エンパシーを育む「土」となる、「茶々だいかんやま保育園」のクリエイティブディレクション

エンパシーを育む「土」となる、「茶々だいかんやま保育園」のクリエイティブディレクション

子どもたちの日々を伝えるメディアのデザイン

――保育園の業務内容に関しても、水野さんの視点から生まれた新しい取り組みはありますか?

迫田:水野さんには、保育内容やプロセスについても相談しています。特に、さまざまな保育・教育の取り組みを発信するメディアとして活用している「ドキュメンテーション」では、子どもたちの成長や気づきなど、保育園で行われたことを適切に伝える上で、デザインが必要なんですね。

いままでは、運動会などの場面で「子どもたち、たくましくなったね!」と感じるだけだったんですが、子どもたちの日々の営みの大切さや豊かさをどうやって伝えていけばいいんだろうと以前から考えていて、水野さんにアイデアをいただいきました。

水野:お話を聞いていて、保育をされながらドキュメンテーションをつくっていくというのは、保育士のみなさんにとってかなりハードルが高いことなんじゃないかなと感じたんですね。確かに、こういったものをつくるのが得意な保育士さんもいると思いますが、苦手に感じる方もいると思うので。そこで、ドキュメントをシステム化することを提案しました。

水野さん

エディトリアルデザインの基本ではありますが、グリットデザインを組み、大小のグリットを埋めていくことで、1枚の見開きページが完成するという仕組みにしました。ひとつのグリッドやコーナーをそれぞれが担当することにすれば、保育士さんたちもそんなに気が重くならないと思うんです。ドキュメンテーションが茶々保育園にとって重要な存在だと感じたので、つくる過程も重要視して、利便性を高めて効率化を図り、仕上がりの綺麗さも兼ねそろえるための提案をさせていただきました。

迫田:毎日ステップを踏んで進めているプロジェクトが週単位であるので、それを適切に表現していくためのデザインをしていただいたなと思います。結果として合理的に仕事を進めていくことができ、業務改善にもなっているんですよね。子どもたちのコミュニケーションがどのように生まれたかを知ることができて、毎週のように気づきや学びもあります。いまでは、保護者や地域の人に保育内容を伝えていく上で大事なメディアになっています。

水野さんが考案した9マスの「9Dドキュメンテーション」。子どもたちの日々の様子の記録を重ねていき、やがてデザイン性のある「コンセプトドキュメンテーション」へと展開させていく。

水野さんが考案した9マスの「9Dドキュメンテーション」。子どもたちの日々の様子の記録を重ねていき、やがてデザイン性のある「コンセプトドキュメンテーション」へと展開させていく。

――ちなみに、茶々保育園グループではどのような保育士の方が働かれているんですか?

迫田:法人のビジョンやミッションに共感をして、一緒に世界観をつくっていこうという方が多いですね。保育士のみなさんが力を発揮できて、毎日来たいと思えるための職場のデザインはすごく大事です。子どものためだけの場所をつくるというのは、長い目でみるといい保育園ではないと考えています。

「文明」としての保育園から、「文化」としての保育園へ

――茶々保育園グループでは、地域社会との交流や、保育士の地位向上、情報発信など、グループとして新しい取り組みを実施されてきていますが、保育園を取り巻く状況についてどのような課題意識をお持ちですか?

迫田:茶々保育園グループに入ってから、保育の仕事は子どもを預かることや、子どもと一緒に遊ぶだけじゃない、クリエイティブな仕事だと思うようになりました。社会的な機能として、ご両親が働いている間に子どもの命が保持されているということだけが、保育園のあり方ではないと思ったんです。

それはこの業界に入ってみなければわからなかったことで、保育業界の内側と外側とでは感じ方にギャップがあると思います。その時に、自分たちが変わっていかなければいけないというモチベーションが湧いてきて、2代目として客観的に保育業界をみているからこそ、ライフワークとして取り組んでいかなければいけないと考えたんです。

迫田さん

――保育園のブランディングデザインの必要性を感じられたからこそ、茶々だいかんやま保育園では水野さんにご相談されたということでしょうか?

迫田:そうですね。志や想い、こだわりがあったとしても、そこにブランディングなどの視点が圧倒的に足りていないことで、スピードを緩めてしまっているし、伝わらない理由をつくってしまっていると感じます。「もったいないな、伝わっていないぞ」という気持ちが発想の原点で、自分たちが成長していくためにも、デザインの視点から広げていくべきだなと感じています。

――保育園が置かれている状況に対して、水野さんはデザイナー・クリエイターとしてその課題とどのように向き合われましたか?

水野:2020年に出版した『世界観をつくる 「感性×知性」の仕事術』という僕の本の中で、共著者である山口周さんが「文明」と「文化」について書かれているんですが、「文明」というのは「役に立つ」という意味なんですね。たとえば、馬車に乗っていた時代からエンジンを乗せて走る車の時代へと変わっていくことは「文明」の進化であって、「カッコいい」「シートが素敵」といったことは「文化」なんです。

これは人類がずっと繰り返していることなんですけど、文明が進化した先に、人は「文化」が欲しくなってくる。保育園は、子どもを預かる施設として江戸時代くらいから「文明」として存在していましたが、長らく「文化」としては研究されずにきたんじゃないかなと思うんです。現在も待機児童問題が声高に叫ばれ、保育園の存在は「文明」として求められている一方で、「文化」の話が遅れている状況です。

茶々保育園グループは、もちろん「文明」としての保育園であることに取り組まれていますが、さらに「文化」も大切にしようという想いがあります。僕もそのことにとても共感していて、子どもを安全にお預かりするということが「文明」だとしたら、どんな預かり方をして、子どもたちがそこで過ごす時間はどうあるべきかという「文化」のレベルをいかに高めていくかが、これからの大きな課題なんじゃないかなと思います。そのためには何ができて、どんなことが必要なのかをすごく話し合いました。

――この仕事を通して、保育園におけるブランディングデザインの必要性を強く感じられましたか?

