編集部の「そういえば、」2022年7月

編集部の「そういえば、」2022年7月

ニュースのネタを探したり、取材に向けた打ち合わせ、企画会議など、編集部では日々いろいろな話をしていますが、なんてことない雑談やこれといって落としどころのない話というのが案外盛り上がるし、あとあとなにかの役に立ったりするんじゃないかなあと思うんです。

どうしても言いたいわけではなく、特別伝えたいわけでもない。そんな、余談以上コンテンツ未満な読み物としてお届けする、JDN編集部の「そういえば、」。デザインに関係ある話、あんまりない話、ひっくるめてどうぞ。

新しい印刷表現を探る企画展

そういえば、先日、印刷博物館P&Pギャラリーで開催されていた「グラフィックトライアル 2022 - CHANGE –」にうかがいました。

「グラフィックトライアル」は、第一線で活躍するクリエイターと凸版印刷が協力して新しい印刷表現を探るプロジェクト。これまでに、佐藤卓さんや上西祐理さん、葛西薫さんなどそうそうたるクリエイターが新しい印刷表現に挑戦してきました。

第16回となる今回は「CHANGE」をテーマに、デザインユニット・GOO CHOKI PARさん、Webデザイナーの田中良治さん、アートディレクターの居山浩二さん、アートディレクターの小玉文さん、凸版印刷のセキュリティデザイナーの増永裕子さんが、新しい表現を目指しました。

会場では、印刷技術×アイデアによって生まれたポスター作品と、その作品が完成するまでのトライアルの内容もあわせて展示。クリエイターや関わった人々の試行錯誤した軌跡を辿ることができる内容になっていました。

■ワックスプラス×GOO CHOKI PA「MASQUERADER」

ワックスプラスは、紙の繊維に特殊なワックスプラス液を含浸させ、紙を部分的に半透明にすることができる加工法です。本来、ワックスプラス加工は表面にオフセット印刷をおこない、裏面にワックスプラス加工を施しますが、今回は印刷方法や刷り面を変更し、用紙の違いの検証やその後の加飾(箔押しやエンボス加工)などを検証。表裏を曖昧にし、奥行きと質感あるポスターに仕上げました。

GOO CHOKI PA「MASQUERADER」

GOO CHOKI PA「MASQUERADER」

表裏を曖昧に GOO CHOKI PA「MASQUERADER」

表裏を曖昧にした表現に。

■電飾印刷×田中良治「5 SISTERS」

バックライトパネルを使い、光をグラフィックに取り入れた、インスタレーションと印刷を組み合わせた作品。田中さんはバックライト点灯時のみ、一部がネオンサインのように光る表現を追求しました。インキを使用した光の遮蔽の検証、ネオン管のにじむような独特な「光の漏れ」の表現の追求、用紙の違いを検証。作品に描かれたのは、映画『ヴァージン・スーサイズ』に登場する5人の姉妹をイメージしており、光が消灯するタイミングは映画の中で姉妹が亡くなる順番をあらわしたそうです。

田中良治「5 SISTERS」

田中良治「5 SISTERS」

田中良治「5 SISTERS」

■網点×居山浩二「Not Dot」

通常、カラーのオフセット印刷では網点=ドットの大小で構成し、濃淡や色調で絵柄を表現します。今回、居山さんは網点=ドットに捉われず、オリジナルの網点で絵柄を印刷することに挑戦しました。トライアルから最終のポスターが完成するまで340個以上の網点をデザイン。ドットとは異なり、デザインされた網点だからこそできる角度を変更して行う検証や、網点の重なりを効果的に見せるため、刷り順や版の入れ替え、インキの調色などの検証をおこなって作品を完成させました。

居山浩二「Not Dot」

居山浩二「Not Dot」

居山浩二「Not Dot」

オリジナルデザインで校正された網点

■ケム表現×小玉文「トライ・アン・ケム」

白い煙や雲などは通常、インキなどを使わず、紙地の白で表現することが多いそうですが、小玉さんは今回、煙・霧・雲などを「ケム」と名付け、印刷方法やインキを検証してその表現を追求しました。完成したポスターは、印刷方法、用紙、印刷によるリアルな結露表現の検証をおこない、見事に新たな「ケム」表現を実現。

小玉文「トライ・アン・ケム」

小玉文「トライ・アン・ケム」

小玉文「トライ・アン・ケム」

リアルな結露表現のトライアル

■ホログラム×増永裕子「BORDER」

オフセット印刷でホログラムの量産方法「エンボス方式」を再現し、回析格子を創出することに挑戦した増永さん。平滑な銀紙に透明ニスで細線で刷ることで、見る角度によってピンクやグリーンに発色する現象を生み出しました。これにより、一般的なインキと版式によるホロ表現の可能性を広げることに成功しました。

増永裕子「BORDER」

増永裕子「BORDER」

増永裕子「BORDER」

また、会場で配られていた冊子にも注目したいポイントがありました。中綴じ製本でよく使われている金属製の針金の代わりに、今回は紐状の紙でつくられた水引を使用。こちらは「ペーパーホチキス製本」と言い、分別廃棄の必要がない、環境に配慮した製本技法です。紙のため色も赤や白、紫などのバリエーションをつけやすく、今回使われた蛍光色も色鮮やかでした。

蛍光色の鮮やかさがアクセントに

クリエイターのアイデアと凸版印刷の持つ技術が合わさり、新しい表現方法を実現するプロジェクトになっていた本展。来年はどのような組み合わせで新しい表現方法が生まれるのか、ますます楽しみです。

(岩渕 真理子)

“脳波”買い取りセンター「BWTC Trade Week」

そういえば、先日、自分の“脳波”を買い取ってもらえる、なんとも珍しい体験ができるイベントにうかがってきました。

7月31日から8月7日まで千代田アーツ3331で開催されている脳波買い取りセンター「BWTC Trade Week」は、クリエイター集団「Konel(コネル)」が主催するイベントです。「BWTC」は、市民の“脳波”を買い取り、そのデータから適正に収益化を図る組織で、「目には見えないさまざまなデータが無意識に取り引きされる現代で、情報の価値について考え、新たな取り引きの形を模索すること」をプロジェクトの目的としています。

今回の買い取りセンターでは、来場者の脳波を一律100秒につき1,000円、会期中総額最大100万円(10万秒分)まで買い取るほか、センター開設以前に買い取ったデータによる脳波絵画を展示。買い取りの際には個人を特定するデータは取得せず、「100秒間なにを考えているか」という思考情報を入力する仕組みになっていました。

(左)オリジナルの脳波を測る機械(右)測定後には脳波の様子が記されたレポートと1,000円が機械から出てくる。

(左)測定された脳波をもとにした脳波絵画(右)測定した脳波に値付けをしているスタッフ。

測定した脳波は機械やレポートに表示されるほか、別の部屋にあるビジョンで確かめることが可能で、希望する方は700円を支払えばトレーシングペーパーに印刷して脳波のビジュアルを持ち帰ることも可能です。

(左)測定後に自分の脳波の画像を大きなビジョンで見ることも可能(右)持ち帰る際にはオリジナルの箱に入れてくれます。

今回、体験自体はもちろん、“脳波を買い取る架空の未来の会社”というイメージで表現された会場が興味深いと感じました。会社のエントランスや脳波を測定する部屋、脳波の値付けをする部屋、スタッフの制服など細かい小物など、世界観が統一されている様子もぜひ楽しんでみてください。

(石田 織座)