西日本旅客鉄道株式会社が行った車両内の空間演出プロジェクト「JR WEST Parade Train」。丹青社が総合ディレクションやデザイン、システム構成、機器選定・手配、コンテンツ制作を手がけた。画像提供:丹青社
鈴木:空間は「最後の囲い込みの場」と言われるくらい決断の場にもなりますし、価値観が変わる体験の場でもあります。情報量が多く、インパクトも強いので、そうした役割は昔から持っていたはずなんです。ただ、それが言語化、体系化されてこなかった。そこに数値やデータでアプローチできるようになれば、私たちのビジネスは大きく変わると思います。
辰巳:もちろん、感覚も大事です。「楽しかった」や「すごかった!」という感覚はたしかに残る。ただ、私たちはプロとして、それだけに頼らないようにしていきたいと考えています。
学生とともに大人も育つ場所。事業ドメインを広げる期待と、ギルドの相互作用
――鈴木さんと辰巳さんは、学部の学びにどのような期待を持っていますか。
鈴木:新しい学びの場であり、新しい人材が生まれてくるだろうという期待感が大きいです。これからの時代の会社をつくっていくようなリーダーがデザイン・アート学部から生まれ、そうした人たちと一緒に仕事をしていけることを将来的に期待しています。そこで私たちが実践的な部分で貢献していくことが、DAGの役割になるでしょう。

博物館、美術館、文化観光拠点施設など、さまざまな文化空間も手がける丹青社。天草市の「天草市立御所浦恐竜の島博物館」では、展示デザイン・設計、制作・施工を担当した

2025年10月にオープンした「TOYOTA ARENA TOKYO」(事業主:トヨタ自動車株式会社・トヨタ不動産株式会社・トヨタアルバルク東京株式会社)では、丹青社がエリアコンセプト企画、展示企画、デザイン・設計、制作・施工、デジタルコンテンツ設計・施工、アート展示企画、サイン計画、アートディレクション、プロジェクトマネジメントを担当した
鈴木:DAGが目指す事業創造や人材育成は、単純に企業の課題を解決してもらうことではありません。私たちが持っているノウハウや知見、ネットワークも活かしながら、学生や教員の方々と一緒に課題に向かっていく。私たちは空間体験デザインを体系化し、学生のみなさんは社会での実践知を得る。そのなかで事業創造や人材育成につながっていくと考えています。
辰巳:新しい学びの場をつくることは、大きなチャレンジだと思います。今社会が求めているのは、主体性や多様性を持った人材です。広い領域を学べる環境で、そうした人材が新しいビジネスをつくっていくのだろうと思います。
そのなかで、丹青社が手がける空間づくりに興味を持ってくれる学生が出てきてほしいですね。逆に、私たちが空間づくりという領域のなかでやっていることを、外へ引っ張り出してくれるような人材が現れれば、お互いにとって良いことだと思います。育てる側と育つ側が固定されているわけではなく、私たちも学ばせてもらう関係になればと考えています。
――八重樫さんは、企業とともに学生を育てることをどう捉えていますか。
八重樫:学生が大学で4年間学んで卒業して就職する、という流れ自体を考え直したいと考えています。企業が主体性や多様性を持った人材を求めているのであれば、教育をすべて大学に任せるのではなく、企業側にも入ってきてもらい、一緒に若者を育てていく。DAGではもう「学生」ではありません。社会人を一緒に育てていきましょう、という形で、卒業という境界をなくしていく試みになればと思っています。
学生も必ずしも4年後に社会に出ていかなくてもいいわけです。今すぐやりたいことがあれば、それを自分で事業化できる環境が整っています。起業も後押ししていきたいですし、そうした場面では丹青社さんをはじめ、みなさんのお力をお借りしたいと考えています。