水野:どんな仕事にもデザインって必要なんですよ、あらゆるものの表現がデザインなので。でも、表面だけのデザインによるブランディングでは意味がないですよね。その表現にいたるまでにどんな研究が行われたかということが大事で。今回も、常にさまざまな研究をされている茶々保育園グループだからこそ、この表現にたどり着いているんです。

幼児教育の先にある、20年後をつくるための「Empathy」

水野さん、迫田さん

――4月に茶々保育園グループのビジョンを「オトナな保育園」から「Education is Empathy よりよく理解しあうことで、世界は変わる。」へと刷新された経緯について教えてください。

水野:「エンパシー」というアイデアのきっかけは、実は僕の妻なんです。ブレイディみかこさんの『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』という本があって、「エンパシー」について書かれていることを妻から聞き、僕も読んでみたところ、茶々保育園グループの方達が考えていることってこういうことなんじゃないかと思ったんですね。

保育園や幼稚園、小学校など、集団で一定の時間を過ごす場所をつくることを考えた時に、いまの時代において多様性は当たり前なんですよね。これから必要なのは、その向こう側になにがあるのかを考えることだと思うんです。ひとりひとりが多様な思考や特技を育む世の中に、すでになり始めている。その時に、他者を慮る能力である「エンパシー」が必要なんだと思います。

迫田:水野さんから「エンパシー」という言葉がでてきた時、はじめは「シンパシーとは違うの?」と思ったのですが、書籍のご紹介も含めていろいろとお話いただく中で「これだ!」と思いましたね。

「子どもも一人の市民」と考える我々にとって、あるべき教育のあり方ってなんだろうって考えたときに、多様性を前提とした人間性を育む内容が含まれているべきだと思うんですが、日本は移民を原則として認めていないし、単一民族なので多様性に対してリテラシーが低いですよね。そんな中、「エンパシー」というキーワードは、まさにと感じました。

水野:SDGsの項目をひとつひとつみていくと、もちろん解決するための技術が必要なんですが、どれも根底にエンパシーがないと解決できない問題なんですよね。でも、他者に共感する能力、他者の気持ちを慮る能力としてのエンパシーが、身についている人ってそう多くはないんじゃないかなと思うんです。みんなどこか自分優先になってしまうし、育った環境が違うだけで、人種差別につながってしまうこともある。お互い共感する能力が乏しいがゆえに、不毛な戦いが生まれてしまっているかもしれない。貧富の差や宗教の問題について考えてみても、エンパシーという能力が世界で最も必要とされているかもしれないですよね。

水野さん

僕はあくまで種として「エンパシー」という言葉をみなさんに渡しただけなんですけど、その種から芽が出て、アイデアが育っていくような感じでした。種は小さかったけれど、いまは30mくらいの巨木になった気がします(笑)。

――茶々保育園グループでは「20年後を創る。」というミッションを掲げられていますが、今後の取り組みについてお聞かせください。

迫田:今後も水野さんとは、新しいプロジェクトや園づくりを一緒にさせていただきたいと思っています。コンセプトや理念というブランディングの根っこの部分について濃密にやりとりさせていただいているので、来年以降の活動に向けてまさにいま考えている最中です。

水野:僕はデザイナーなので、みなさんの想いを表現することができる保育園づくりを、土地探しを含めたゼロからできたら最高ですね!と申し上げています。都心と郊外、どちらもそれぞれいいところがありますが、リモートワークの普及によって自然が豊かな場所に移る人がたくさんいる中で、たとえ渋谷区に住んでいても引っ越す必要がないくらいの保育園をつくりたいなと思います。

迫田:そうですね。今後は都市型・郊外型のいずれにおいても、妥協のない保育園づくりを通して私たちから社会へのメッセージを伝えられたらいいなと思っています。せっかく自分たちを研ぎ澄ませてもらえる水野さんのようなパートナーに出会っている以上は、かたちとして残していくことが使命でもあるので。

一方で、いまは乳幼児教育にハートを熱くして取り組んでいますが、「20年後を創る」ということを考えると、保育園に限らずなんでもやれると思うんです。もしかしたら世の中がどんどん変わっていく中で、保育園のあり方そのものを変えていくための取り組みが、乳幼児教育とは限らないかもしれないなとも思っていて。

大げさかもしれませんが、乳幼児教育が目指す先として、結果的に行き着くのは平和の実現かもしれない。子どもを育てるということの先にある成し遂げたい想いのために、世界観をつくりながらトライしていきたいと思います。

水野さん、迫田さん

写真:寺島由里佳 取材・文・編集:堀合俊博(JDN)

茶々だいかんやま保育園
https://chacha.or.jp/hoikuen/daikanyama