編集部の「そういえば、」2022年3月
ニュースのネタを探したり、取材に向けた打ち合わせ、企画会議など、編集部では日々いろいろな話をしていますが、なんてことない雑談やこれといって落としどころのない話というのが案外盛り上がるし、あとあとなにかの役に立ったりするんじゃないかなあと思うんです。
どうしても言いたいわけではなく、特別伝えたいわけでもない。そんな、余談以上コンテンツ未満な読み物としてお届けする、JDN編集部の「そういえば、」。デザインに関係ある話、あんまりない話、ひっくるめてどうぞ。
漫画デザインの魅力を伝える企画展「漫画とデザイン展」
そういえば、先日、東京・丸の内にあるGOOD DESIGN Marunouchiにて開催された「漫画とデザイン展」にうかがってきました。残念ながら本日が展示最終日ですが、気になっていたけど行けなかったという方や、展示の存在を知らなかった人に向けてかんたんにフォトレポートします。
本展は、日本デザイン振興会が主催・運営するギャラリー「GOOD DESIGN Marunouchi」が、昨年はじめて実施した、展覧会の企画公募にて選出された企画展です。一般的に漫画関連の企画展となると、作品のストーリーやキャラクターにフォーカスをあてがちですが、本展は装丁やタイトルロゴなどの「漫画デザイン」に着目しています。
会場では、戦前から現代までの「漫画デザインの歴史」を知ることができるコーナーや、『GANTZ』『進撃の巨人』『クレヨンしんちゃん』など誰もが知っている「人気作の漫画デザイン」のコンセプトを紹介するコーナー、SNSで話題になったタイトルロゴや仕掛けのある装丁など、個性的でインパクトのある「ディープな漫画デザイン」を紹介するコーナーなどで構成されていました。
また、会場では表紙デザインの印刷を擬似体験できるスタンプラリー企画も行われていました。スタンプを押す場所は3つに分かれており、「イエロー」「マゼンタ」「シアン」の順で押していくと『王様ランキング』の表紙デザインが完成するというものでした。
個人的には、子どもの時にもかなり密度のある表紙だなと思っていた『コロコロコミック』の表紙デザインができあがるまでの制作工程を実物のラフと共に紹介するコーナーに見入ってしまいました。デザインを長年担当しているのは、佐々木多利爾さんという、2020年に「同一の児童向け雑誌の表紙を最も長く担当」というギネス世界記録を達成された方です。初代デザイナーの方から引き継ぎ、35年間一度も休まずつくり続けているそうです。
個人的に漫画が大好きなので、なかば使命感のような気持ちで駆け込みで見てきましたが、会場にはかなり多くのお客さんがいて驚きました。みなさん滞在時間が長い印象で、漫画や漫画のデザインが本当に大好きで見入っているんだなということを感じました。JDNではもしかしたらそこまで需要がないかもしれない漫画のデザインですが、今後も懲りずにご紹介していきたいです!(笑)
(石田 織座)
才能という「呪い」を解放する『ミラベルと魔法だらけの家』
そういえば、3月28日にアカデミー賞が発表されましたね。今年はウィル・スミスの一件や『ドライブ・マイ・カー』の受賞などなど、いろんなことが起こりすぎていて、方々でさまざまな議論が生まれているのを目にしますが、そんな中でちょっと見過ごされていそうな作品『ミラベルと魔法だらけの家』が長編アニメーション賞を受賞していたことが何気にとてもうれしかったので、そのことについて書こうと思います。
ディズニー映画ではこれまでに数多くのヒーローやヒロインが登場し、才能や魅力にあふれた登場人物の活躍を描き続けてきましたが、『ミラベルと魔法だらけの家』は、魔法のような能力を持つ一家に生まれた、唯一なにも能力を持たないミラベルが主人公の作品です。ディズニーがそういった“持たざるもの”を主人公として描くことにまず驚きがありますが、予想を上回る感動的な作品で、今回の授賞も納得の一作だと思います。
『ミラベル』のすばらしいところは、 才能を意味する“Gift”という言葉の多様さをきちんと描いていることだと思います。この映画では、魔法を使うことができる一族を守る存在としての厳格な祖母と、特別な力をなにも持たずに生まれてしまったミラベルとの葛藤が中心的に描かれていくのですが、ものがたりが進むにつれて、才能を意味する“Gift”という言葉が、かならずしも手放しに賛美できるものではないことが描かれています。
本作の舞台はコロンビアなのですが、劇中ではっきりとは描かれていないものの、魔法が生まれた理由として、内戦という歴史的な悲劇を祖母が経験したことが示唆されます。その際に、ミラベルにとっての祖父である祖母の夫が命を落としてしまい、家族を守りたいと強く願う祖母の気持ちが魔法として結実することが、魔法を持つ一家のルーツとして描かれます。
しかしながら、やがて祖母は家族の結束を守るために、特別な力を持って生まれた家族に対し、その「特別であること」を強く求めるようになってしまう。そんな祖母にとって、能力を持たずに生まれたミラベルはどうしても許し難い存在だったのですが、映画の中盤で、能力をもって生まれたミラベルの姉妹がプレッシャーに苦しんでいたことが、ミラベルとの対話を通して明らかになっていきます。
祖母が家族の結束を願う気持ちによって生まれた魔法が、時を経ることで、家族が苦しみ、ばらばらになってしまう原因へと変わっていってしまう。この映画ではその悲劇に対して、なにも持たずに生まれたミラベルという存在が、家族ひとりひとりが特別であることを再び気づかせ、家族を結びつける役割を果たしていくのです。
この映画では、テーマに強く結びついた“Gift”という言葉の使われ方が、セリフの中で徐々に変化していくことも印象的です。ものがたりの序盤では、魔法という能力に対して「a gift as special as you=あなたと同じように特別」と表現されており、「能力を持たない人は特別ではない」という意味合いにミラベルは傷ついてしまいます。しかしながら、ものがたりの後半では「you are more than just a gift=あなたは単なる能力以上の存在」として、能力がその人の価値を規定するものではない、という捉え直しが行われます。
そしてクライマックスでは、「miracle is just you=あなたという存在は、ただそれだけで奇跡」だと歌い上げられる。この展開は、“Gift” がその人の存在をたらしめていると考えてしまうことによって生まれる「呪い」を解き、能力ではなく、ただその存在を肯定するというメッセージになっています。
才能を持って生まれることが、やがて「呪い」となってその人の肩に重くのしかかるというテーマは、これまでにさまざまな映画で描かれてきましたが、登場人物が特別であることをある種の前提として描いてきたディズニーが、特別ではないという烙印をおされた主人公が自分の役割に気づいていく過程を描いたことに、驚きと深い感動を覚えずにはいられませんでした。
ディズニー映画ではこれまでにも、かつてのステレオタイプを更新するような作品を近作で取り組んでいて、大ヒットした『アナと雪の女王』は典型的なプリンスを描かない作品でしたし、『モアナと伝説の海』では、プリンセスとして生まれた主人公が、一度はその役割を投げ出し、再び自分でその道を選び直す過程が描かれています。
そういった、従来のストーリーの前提や定型にたいして自己批評的なものがたり運びは、単純にツイストとしての刺激にあふれていると同時に、常に時代との距離をはかりながら、語るべき主題に向き合い続けているディズニーの姿勢を感じます。本作は、あまたある刺激的な新作のリリースの中で埋もれてしまったようにも思うので、今回の受賞を機に多くの方に観て欲しいなと思います。
(堀合 俊博)