デザインのチカラ

「デザインのチカラ」がつくる新しい価値、そのアイデアの源と思考プロセスを探る

デザインの力でカメラ市場に新風を巻き起こした「RICOH THETA」開発の裏側-株式会社リコー(2)

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Milky Way from an Norikura Observatory / Katsuya Yamamoto / Mt. Marishiten-dake, Japan

「小型化」をキーワードに推し進めた商品開発

RICOH THETAは、撮った画像で手軽に自由に遊びたいユーザーがまさに求めていたコンパクトカメラ。理想的なカメラができ上がるまでの開発期間の約3年間、リコー社内では多くの開発メンバーによってさまざまな試行錯誤が繰り返されていた。

高田:ワーキンググループによる発案後、社内の新規事業として新しいカメラの開発がスタートしました。しかし、決まっていることといえば「全天球カメラ」ということだけ。企画と開発のメンバーを中心に構成された開発チームで、当初は合宿をしながら「どういうカメラがいいのか」ということをひたすら議論しました。

もともと「雰囲気をありのままに撮影できるカメラ」が発想の第一歩だったので、カメラは小型で持ち運びしやすく、かばんなどからパッと取り出せて、すぐに撮影できるものでなければならないと考えていました。大きくて重くてごつごつしていると、シャッターを押すまでに時間がかかってしまい、大事な雰囲気が壊れてしまいますからね。そこで小型化をメインに、カメラの仕様を検討していくことになりました。

佐々木:ここにあるふたつのコンセプトモックは、まだハードの仕様が具体的に決まっていなかったときに、デザイン先行で検討していたものです。高田の話にあったように、小型化というコンセプトが加わると、持ち運べるけどポケットに入れられないことがわかり、さらにモックを見て触りながら、理想の形状の検討を積み重ねていきました。

デザイン先行で進めていた頃のコンセプトモック

デザイン先行で進めていた頃のコンセプトモック

高田:段ボールにセンサーを4つ、5つ、6つ…+10何個まで取り付けてみながら、どのくらいの大きさや重さ、消費電力になるかなどの検証にも労を費やしました。当然のことながら、センサーが増えるとサイズも重さも小型化からは遠ざかってしまいます。最終的にはふたつのレンズとセンサーで着地しましたが、技術的な前進にはかなりの時間を要しました。

誰でもかんたんに撮影、共有できる「カメラに見えないカメラ」

ハードの仕様がある程度固まって製品ボリュームが見えてきた段階で、リコーのデザインセンターが総力を挙げてRICOH THETAのプロダクトデザインを募集する社内コンペを実施した。

佐々木:弊社には日本だけでなく海外極にもデザイン拠点があるため、グローバルに募集をかけたところ、アメリカやオランダ、中国などからも応募があり、全部で20点弱の作品が集まりました。最終的に選ばれたのは、現在の製品と形状がほぼ変わらないくらいに完成度の高い作品でした。

世界中から応募が集まったコンペ作品

世界中から応募が集まったコンペ作品

選ばれたのは、日本の若手社員が応募した作品。シンプルなスティック状で、ポケットにも入れられるコンパクトな形状だった。

佐々木:今回のカメラは、新しいジャンルのカメラとして位置付けていました。コンパクトカメラといえば、シャッターがここにあって、レンズがここにあるといったように一般的なイメージがあると思いますが、私たちはそのイメージをくつがえす、従来のものとはまったく違う概念をもつカメラをつくりたかったんです。360°写ってしまうだけにデザインには難しい制約がある中で、象徴的で強いアイコン性のあるデザインでマーケットに勝負を仕掛けたかった。そう考えたときに、この作品にはそれら諸条件をクリアし、ユーザーの記憶に残るインパクトのある形状だったことから最終的に選考されました。

その後、ユーザーエクスペリエンス(製品を通じて得られる体験)にとことんこだわった開発が進められました。持ち運びのしやすさ、取り出しやすさ。かんたんな操作性で、撮った画像はほぼリアルタイムにスマホに転送され、すぐに画像や動画をSNSで共有できるしくみを構築していきました。

コンペで選ばれた作品。ユーザーの使いやすさを追求した形状

コンペで選ばれた作品。ユーザーの使いやすさを追求した形状

デザイン領域の拡大によるユーザー獲得への挑戦

仕様・形状ともに市場に大きなインパクトをもたらしたRICOH THETAだったが、実は、初号機を発売した当初は認知拡大が思うように進まなかったという。「ユーザーが通るすべての工程」をデザイン担当が一元的に見ていこうという試みを行っていたデザインセンターチームでは、発売後も認知拡大のためにさまざまな努力を積み重ねていった。

佐々木:カスタマージャーニーマップ(顧客行動可視化)で考えると、ユーザーは商品を購入する前に商品を知るきっかけがあり、興味をもってご自身でいろいろ調べたうえで、購入にいたります。そして、その後も商品を使い続けるなかで気に入り、ほれ込み、商品を評価するという流れがあります。従来の考え方でいくと、デザイン領域の中心となるのは、プロダクトデザインとインタラクションデザイン(システムの構造、動作)が一般的です。しかし、RICOH THETAにおいては、Webサイトのデザインやプロモーションデザインを含めた、ユーザーが関わるすべての工程にデザインセンターも参加する体制をとっていました。

カスタマージャーニーマップ。デザイン領域の拡大を図った

カスタマージャーニーマップ。デザイン領域の拡大を図った

佐々木:認知拡大の低迷においては、たとえばWebサイトのデザインを変更することで改善を図りました。旧トップページでは、RICOH THETAのプロダクトカットを正面に大きく配置し、背景に撮影したイメージを見せていました。商品を中心にしたアピールはよくある手法ですが、これでは360°の画像や動画を撮影できることはまったく伝わりません。そこで、二代目以降はデザインの思考そのものを変えて、RICOH THETAでできる“楽しい体験”を中心に据えたデザインに変更しました。三代目になると撮影した映像そのものの凄さを最初に見てもらおうと考え、全天球360°の映像がぐるぐると回っているつくりになっています。

ランディングページも同様で、当初は「プリズムを使って光軸を90°曲げた」など、技術的なクオリティの高さをアピールしていましたが、サイトを訪問したユーザーがすぐに離脱しているというデータがはっきりと示されてしまいました。そこで、デザインの構成をいちから見直し、「いいね!を増やす9つの方法」というタイトルで、RICOH THETAで楽しめることをまとめて紹介しました。このような努力が実り、訪問ユーザー数は着実に伸びていき、認知拡大につながっています。

認知拡大を狙って見せ方を変更したWebサイトのトップページ

認知拡大を狙って見せ方を変更したWebサイトのトップページ

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