デザイン・アート学部のキャンパス風景
ボロボロになって帰ってくることを評価する。「いかに失敗したか」を表彰する奨学金
――今後、DAGを長く続く場にしていくために、どのようなことが必要だと考えますか。
八重樫:いかに学生を巻き込んでいくかが課題です。参加を義務にするのではなく、DAGに行けば何かある、という空気をつくっていきたいと考えています。そのために必要なのが、失敗できる場所にすることです。短期的な成功だけを評価するのではなく、ギルドでパーティーを組んで挑戦し、ボロボロになって帰ってくる。むしろ、その失敗を評価した方が、人は育つと思うんです。
立命館大学には、学部ごとに奨学金の枠を設定できる仕組みがあり、その中身は独自に決めています。通常、奨学金は何か成果を得た人に授与するものです。デザイン・アート学部では、「いかに失敗したか」を表彰する「+R学部奨学⾦」をつくりました。何に対して、どれくらい失敗したのかを自慢してもらう、というものです。
「失敗が大事だ」と口ではみんな言うのですが、失敗を評価する仕組みにはなっていません。教育の場では成果が見られやすく、そこに至るプロセスをどう認めるかを、制度として考える必要があります。この奨学金では、いかに失敗したかという物語をプレゼンしてもらいます。

鈴木:失敗しようと思っても、なかなか大きな失敗はできないものですよね。
八重樫:ありきたりな失敗談では、本人にとっても学びが浅いんです。挑戦した分だけ大きくつまずいた、という経験にこそ価値があります。丹青社さんとも、成果を上げた学生を称えるのではなく、いかに失敗したか、チャレンジしたかを評価する場づくりができればと思っています。
辰巳:DAGをリリースしてからまだ1年も経っておらず、学生が学び始めてからも日が浅い状況です。私の役割は、まずは丹青社のメンバーをもっと巻き込んでいくことです。次のステップとしては丹青社のお客様にも、ぜひこの活動に参加していただきたいと考えています。あれをやろう、これをやろうと決めて動くというよりも、自然と活動が生まれていく場になっていくと思うので、今はそのベースをつくっているところですね。
鈴木:空間そのものが、変化していくメディアです。そこに常に最先端でアプローチできる点が、この包括連携の良さだと感じています。単発の取り組みではなく、時間をかけて培っていく。この1年で得たデザインとアートの学びも、そうした時間のなかでさらに積み重ねていきたいですね。
――そうした挑戦や失敗を経験していく学生たちに、どのような可能性を感じていますか。
八重樫:先日、1回生180人全員と個人面接を終えました。一人ひとりが何を考えてこの学部にいるのかを確認しています。そこで見えてきたのは、従来のデザイナーやアーティストになりたい学生だけではないということです。

デザイン・アート学部の学びの拠点となる衣笠キャンパス・充光館
八重樫:デザインやアートの力で世の中を変えていきたい、さまざまな職業に就きながらデザインやアートの力を活かしたいという言葉が、学生の口から出てきています。高校時代に美術部だった学生だけでなく、ボランティアや地域活性化に取り組んでいた学生、部活のリーダーだった学生もかなり入ってきました。
こうした特徴は実技科目でも見られます。モデルをスケッチする授業では、すでにスキルがある学生と、鉛筆を持つのも初めてという学生が同じ場にいて、お互いに驚きの声が上がります。プロジェクトをまとめたり議論を回したりするのが上手い学生に、グループワークの経験がない学生が刺激を受ける場面もあります。
入学時点でのスキルや経験が同質化していないことが、この学部の特徴です。そうした多様な学生たちが互いに刺激を受けながら、デザイン・アートの力を身につけ、世の中を美しく変えていく人になってほしいと考えています。

https://www.ritsumei.ac.jp/
■デザイン・アート学部
https://www.ritsumei.ac.jp/da/
■株式会社丹青社
https://www.tanseisha.co.jp/
■丹青社CMIセンター
https://www.cmi-c.com/
取材・文:南野義哉(プレスラボ)、撮影:福森クニヒロ、編集:萩原あとり(JDN)
- 1
- 2




